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ギレイの旅

千夜ニイ

木箱の資料

 パソコンを使って儀礼はアナザーと共に手に入った情報の整理を再開する。
目の前にいるアーデスにも協力してもらえば、その作業はとても早く終わった。
気になることを多く残して。
しかし、それを今探る必要はない、と儀礼は判断した。
少しずつ、時間をかけて見ていけばいい、と。


 すでに、白の安全は確保されたのだ。
儀礼が無理をする必要はない。
――そこで、何が儀礼にとっての無理なのか、儀礼には考えることすら思いつかないのだが。


「そうだ。今日、アーデスがいるなら、研究室貸してくれる?」
せっかくアーデスがいるのなら、フロアキュールの研究室を借りてしまえば、大掛かりな仕事ができる、と儀礼はいい事を思いついたとばかりに手を打った。
何しろ、貸し出し手続きをしなくても、そこにはほとんどの機材が揃っているのだ。


「構わない。好きに使え……というと、またとんでもない仕掛けを施されそうだな。あまり壊すなよ。」
真剣な顔でアーデスが言う。しかし、その目がからかうように笑っている。
「壊しませんてば。まったく、皆僕のことを何だと思ってるんですかね。」
「Sランク(危険人物)だろ。」
当然のこととしてアーデスが答える。


「……なんかそれ、納得いきません。」
不満げに唇を尖らせながらも、儀礼は移動のために荷物をまとめ始める。
(アーデスのが、よっぽど危険人物だ。)
「何か言ったか?」
小さな声ですら呟いていないのに、心の声を聞き取ったかのようにアーデスが問いかける。
やはり、恐ろしい男だ。


 そうして、儀礼は久し振りにフロアキュールへと足を運んだ。
アーデスの研究室へと入るのも久し振りと言えるかもしれない。
白がいる間は、儀礼も白の周囲の警戒に気を張っていたため、あまり側を離れていなかったのだ。
儀礼が研究室へ籠もってしまえば、自然と、白のことを獅子に任せきりになってしまう。


 冒険者として働いている間はそれで構わなかったが、普段の生活には二人にしておくと心配なことが多々あった。
獅子を一人にしておいても常識外れのことをやらかすことがあるのだ。
町の中の移動を、人家の屋根の上を走ってみたり、剣の訓練で人の家の庭木を切り倒してしまったり。
最近は大分常識を身につけてきたが、旅の最初の頃は色々と大変だった。


「そう考えると、獅子も成長してるよね。」
ポツリと儀礼がこぼした言葉をアーデスが聞きとがめる。
「トラップの製作をしながら、何を考えてるんです。」
若干、表情が引きつっている。
儀礼がこのトラップで獅子を引っ掛けようとでも考えてるとでも言うのだろうか。


 違う。
これは、この罠は、背後に現れた移転魔法陣の光に反応して起動するタイプの、つまり、対不審者用のトラップだ。
もちろん、その不審者の中には、アーデスやコルロも含まれている。
それは黙っておきながら、儀礼は嬉々として作業を続ける。


「そう言えば、ギレイ。お前の祖父の資料についてだが……、通し番号の抜けている物があるのはどうしてだ?」
 作業を続けていた儀礼に、アーデスが儀礼のパソコンの、抜けたデータについて質問する。
楽しそうに機材をいじっていた儀礼の目が細められた。


「なんです、それ?」
広げていたツールをポケットにしまいながら、緊張した様子で、儀礼は下手な嘘を吐く。
「お前のデータにアクセスしたらその異常に気付いてな。何々だ、あれは?」
 

「そんな、明らかに犯罪発言しなくても……。」
呆れたように儀礼は苦笑する。
データへの不正アクセスは完全な犯罪だ。


 儀礼のパソコンのデータには、シエンの文字で書かれた通し番号が振られている。
それは元々の紙に書かれているもので、儀礼の祖父、修一郎が記したものだ。
その通し番号が、パソコンのデータの中で、ごっそりと抜け落ちている部分がある。


「あー、でもずっと忘れてたな。それ。家の資料庫にあるんですけど、木箱に入ってて。僕がパソコンにデータ移した時、まだ小さかったんで動かせなかったんですよね。」
 言いながら儀礼は口元に指を当てる。
本当に忘れていた様子だ。


「旅に出る前には画像にして取り込もうと思ってたのに、出発の準備してたら、わくわくし過ぎてすっかり忘れちゃいました。」
照れたように儀礼は笑った。
「気にならないのか?」
そんな儀礼の態度に違和感を覚えて、アーデスはさらに問いかける。


「他の資料のが気になっちゃって。すぐにできそうなのとか、夢みたいのとか、もういっぱいあって。後でもいいかなって。」
また儀礼は愉しそうに笑っている。
その言葉が嘘だとは思わない。
しかし、好奇心の強い儀礼がその木箱の中味に興味を持たないことに、アーデスは異様さを感じる。


「ギレイ。お前、俺の本棚の本、ほとんど読んでたよな。」
儀礼は、何度目かにアーデスの研究室を訪れた時に、時間を忘れて本を読み耽っていた。
その集中力は何度呼び掛けても気付かないほどで、皆でからかって遊んでみたものだが。
他の場所にある研究室へも、行く度に新しい本を見つけては、儀礼は勝手に読み漁っていた。


 全ての本を読破したのかと思えば、儀礼がまるっきり手を付けていない種類の本がある。
それが、魔法関係の本。
アーデスの書庫には初心者に向けた入門書なども置いてあった。
しかし儀礼はそれにすら、手をつけていない。
儀礼の持つ魔法に関する知識はドルエドと言う、魔法を強く規制された国の中で、唯一魔法を扱った書物、物語フィクションからきていた。
なので、多大に間違っている部分があったりする。
 

「アーデスは珍しい本、たくさん持ってるよね。マルコさんの原書まで。羨ましい」
儀礼が食いつくように見ていた、幼児が最初に文字を覚えるために書かれた手習いの本。
『子供の頃にこれがあれば僕の字もっと綺麗だったのに。』
と、著者のマルコへの愛を涙を浮かせて語っていた。
普通マルコは男名だが、このマルコは女性だったらしい。
『え? 丸子さんなんだから女の人でしょ。』
当たり前のように言う儀礼はやはり普通の人間とは考え方が違うのかもしれなかった。

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