ギレイの旅

千夜ニイ

両親の過去2

「何でも、同郷の友人に守ってくれって頼られたらしくてな。」
男は少し考えるようにして顎を撫でていた指を止める。


「お頭はどうも、故郷をとても大切にしているようだった。俺たちのことも、家族のように接してくれたが、それ以上に特別なものらしかったな。今も、故郷に戻って住んでいる訳だしな。」
再びあごひげを撫で回し始めて男は話し続ける。


「お頭が連れてきた娘は17、8歳の品のいいお嬢さんだったよ。俺たちなんて、自分で言うのも何だが、品なんかあったもんじゃない。こんな中でやっていけるのかと思ったんだがな……。」
男は今度は腰の剣を撫で始めた。


「すぐに金髪の軍服を来た奴等が何人も襲ってきてな。奴等、何もない所から突然現れるんだ。今だから奴等が魔法使いだって分かるが、当時は化け物だと思ったよ。」
移転魔法を知らないドルエド人。
魔法使いを見たなら、そう思っても無理はない。
新手の魔物とすら思えたかもしれない。


「そいつらを、お頭は次々吹っ飛ばしてな、仕留めていったよ。鮮やかな手並みだったな。」
尊敬をうかがわせる瞳で男は言った。
当時は大変だった、と別の男たちが次々と口を挟む。
眠る暇もなかったとか、怪我人が続出したなどと。


「そうそう、その娘さんとかなえでよく飯を作ってくれたんだが、娘さんは料理なんてしたことないようで、包丁を持つ手つきがもう危なっかしくて、見てられねえ感じでな。」
男が言えば、そうだった、そうだった、と別の男が笑いながら相槌を打つ。


(母さん、料理できなかったって自分で言ってたもんな。)
儀礼は曖昧に笑う。


「そんな娘さんがよ……。」
突然、表情を真剣に変えて男が話し出す。
「お頭が、どうしても外せない仕事があるって言って、俺たちの元を離れた時があったんだ。その間にな、王都の兵士が俺たちの本拠地を攻めてきたんだよ。」
男は苦い顔で一度鞘から剣を抜いて、すぐに納めた。
「俺達、この通りの見た目だし、評判も悪かった。そんな中で、町の中で起こす毎日の死闘だ。しかも相手はどこかの兵士のような格好をしている。王都の兵士どもは、俺らがどこかで悪さを働いて、その兵士たちが捕まえに来たと考えたらしいんだ。」
確かに、男たちの容貌は一見しても二目見ても、盗賊そのものだ。


「毎日の連戦で俺らは疲れてて、その時も戦闘直後だったんだ。しかも頼りのお頭はいねぇ。俺達は捕まると思ったね。悔しさで兵士どもを殺してやろうかとさえ思って歯ぎしりしてたんだ。」
そこで、憎らしそうに鼻に寄せていたシワを男は和らげた。


「そん時だよ、姐さんが、青い光と共に何かを唱えて、水の壁みたいな物で大勢の王都の兵士を一人でぶっ飛ばしたのは。」
男は和らいだ笑顔を浮かべている。
「この方達は、困っていた私を助けてくださった優しい方達です。無礼は許しません! って、強い口調ではっきり言ってな……。じゃがいも一つ持って、あたふたしてたお嬢さんと同一人物だとは思えなかったよ。」
かっこよかったな、あれは。と、口々に男たちが笑い出す。
「その攻撃が、大量の水ぶっかけるだけで、兵士どもが無傷だったってのも、姐さんらしいところなんだけどな。」
男の言葉にそうそう、と隣にいた男が頷く。


「そのあとすぐ、俺達の傷の手当てもしてくれてな。あの、青い光を当てられると気持ちいいんだ。」
男が思い返すように笑みを浮かべている。


 本当に儀礼の母、エリは馴染むほどにこの集団の中にいたらしい。


「それからしばらくして、魔法使いどもが襲ってこなくなって、その後1週間位してから、お頭が一人の若い黒髪の男と一緒に帰ってきたんだ。お頭は一暴れした後のようなすっきりした顔をしていたな。」
思い返すように男は天井を仰いだ。
そうしてまた、あごひげをなぞりだす。


「結局、そのお頭と同郷の若い男が、姐さんを連れていって、お頭の故郷に戻ったって話だ。その後はお前の方がよく知ってるだろう、二人の息子の、ギレイ・マドイ。」
ニヤリと笑って男は話を締め括った。




 その後、儀礼は気になることをさらにいくつか聞き出していった。
まずは襲ってきた魔法使いたちの姿形、服装。
それはやはり、儀礼の想像通り、ユートラスの兵士と断定して良さそうだった。
それから、エリの使った魔法。
儀礼はエリが魔法を使う所を一度も見たことがない。
それなのに、男達はエリのことを白のような、青い光を扱う魔法使いだと言っている。


 それから、重気と礼一がこのチームから離れた10日程の間に、どうやってか、けりを着けてきたと言うことだ。
それ以来、魔法使いたちの襲撃がないと言うのだから、間違いない。
儀礼の父は何かをして、白と同じ状況にいたエリを無事に救いだした。


 それが、今の儀礼にはわからない。
直接聞き出せばいい。
そう思うのに、なぜか儀礼の体は冷や汗を流す。
勝手に背中に冷たい汗が流れていくのだ。


「大丈夫か、ギレイ? 顔色悪いぞ?」
男が心配したように儀礼の顔を覗き込む。
「大、丈夫です。少し寒気がしただけです。外が寒かったですからね。」
儀礼はぎこちない笑みを浮かべる。
「そうか、なら暖まった方がいいな。そら、飲め。熱くなるぞ。」
男が儀礼のグラスに明らかに酒と思われる飲み物を注いだ。


 一応儀礼も成人の年齢には達している。
しかし、まだ酒を飲んだことがない。
アルコールで思考を鈍らせるのは危険だと、判断しているからだ。
しかし、寒気が尋常ではない。
儀礼は一口だけ、とそのグラスに口を付けた。
みな、普通に水のように飲んでいるアルコール度数の低い酒だ。


 結果、体は暖まったが、思考がふわふわとするような錯覚に陥った。
儀礼は体をくすぐられているようなくすぐったさに襲われる。
そして、何がおかしいのか、儀礼は一人でけたけたと笑い続けたのだった。


 ひどい眠気に襲われて、儀礼が気付いたのは翌日の朝。
「お前、もう酒は飲むな。」
真剣な顔で獅子に怒られた儀礼だった。
儀礼には何かをした記憶はない。
全ての記憶がはっきりとある。
ただ少し、いつもよりおしゃべりになっていたので、重要事項を持っている儀礼がアルコールに気を付けなければいけないとは、よくわかった。


「わけのわからない講義なんか始めるな。頭が痛くなる。」
眉間にシワを寄せて獅子が言う。
彼らの見映えをもう少し良くすれば、盗賊には見えなくなるだろうと思って、過去の例を出して提案してみただけだったと思うのだが。
もちろん。遺跡の時代の盗賊たちの成り立ちから。
とても楽しくて仕方がなかったのだが……まだアルコールが残っているのだろうか?



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