ギレイの旅

千夜ニイ

姐さん

 儀礼たちは、城下町で話しかけてきた男達に誘われて、集会場のような場所へ来ていた。
「さぁ、遠慮せずどんどん食べてくれ。こんな幸運なことはない。」
ここは、この男たちが組むパーティーの本拠地のような場所らしく、大勢の男達や、冒険者のなりをした女達が何人も、長いテーブル席に着いている。
儀礼と獅子は、テーブルでの上座、客人としての席に座らされている。
無理やりつれてこられたような感じではあったが、儀礼には、彼らに聞いてみたいことがいくつかあった。


「いやぁ、お頭の息子さんに会えるとは、運がいい。噂ではフェードにいるって聞いてたんだが?」
「用事があって、ドルエドの王都まで来たんです。」
話しかけてくる男には儀礼が答える。
下手な話をして、白のことを漏らすのは危険だと判断した。


「ところで、お頭って何ですか?」
聞きたかったことをまず、儀礼はその男に聞いてみる。
何となくというか、間違いないだろうという予想はついているのだが。
「お頭は、俺達のお頭さ。もう二十年も昔になるが、俺達のパーティーのリーダーをやってたんだよ。」
パーティーと言えば、聞こえはいいが、お頭と言われると思いつくイメージはあまりいいものではない。
それが、いかつい体つきの獅子倉ししくら重気じゅうきを示す言葉だとしたら、なおさらだ。


「獅子のお父さんってことは、重気さんのことですよね……。」
一応、分かってはいるのだが、確認のために、儀礼は男に問いかける。
「おう。もちろんだよ。『黒鬼』の本名を知ってるとは、さすがだな。いや、姐さんの娘さん。じゃ、ねぇ、息子さんだったか。」
ワハハハ、と、その男は快活に笑う。


 獅子はというと、もりもりと勧められた料理を食べている。
この状況に、戸惑っている様子はない。
図太い神経というのか、大物と言うべきか、まだ夕食には少し早い時間で、儀礼はあまり食が進まないのに、獅子は、次から次へと皿を空にしている。
一体どこに入っているのだろうか。
獅子の体の不思議の一つである。


「さすがお頭の息子さん、言い食いっぷりだ。」
別の男が、獅子のグラスへと酒らしきものを注ぐ。
獅子が何をやっても、さすがはお頭の息子さんだと、ここにいる人たちは上機嫌で褒め称える。
成人はしているのだが、酔うとどうなるか分からないので、アルコールはやめてもらいたい。
重気さんのように魔物を求めて外へと飛び出していくようだと、とても困る。


「その。『姐さん』、ってなんなんですか?」
儀礼はすぐ側にいる、先程からよく話しかけてくる男にまた、問いかけてみる。
「んん? 姐さん、ったら、姐さんのことだよ。金色の髪に、深い青色の瞳の、綺麗なお嬢さんだった。お前はその、息子なんだろう。まぁ、見た目がそっくりだしなぁ。」
酒を飲みながら、男は答える。
金髪に、深い青色の瞳。これはまた、かなりの確立で、儀礼の母、エリのことだと断定できる。
ただでさえ、ドルエドで金髪と言えば目立つ。
それに、精霊を見ることのできる群青色の瞳。


「そのお嬢さんをなぁ、お頭に頼まれて、預かってた時期があるんだよ。何だか、金髪の兵士どもに狙われててな。俺達に守れって、お頭の命令だったんだ。」
男は思い出すようにあごのひげをなでる。
随分昔のことのようだ。
『守る』。儀礼達と、白の今までの状況ととてもよく似ている、と儀礼は感じた。
しかし、それ以上にまず、気になることがある。


「それで。なんで、姐さん、何ですか?」
儀礼の母が、この集団に姐さん呼ばわりされる理由が分からない。
獅子の母親は『かなえ』だ。
お頭の奥さんを姐さん、などと呼ぶのなら分かるが、こういう荒事とは無縁そうなエリのことを親しげに呼ぶ盗賊まがいの外見をした冒険者達。


「そりゃ、姐さんが……。」
何かを思い出すように男は虚空へと視線を走らせる。
「俺達を庇って、王都の兵士をふっ飛ばしてくれたからなぁ。あれは、しびれた。」


(……何やってるんだよ、母さん。)
儀礼の知らないところで、両親には、とても深い秘密があるようだった。


「あの。僕達、両親の若い頃のことあまり知らないんです。教えてもらえませんか?」
儀礼が言えば、我こそが、というように先を争って、皆がいっせいに口を開いた。
途端に食事の場がガヤガヤと騒々しくなり、話を聞き分けることができない。
「あの、落ち着いて、一人ずつ話してもらえませんか?」
両方の耳を塞いで、儀礼は頼むように言ってみるが、声がかき消されて、とても聞こえているとは思えなかった。


 さすがに獅子も、その声の煩さには辟易したようで、耳を押さえると、低い声で、告げた。
「もう少し静かにできないのか?」
それは、獅子倉の道場で、獅子が小さい子供達相手にしつけるような、話し方だった。
それで、ぴたりと場が静かになる。


 騒がしかったために、獅子の声が聞こえたわけではないだろう。
さすがは冒険者達、獅子の声ではなく、闘気に呼応したように、全員が息を飲んで、黙って自分の武器に手を添えていた。
その数、数十人の歴戦の戦士達。
一触即発とでも言うような緊張した空気が室内に漂っている。
その全員が、獅子と儀礼の方に向かっているのだ。


(もう帰ろうよ、獅子。)
その雰囲気に、重要な話を聞こうと思っていたのに、久し振りに弱気な発言をしてしまいそうになった儀礼だった。

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