ギレイの旅

千夜ニイ

長期の仕事

「儀礼。俺、長期の仕事に挑戦しようと思うんだけど。」
ある日、獅子が儀礼にそう話しかけてきた。
それは、獅子に足りない、ランクを上げるための要素。


「うん。いいと思うよ。そろそろランクも上げないといけないし。長期の仕事は一回が長いから、回数こなすのが難しいんだよね。」
儀礼は答える。
「今回は、洞窟の探索なんだけど、お前も一緒に来るか?」
儀礼に、行くかどうかを決めさせてくれるらしい。
難易度はB。今の儀礼と獅子ならば難しいわけではない。


「洞窟か……。ごめん、今回はパスしてもいいかな? 白と別れてから色々と情報が集まってて、一回整理しておきたいんだ。」
遺跡探索ならば、興味を引かれたかもしれないが、洞窟の長期の探索は体力的にも精神的にも厳しい。
パソコンの電力確保ができないのだ。
儀礼には死活問題である。


「そっか。なら、今回は、俺だけで行って来るよ。お前、『護衛』がいるんだもんだ。心配ないか。」
グシャグシャと儀礼の髪を撫でて、獅子が言う。
なんだろうか、この年下相手の対応は。
まるで、白の代わりと言われているような気がして、しかしまた、護衛のことを黙っていたことがある手前、儀礼は負い目があるので反論ができない。


「飯は食えよ。」
しっかりと釘を刺すあたり、獅子はすっかり儀礼の保護者と化している。


「獅子も気をつけてね。洞窟に行くなら、ライト貸しておくよ。ランプより使い勝手がいいだろ。明るいし。」
儀礼は電池で点くライトを獅子へと渡す。
「他に、毒消しと、手当てのセット、水のろ過装置は持ってた方がいいよね。それと携帯食料は多目にね。洞窟の中じゃ、現地調達は難しいから。」
「わかってるって。お前、俺の保護者じゃねぇんだから。」
獅子が苦い笑いを浮かべている。


 今、儀礼が思っていることを、獅子も感じたようだった。
「持ちつ持たれつだよね。」
くすくすと儀礼が笑えば、だな、と獅子も笑う。
保護する者ではない、それが、仲間というものだ。


「で、俺がいない間って、どういう風にあいつらが守るんだ?」
「アーデス達? 三人は移転魔法使えるし、残りの二人も転移陣を使えるから管理局にいれば、いつでも来れるんだよ。」
護衛に関して、儀礼は獅子にほとんど何も教えていなかったことに気付いて、丁寧に説明する。
「転移陣な。」
獅子も、何度か使ったことがある。
それでも、一人では使い方がいまいち分からないらしい。


「獅子は、ギルドの仕事のメンバーが移転魔法で連れてってくれるから、使えなくても心配はないよ。どこかに間違って、連れ攫われた時のために、発信機を持っといてくれる? そうしたら、僕もすぐに迎えにいけるから。」
儀礼は小さな丸い機械を獅子に渡す。
「こんな小さい物、失くしそうだな。」
片方の眉を下げて、獅子は面倒そうに小さな機械を見つめる。


「じゃあ、剣に取り付けておくよ。光の剣は手放さないだろ。付けるのは簡単なんだ。」
そう言って、儀礼はすぐに獅子の剣の鞘に発信機を取り付けた。
これで、「新しい試験体の確保だ」、などと儀礼が思っていることは秘密にしておく。


 それ以上に、獅子の移動範囲が分かることは安心する。
世間に名の広まった『黒獅子』は、これから、今まで以上に世界中に連れ回される事になるだろう。
そんな中で、国同士の戦争や、組織や国家の陰謀に巻き込まれないとは言い切れない。
獅子一人の手に余り、儀礼に手を貸せる状況であるならば、いつでも、助けに出る準備をしておく。
管理局の『蜃気楼』。世界にその名を知られているのは、儀礼だって負けてはいない。


 そうして、獅子は準備を終えて、新しい仕事へと出かけていった。
これで、儀礼は自分の仕事に取り掛かる準備ができる。
儀礼はパソコンを起動する。
アーデスとアナザー。それぞれにメッセージを送り、詳しい状況と、情報の整理を行っていく。


「で、背後に現れるのはやめてくださいって。」
儀礼は後方に出現した白い転移陣に、呆れたように溜息を吐く。
そこから現れたのは、今、メッセージのやり取りとしていたアーデスだった。


「黒獅子は仕事に行ったんだろう。フェード国内で一人は物騒だ。」
「管理局内は安全ですよ。ちゃんと結界も張ってますし。」
「入れたぞ。」
悪びれた様子もなく、当然のように侵入者が言う。


「それは、アーデスだからでしょう。普通の人は入れないようにできてる。入ってきたとしても、トラップの餌食にしてあげますよ。」
自分の身は自分で守れます、と儀礼はアーデスへと伝える。
こっちは完全に儀礼を子ども扱いしている。
(今度、移転魔法陣が背後に展開されたら強制的に起動するトラップでも考えようかなぁ。)
などと、儀礼は本気で考えていた。


「……両親については調べないのか?」
「そんなの、僕が直接、父さんと母さんに聞いた方が早いでしょ。」
当たり前のことを聞かれて、儀礼は当然のように言葉を返す。
「なら、何故聞かない。」


「……いつでも聞けるから。別に今である必要はないだろ。」
20年程前にドルエド国王に認められたという二人の『シエンの戦士』。
小さな村の中のことなのに、儀礼はそれが誰であるのか、知らなかった。
生まれる前のこと、と言ってしまえばそうなのだが、調べようと思えば、調べられることだ。
だが、村の誰も、そのことを口にしていなかった。


 そこにも、何か秘密があるようだった。
その秘密に、儀礼は興味を惹かれなかった。


「魔力の欠落、か。どうやらそれは、両親と関わりがありそうだな。」
ポツリと、小さな声でアーデスは呟いた。
儀礼に抜け落ちた、魔力の空洞。
間違いなく、そこに何かがある、とアーデスは考え始めていた。

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