ギレイの旅

千夜ニイ

オールクリア

「オールクリア。」
儀礼は呟いた。
アーデス達からの報告の結果だ。


『蜃気楼』宛てに届いた依頼書の内容も、白がドルエドに着いてからの身の安全も確保されていると分かった。
全ての問題が消え去った。
もう、これで行程を引き伸ばす理由はない。
少しでも早く、白を安全なドルエド国内へと送り届けなければならない。


 思えば、白に出会ってから1ヶ月程。
短いような、長いような時間だった。
できれば、もっと一緒にいたいと思えるほど、白といるのは楽しかった。
けれど、もう、儀礼のせいで白を危険に巻き込むことを儀礼自身が許せない。


 だから。
「もうすぐお別れだ、白。」
また、小さな声で儀礼は呟いた。


************


「バーベキューセット?」
眉をひそめるようにして、バクラムが問い返した。
「はい。バクラムさん家なら持ってるかと思って。」
「いや、あるけどな。何に使うんだ?」
疑うようにバクラムは尚も問いかける。


「普通に、バーベキューがしたいんですよ。別に改造したりなんてしませんてば。」
儀礼が何かを言い出すたびに、なぜ、皆、何かをしでかすと考えるのだろうか。
溜息のように軽い息を吐いて、儀礼は諦めたように笑みを浮かべる。
「全部、準備が整ったんです。白のお別れに皆で楽しみたくて。」


「なるほどな。だったら、家に全部セットは揃ってる。持ってくるのが手間だが、アーデスとコルロにヤンまでいれば問題ないか。」
「シュリは?」
もう一人、移転魔法の使える友人の名を上げて、儀礼が問う。


「シュリは最近、ハルバーラの遺跡に入りっぱなしだよ。帰ってきても装備を整えて、またすぐに出て行っちまう。まぁ、ギルドから調査と討伐の依頼を請けて入ってるから収入にはなってるんだがなあ。」
一人で稼ぐようになったと、自慢したいのか、親元を離れてしまったことが寂しいのか、微妙な表情でバクラムは言った。
「そっか。忙しいんだ。それじゃぁ、シュリは来れないかな?」
「多分、帰って来ないだろうな。昨日出て行ったばかりだからな。」


 バクラムの答えに、若干残念そうに儀礼は笑みを崩した。
しかし、すぐに元の笑みに戻ると、次の言葉を口にする。
「じゃあ、ラーシャたちは?」
「ラーシャとカナルは来れるだろうな。他のちびたちは騒がしくなるだけだろうから、安全のために遠慮させてくれ。」


 儀礼の周りに近寄ると危険になる。
嫌でも、儀礼はそれを分かってしまっていた。
まだ、自分の身を守れない子供達を、儀礼の側に連れて来ることはできない。
そういうことだろう。


(まるで、僕が危険人物のようだ。)
『Sランク(危険人物)』認定されている儀礼が、他人事のように思っていた。


 その日の昼。
宿の中庭を借りて、儀礼はバーベキューをすることにした。
参加者は、儀礼、白、獅子の三人に、利香と拓。
それから、アーデス、ワルツ、ヤン、コルロ、バクラム、という護衛たちに、ラーシャとカナル。
結構な人数になった。


(穴兎も呼びたかったな。)
儀礼は、本当は穴兎、ディセードも呼びたかったが、一言で断られた。


『俺を、その危険領域に呼ぶな。』と。


何が危険領域なのだろうか。
(ああ、アーデス達がいるから。)
穴兎は、自分の正体が『アナザー』だとバレることを警戒している。
一番危険なのは、アーデスだ。
次は多分、コルロだろう。バクラムも、なんだかんだで、頭の回転がいいので、警戒するべきかもしれない。


 しかし、儀礼の心の中、何か、寂しさが抜けない。
これだけ、人が集まって、楽しく昼ごはんを食べようと言うのに。
(やっぱり、白との別れがあるから……かな。)
いつの間にか、兄と名乗ることに違和感のなくなっていた白の存在。
1ヶ月。それはやはり、長かったのかもしれない。


「獅子、白。紹介してなかった人達をちゃんと紹介するね。」
儀礼は護衛たちやラーシャたちを順に紹介していく。
そうして、今度は逆に、白と獅子を紹介する。
初めは緊張していた場だったが、食事を始めれば、すぐに和やかな雰囲気へとなっていった。


