ギレイの旅

千夜ニイ

王宮へ

 儀礼は今、国王の前にひれ伏している。
目の前にいるのは、ドルエド国王。
左隣にいる獅子は、若干緊張した面持ちで深く礼をしている。
反対に、右隣にいる白は、慣れた様子で貴族の礼をしていた。
儀礼は肩膝と片手を地に着け、右腕を胸の前に折っている。
儀礼の知る最上位の者に対しての礼の仕方だ。


「そう緊張する必要はない、礼を解き顔を上げよ。」
ドルエドの国王が、親しげな声で話しかけてきた。
儀礼は立ち上がることはせず、顔だけを上に向ける。
獅子もそれに習い、国王を見つめる。
白にはやはり、緊張した様子がない。
国王の前に出るということに、慣れているのだろうか。やはり、上流の貴族は違う。
儀礼は、ふぅ、と小さく息を吐いた。


 なぜ、儀礼たちがこんなことになっているのか。
ドルエドの国境へと辿り着くなり、大勢の魔法使いたちが出迎えて、妨害工作を行えないという儀式陣を作り出し、移転魔法で、儀礼達3人をこのドルエド王宮へと連れて来たのだ。
あれこれという間もなく、謁見の間に通され、国王が出てきて、現在に至る。


「ドルエドの賢人『蜃気楼』。ドルエドの英雄、『黒獅子』。両者とも、良くぞ無事目的の者をこの城まで連れて来てくれた。礼を言おう。」
ドルエド国王が、二人をねぎらう。
王宮へと連れて来たのは、国王配下の魔法使いたちなのだが。
儀礼たちはなかば誘拐されたようにこの場へと連れて来られたのだ。


 儀礼の左腕の腕輪は白く光る。
アーデス達は間違いなく儀礼達を捉えているので、大した問題はない。


「アルバドリスクのシャーロよ。我らの力及ばぬために、辛い旅をさせたな。」
白に向かって語りかける国王は、親しみを感じられる、優しい声をしていた。
やせ細った白を見ていれば、その苦労を推し量り、目に涙でも浮いてきそうな様子だ。
この国王が、白の、『シャーロット』としての姿を知っているとするならば、確かに、今の姿は憐れに映っていることだろう。


「すでに仲間は保護している。ずっとそなたを待っておった。そなたの無事を聞いても、その目で確かめるまではと、頑なに探しに出ようとしておった。」
「仲間……。」
そう言われて、白は呆然と国王を見つめる。
「安心しろ。二人とも元気にしている。すぐ隣の部屋で待機しておる。おい、誰か、ここに呼んでやれ。」
国王が手を叩けば、兵士が二人、ぱっと動き出し、隣の部屋へと続く扉が開かれた。


 そこに立っていたのは、一人は杖を持ち、白く長い髪の老人。
もう一人は、短い金髪に水色の目をした、背の高い男だった。
「ロッド! エンゲル!」
二人の姿を見ると、白は我を忘れたように走り出した。
そうして、二人に抱きついて、涙を流し始める。
「無事でよかった。私のために、傷ついていたらって、ずっと心配だったんだ。」
次から次に、白の頬に涙は流れ落ちる。
本当に心配していたのだろう。


 身の保証をしているのがドルエド国王。
白の本当の仲間たちがいて、他国からの魔法の攻め込みを受け付けない。
安全な土地。
こんなことなら、もっと早くに白を送り届けるべきだったかもしれない、と儀礼はちょっとばかり反省する。
けれど、白と過ごした時間は、楽しくて、別れが寂しいほどには、幸せだった。


「よかったね、白。」
薄茶色の色眼鏡を目深くかけなおし、儀礼はにっこりと微笑む。
うん、うん、と白は何度もうなうずいている。
涙で声が出ないらしい。
そんな白の姿が可愛らしくて、儀礼はまた、笑う。


「知り合いに会えたんだな。よかった。」
獅子も、白の無事を確認できて、安心したように言う。


「この通り、無事を確認できただろう。もう態度を崩して構わんぞ。」
未だにひざまずいたままの儀礼と獅子に、ドルエド国王は立ち上がれと促す。
二人は顔を見合わせると、ゆっくりと立ち上がった。
獅子の剣は奪われていない。
儀礼の白衣の装備も、まったく手を付けられていない。


 国王の間に入るのに、装備の解除を言い渡されなかったのだ。
儀礼と獅子に対して、警戒をしていないということだろうか。
そう、示して、信頼を得ようということかもしれない。


 事実、白の仲間は元気そうで、ドルエド国王に対する疑いはない。
ただ、だからこそ、これで、本当に、白とはお別れだ。


「白。」
儀礼はできるだけ笑みを絶やさないようにして白に話しかける。
「良かったね。白に会ってから今まで楽しかったよ。これからも、連絡してね。また、会いに来るから。獅子と一緒にさ。」
白の涙をハンカチで拭きながら、儀礼は言う。


「貴様、シャーロ様になんと言う口の利き方をっ! この無礼者!」
エンゲルと呼ばれた、騎士のような格好をした男が、儀礼に剣を向けてきたが、白が抑えて止めさせた。
「いいの、エンゲル。ギレイ君は旅の間ずっと助けてくれた人だよ。」
慌てたせいで、涙がひっこんだのか、白はエンゲルへと丁寧に説明する。


「それは、本当にありがとうございました。こうして我等が再びシャーロ様に出会えたのはあなた方のおかげです。」
年上の方の、騎士の格好をした老人が、深々と頭を下げて儀礼に言った。
「いえ、僕らは何も……。僕らの方こそ、たくさん助けてもらいましたから。」
白には、何度も、回復魔法で傷を癒してもらったり、旅を明るくして、楽しい思い出をたくさんもらった。
儀礼のせいで、怖い目にあわせてしまったことも事実だった。

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