ギレイの旅

千夜ニイ

氷の谷の忘れ人3

「壊していい?」
ワルツの鎧の隙間に指を入れ、微笑みながら成された問いは、目の前にいるワルツにではなく、儀礼の後方にいたアーデスに向けたものだった。
「おい、どういう意味……。」
ワルツが怒鳴ろうとすれば、それよりも早くアーデスは自分の口に人指し指を当てる。
しゃべるなと言うことらしい。


 すぐにアーデスがワルツの鎧を探れば、カチッと何かの外れる音がして、アーデスは小さな機械の部品のような物を手にしていた。
それを持ったまま、白い光と共に一度消え、アーデスはすぐに戻ってきた。


「盗聴機だ。隣りの部屋に置いてきた。魔力で固定されていたようだ。」
もう普通に話していいぞ、とアーデスが言う。
「ワルツ無用心~♪」
儀礼がワルツを示して、くすくすと笑う。


「いくら自分が強いからって、危険を感じたら抵抗しなくちゃだめですよ。」
儀礼はワルツに忠告する。
「お前相手に危険など感じないな。」
ワルツが笑って言うので、儀礼は軽く落ち込んだ。


「おいっ。さっきのはどういう意味だ。」
今まで黙っていた、猫のような女性が儀礼に詰め寄ってきた。
「どういうって、そのままです。」
儀礼は黒髪に、紺色の瞳をした女性を見つめる。


 そして、古い言語で言葉を紡ぐ。
さっき、女性の耳に囁いたのと同じ言葉を。


『僕たちはあなたを探しに来ました。』


 にっこりと儀礼が微笑めば、女性が呆然と儀礼を見つめ返す。
『なぜ、話せる。お前も、私達と同じ、人形にされた人間か? 私と同じ時代に生まれたのか?!』
段々と女性の言葉は荒くなり、すぐに、儀礼の服を掴みあげた。
その必死の様子に儀礼は表情を曇らせる。


『すみません。僕は今の時代に生まれた人間です。あなたは氷の谷と呼ばれる場所にいましたね。』
『どう呼ばれるかは知らないが。氷のような人形ならたくさんあったな。生きた人間のな。』
女性が瞳を鋭くする。


『僕たちはそこにいた人たちを解放しました。僕らが救出する前に売られた人たちを探しています。』
儀礼の言葉に女性は目を見開いて驚く。
『解放……した?』
『はい。』
儀礼はにっこりと笑って返す。


『お前がか?』
『僕一人ではないです。この人たちの協力があって、もっと大勢の人が動いたからです。』
儀礼は後ろにいる二人を示してから話を続ける。


『あなたは現代で人に戻ってからどれだけの時間が経っていますか? 他に、いなくなった人のこと知りませんか?』
真剣になった儀礼の顔に、女性はなぜか安堵を感じた。
真剣に、この少年は真剣に、自分達「時間」に見捨てられた人間を助けようとしているのだと思えたのだ。
人間に戻って1年。自由を取り戻して1年。女性は一人の力に限界を感じていた。


『私は、1年前に人に戻されてから売られた。だが、私にはその前に売られた妹がいるんだ。私より2年も前に売られた。だから、私は売られてすぐに妹を探すために逃げ出した。私は「狩りをする人」だったから。』
狩りをする人。それは、遠い昔の冒険者のような職業を示す。
つまり、戦うもの、戦士という意味合いだ。


『1年……。』
儀礼は口に指を当て考え始める。
その一年は、この女性にとってどれだけ大変な時間だっただろうか。
言語も分からず、知り合いもいない。
何一つ助けのないところで、必死に妹を探していた。


『お前、知らないか!?』
切望する目で女性が儀礼を見る。


『すみません。多分あなたの妹は見てません。でも、一緒に探しましょう。必ず、見つけ出します。』
女性の瞳を見返して、儀礼は意志の篭る瞳で約束した。


「おい、ギレイ。何の話をしてるんだ。あたしにも分かる言葉でしゃべってくれ。」
儀礼が女性とのやり取りをしていると、ワルツが頭をかきながら困ったように説明を求める。
「前情報を求めに来て、実物を見つけた。」
呆れたような笑いを含ませて、アーデスが答える。
アーデスには儀礼達の会話が理解できているようだった。


「なに?」
言葉の意味がよく分からないようで、ワルツは眉間に皺を寄せて問い返す。
「見つけました。氷の谷の方です。」
黒髪の女性を示して、儀礼はにっこりと笑う。


「その、言い方は気に入らない。私の名はクロエだ。ノティアスの町の狩りをする者。」
クロエと名乗った女性が言う。
ノティアス、600年以上前に滅んだ町の名前だ。


「よろしく、クロエ。妹さんについて、何かわかったことはあるの?」
儀礼の質問にクロエは首を横に振る。
「妹の名はトラリス。ずっと探している……。半年をかけてやっと、この組織に辿り着いたが、手がかりはなしだ。」
悔しそうに唇をかんでクロエは言う。


「アーデス。掴んだって言う前情報は、クロエについてじゃないみたいだよね?」
若干の期待を込めて儀礼はアーデスへと問いかける。


「違う。むしろ、用心棒にまでなって紛れ込んでいた人物を、どうして見分けることが出来たんだ?」
苦いものでも飲み込んだような表情でアーデスが儀礼に聞き返す。
「だって、動きとしゃべり方が少し不自然でした。なまりっていうんですかね。それに、この瞳の色に見覚えがありました。」
クロエの濃い紺色の瞳。月の明るい夜のような瞳の色。


「最初は、黒髪に黒い目でシエン人かと思ったんですよ。」
クロエの容姿を示して儀礼はなんでもないことのように言ってのける。
「私の国の言葉を聞いたのは、人間に戻ってから初めてだった。」
真っ直ぐに儀礼を見て、クロエが悲しそうに笑う。


「いますよ、他にも。ノティアスの町の出身者が一人。サウルの研究室にいます。」
「サウル? 研究室? よく分からないが、あの中には私の兄もいた。解放したと言うなら、無事に戻れたということか?」
期待に満ちた瞳でクロエが儀礼を見る。
「名前はファロオ。」
『ファロオ、間違いない。兄の名だ……。』
感極まったように、クロエは古い言葉をこぼして、泣く寸前のような笑みを浮かべる。


「お兄さんに会いに行きませんか?」
「会いたい。でも、私は妹を探している。見つけるまでは……。」
涙声でクロエは言葉を途切れさせる。


「移転魔法があるから、会いに行くのは一瞬で行けるんですよ。それより、アーデス、情報。」
にっこりとクロエに微笑んでから、儀礼はアーデスへと両手を差し出す。
アーデスがここへ来たのは、氷の谷の人間がいるという情報を掴んだからなのだ。
儀礼はまだその情報をアーデスからも、ここにいるという情報屋からも、もらっていなかった。

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