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ギレイの旅

千夜ニイ

氷の谷の忘れ人4

 アーデスの手に入れていた情報は、言葉の分からない女性達を扱った店についてだった。
異国から連れ去られてきた女性たちという、犯罪の匂いのする怪しい店。
それが、こことは別の、ある町の中にあるらしい。
裏ルートからしか入ることができないチェックの厳しい店。


 それが評判になっているから、この町としてはいささか面白くない。
そこで、こっそりと情報を売ることにしたらしい。
言葉のわからない、という時点で、十分に古代の人間が紛れている可能性がある。
事実、クロエはこの時代の言葉を理解できなかったという。


 1年で、独学で日常会話に困らないほどに言葉を覚えたのは本当にすごいと思う。
それだけ、妹を探すために必死だったらしい。


「そこへ行く。」
今にも、殴りこみに行きそうなクロエを抑えて、儀礼は落ち着こうと説得する。
「まだ確実じゃないから。もう少し情報を吟味してからの方がいいよ。罠の可能性もあるから。」
「何の罠だというんだ。」
理解できないという風に、眉をしかめてクロエは聞く。


「僕、これでも名の知れた研究者で、クロエたちのようなはぐれた古代人を探してるんです。下手におびき出されたら、捕まって利用される可能性があります。」
正直に儀礼は話す。
「お前が?」
信じられないというように、儀礼の顔を見て、クロエは何度も上から下へと視線を行ったり来たりとさせる。


「その辺は、お兄さんから説明してもらったら信じてもらえると思うんですが。」
そう言って、儀礼はアーデスを見る。
この中で、移転魔法が使えるのはアーデスだけだ。


「行くのか?」
サウルへ、とは言葉に出さない。
「その方が早いと思います。」
儀礼は答える。


「待て、私には仕事がある。ここで用心棒の仕事をして金を稼いでいる。そうでなければ私は無一文だ。契約の違約金も払えない。」
「契約? 違約金?」
儀礼は首を傾げる。
用心棒を雇うのに、金を払うのは分かるが、違約金が必要なのだろうか。


「こういう商売だからな。秘密を漏らさないために、ある程度のルールがあるんだ。」
アーデスが儀礼に説明する。
「つまり、クロエは今、この組織の中に含まれているって事ですか?」
「そうなるな。」
アーデスが頷く。


 儀礼は考えたように腕を組んでから、さらに問いかけた。
「『買い取る』ことって可能ですか?」
儀礼の言葉に、アーデスは分かりきっていたかのように頷く。
「そうなるだろうと思ったよ。すぐに手配できる。」


 そう言ってから、アーデスは部屋から一度出て行った。
今度はちゃんと扉からだ。


「買い取るって、どういう意味だ?」
ワルツが聞き、同じ様に意味が分からなかったようで、クロエが眉をひそめて儀礼を見ている。
「そのまんまです。クロエの人としての権利を僕がこの組織から買い取ります。」
当たり前のことのように儀礼は言う。


「バカな。子供の払えるような金額じゃないぞ。」
呆れたようにクロエがいう。
「子供じゃないんですよ。」
にっこりと笑って儀礼は言う。


 今までならば、氷の谷の生き残りを見つければ、アーデスたちは相手の組織を壊滅させて、無理やり取り返してきたが、今回は特別だ。
クロエは現代になじんで、働いていた。
この組織は犯罪に手を伸ばしてクロエを手に入れたわけではない。


 すぐに、アーデスが戻ってきた。
「手続きは完了した。」
アーデスの言葉に驚いたようにクロエが目を回していた。


 儀礼は、穴兎にも連絡してあったので、裏からの手回しも十分だ。
すぐにクロエの身分証の発行もできる。
これで一人、時代に取り残されていた人間を保護できたことになる。
そして、もう一人、トラリスという、女性が行方不明だという情報も得られた。
氷の谷の人物がいるかもしれない町の情報も得られた。


 今回の仕事はなかなかいい、方向に進んでいる。


 その後、クロエをつれてサウルの町の研究施設へとやってきた。
話を聞いて待っていたらしいクロエの兄が、飛びつくようにして、クロエに抱きついた。
「クラリス! 無事でよかった!!」
黒髪に紺色の瞳の男、ファロオは言う。


「ファロオ、兄さん。兄さんも無事で、良かった……。」
涙を流しながら、クロエが答える。
「でも、兄さん。私は今はクロエだ。もう、私は狩りをする者。小さな娘ではない。」
自分の涙を拭きながら、クロエが答えた。


「クラリス?」
不思議そうに、儀礼がクロエを見る。
「『ラリス』は、機を織ったり、布を染めたりする少女たちのことだ。私も幼い頃はその仕事をやっていた。今はもう大人になった、『ロエ』、狩りをする者だ。だから、正確に言うなら、私の名前は『ク』ということになる。」
知らなかった時代の言葉に、儀礼の言葉が輝く。


「『ファロオ』も、同じ意味だ。ファが名で、『ロオ』が狩りをする者。兄はとても狩りがうまかったんだぞ。」
クロエの言葉に、ファロオが懐かしむように微笑む。
「そうなんだ。だからそんなに体が鍛えられてるんだね。」
納得したように儀礼は頷く。


「じゃぁ、妹さんのトラリスさんも、『ト』が名前で、ラリス、が職業なんだ。」
いつの間にかどこから出したのか、筆記用具を持って、儀礼はメモを取りながらクロエの話を聞いている。
「ああ。そうなる。トラリスは機織の名人だ。」
自慢するように、にっこりと笑うクロエの顔は、明るく、とても美しいものだった。


 シエンを彷彿とさせるような黒い髪、闇夜を思わせるような紺色の瞳。
「絶対探し出しますから。」
きっぱりと儀礼は言った。
クロエが戻されるよりも2年も前に売られたというトラリス。
つまり、すでに3年の月日が流れている。


 人間に戻っていたならば、生きていられる可能性は低い。
よほどいい、主に買い取られていなければ、人権のない奴隷として、ひどい目に合い、亡くなっている可能性すらある。
でも、それを口に出すことなどできない。
必ず探し出す、と自分に言い聞かせて、儀礼は覚悟を決めるのだった。

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