ギレイの旅

千夜ニイ

氷の谷の忘れ人6

 扉の奥は、地下にしては明るい。
たくさんの明かりを灯しているようだった。
外の冷たい空気が一気になくなり、とても温かい室内だった。
すぐに二人の男が儀礼達の前に出てきて、コートを預かる。


 その二人の男の体に、儀礼は一瞬息を飲む。
『義手。っていうか、機械兵器?』
思わず、言葉が飛び出そうになって、儀礼は誰も使わない古代の言葉を選択した。
男たちの手袋の下、銃の様な物が装着されていた。
よく周囲を見回してみれば、店内にいる他の男達、会計内側の男や、ソファーに座っている男達も足や目が偽物の兵器で補われている。


『初めて見た。怖いね、この店。護衛の用心棒が普通の戦闘力じゃないなんて。』
にこやかな笑顔で、儀礼は言う。
口調と表情が合っていないという状況だ。
さも、思ってたより明るいね、などと、ほのぼのとした雰囲気を漂わせている。


『あの人の腕なんて、一撃で壁に大穴空けられるよ。』
そちらには目を向けず、アーデスに向けて儀礼は語る。
そんな儀礼の態度を見て、アーデスは微笑む。
「そうですね。」
にっこりと笑ってアーデスは付け足す。


『ここの連中全員の能力を合わせれば、ギレイ様の装備に大分近付きますよ。』


『うわ、やっぱり怖いね。』
にこやかに笑う儀礼は、暗に、自分がそれ以上の兵器を持ち歩いていることを認めたことに気付いていなかった。


 一人の男に案内されて、儀礼たちは奥の部屋へ、そして、さらに地下へと連れて行かれた。


「本来、当店は夕方からの営業になっているのですが。」
手の平でゴマをすりながら、店の中でも偉いのだろう店員がアーデスの前へと進みでる。
「僕、夜は忙しいんだ。そっちが都合合わせてよ。」
不満そうに、しかし、退屈そうに儀礼が答える。


 儀礼は今、大金持ちの息子だ。
それも、ちょっと、わがままで、だめなタイプの。
そして、裏から手を回せるほどの実力者の息子、という設定を『アナザー』が、この店の情報網に書き換え終わっている。


「主がこのように申してまして、このように昼間から参ったわけです。」
アーデスが使用人のような態度で、相手の店員に礼をする。
「サイ国のシュバイト様のお願いとありましては、仕方ありません。当方、できる限りのおもてなしをさせていただきます。」
両手でゴマをすりながら、店員が他の男達に指示を出す。


 その間も、儀礼の口は止まらない。
『うわぁ、やっぱりこの人も機械の足だ。重そうなのに、運動機能まで強化されてるのかな。動きに不自然さがないね。』
楽しそうに、口の端を上げて儀礼は語る。
さも、これから店で行われる行為への楽しみを表しているかのような表情だ。
周囲の男たちの気配が、普通のものではないのに、儀礼は黙るつもりはないらしい。


 儀礼がしゃべっている言葉は、もちろん、自身がかたっているサイ国の言語ではない。
古代の言葉だ。
理解できるのはおそらく、現代人ではアーデスただ一人。
そのアーデスは若干、呆れ顔で儀礼を見ている。
主人のわがままにつき合わされる、可哀想な付き人と言った風情だ。


「大変だな、主がわがままだと。」
ぼそりと、荒くれ者らしい雰囲気の用心棒が、同情したようにアーデスに呟く。
「それも、もう慣れましたけどね。」
適当に話を合わせてアーデスは別の情報をさりげなく男から引き出す。


「言葉の通じない娘がいるということを、坊ちゃまが随分気に入られて。」
「ああ、うちはいろんな国の娘を集めているからな。北はマルチル、ミデリス。南はネルボス、ナイリヤ、他にも大陸中から人を呼んでるんだ。それがうちの売りだからな。」
得意げに男は店の自慢を始めた。


「特に変わったところだとどういう国があるんです?」
「まだ国になってない所とかな、滅んだ国ってのもあるんだ。」
男は少し声を落としてアーデスに語る。
「滅びた国……。」
興味を持ったようにアーデスは男に注意を寄せる。


「そうそう。これが、かなりの美女ぞろいなんだ。戦争でなくなった国や、災害にやられて立ち直れなかった国なんかだな。東側の、国として成り立ってない場所が多いんだ。」
「東か。」
大陸の東には、国名を挙げられない土地が多くある。
まだ国家として成り立っていないのだ。
町や小国家が日々、建っては消えていく。


「西側の人間もいるのか?」
儀礼たちが探しているクロエの妹、トラリスは、黒髪に紺色の瞳だ。
容姿はクロエによく似ているらしい。
東に住むのはアルバドリスクや、ユートラスなど、金髪に緑や青の目の人種が多い。


 代わりに、西側には、フェードやコーカ、シエンなど、黒髪の人間がいる。
トラリスが紛れるならば、そちら側だろう。
「いるさ。西も南も、北も東も、全部揃ってる。」
下卑た笑みを浮かべて男は言う。


『その人も両足義足だね。それに、フェードじゃなくて、コーカ国の人みたい。』
まったく違う方面を見ながら儀礼が言う。
楽しみで待てないとでも言うかのような口調で。


「……。坊ちゃま、少しは静かにお待ちください。恥ずかしいですよ。」
『坊ちゃま……っ。』
くすくすと儀礼は笑う。
「楽しみなんだから、仕方ないだろ。」
一瞬、目線を細めて、それから儀礼はにっこりと笑う。
これから出てくる情報が、とそれはもう言葉にはしない。


 儀礼は黙って、店の奥を見ていた。


 扉が開かれ、案内された先には、柵の向こう側に並んだたくさんの女性達。
みな、綺麗に着飾り、美しい女性達だった。
それぞれが、自分の国の言葉を話している。
店の売りであるように、普段から、言葉を覚えさせないように隔離しているようだった。

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