 特に、白とラーシャは、歳が同じこともあって、話が合うようだ。
嬉々として盛り上がるのが、何々の魔物との戦い方とかいう、話の内容も、今は、聞かなかったことにしておこう。
カナルと獅子が中庭の端で剣とハンマーを打ち合わせている。
いつか、始まるだろうとは思っていたが、早かった。
手合わせは両者とも手加減しているようで、周囲への被害はない。


「食べるなら今のうちだね。」
儀礼は、よく食べる二人が試合に熱中している隙に、焼けた肉や野菜をラーシャや白へと取り分ける。
「お前もちゃんと食っておけ。」
火の番をしていたバクラムが儀礼の皿へと大量に肉の山を入れる。


「そんなに食べられませんよ。シュリやカナルと一緒にしないでください。」
少し、困ったようにしながらも、儀礼は入れられた肉にかぶりつく。
食べないわけにはいかない。
少しでも早く、大きく、強くならなくては。
なんとなく、焦るように儀礼は食事を進めていった。


「ああっ! 親父、俺も食う!」
儀礼が食事を始めれば、すぐにカナルが戦闘をやめて鉄板の元に近寄ってきた。
「なんだよ、もう終わりか?」
呆れたように笑いながらも、獅子のお腹もぐー、という大きな音をたてた。
「確かに、腹が減ったな。」
庭中に、肉や野菜の焼けるいい匂いが漂っているのだ。
そんな中で、大食漢の獅子とカナルがいつまでも戦っていられるわけがない。


「はい、了様。」
すぐに利香が獅子へと皿に乗せられた温かい料理を持ってくる。
「おう、ありがとう。」
そう言って、獅子はすぐに肉へとかぶりついた。
「うまい。」
次々に食を進める獅子とカナル。今度は食べる量でも競争するつもりだろうか。
儀礼はそんな二人に苦笑しながら、白へと視線を向ける。


 楽しそうにおしゃべりをしながら、食事を取っている白。
隣りには、優しく微笑むラーシャの姿。
長い髪、柔らかそうな体つき。同じ年頃の少女の姿。
「本当なら……。」
思わぬ言葉が口をついて出そうになって、儀礼は慌てて野菜を口に放り込む。
絶対に、言ってはいけない言葉がある。


「ドルエドに、入っていいんですか?」
突然背後から声をかけられ、儀礼は思わず咳き込んだ。
「ごほっ、なに? アーデス。」
いきなり気配を消して人の背後に現れるのはやめてもらいたい。
「ドルエドに入れば、あの少女の――」
そう言ったところで、儀礼はアーデスの口を塞いだ。
誰に聞かれるか分からないのに、こんな所で簡単に言わないで欲しい。
例え、世界最強のメンバーに守られているからといって。


「失礼しました。」
悪いとも思っていないような笑顔で、アーデスは謝罪の言葉を口にする。
絶対、わざとだ、と儀礼は思う。


「あの子供の無事は確保できる。しかし、お前の安全は、保証されていない。一度入ると、また、抜け出せなくなるかもしれないぞ、ドルエドから。」
ドルエドに閉じ込められる。
『Sランク』の者を監視することと、所有すること。
そのために、儀礼はドルエドから出られなくなるかもしれないと、アーデスはそう言っているのだ。


「それは心配してないよ。僕には味方がいるからね。」
その味方の中でも、最も実力を持っているアーデスに向けて、儀礼はにっこりと微笑む。
「捕らわれたら、助けてくれるでしょう。」
それが、護衛の仕事だ。
管理局と国は、また別の組織である。
管理局に雇われているアーデス達は、儀礼がその国を抜け出したいと思うならば、手を貸すのも仕事のうちだ。


 でも、儀礼は知っている。
儀礼が頼めば、仕事でなくても、アーデス達は力を貸してくれる存在だということを。


「お前ら、何の話をしてるんだ?」
ラーシャと白の格闘談義を聞きとめて、呆れたようにカナルが口を挟んでいた。
相手がこう攻めてきた時にはこう、とか、こう防いでから追撃とか、子供や少女が話すには少々物騒な話になっていた。


「こいつ、これで結構強いんだよ。」
白を示して獅子が言う。
「そうなのか。すごいな、まだ小さいのに。」
白の頭を撫でて、カナルが言う。


「ラーシャと同じ歳だよ。」
儀礼が言えば、そうか、と少し驚いたようにカナルは頷く。
白は、見た目よりもちょっとばかり、幼く見える。栄養状態が悪かったせいだ。
最近はそれでも、肉がついて、健康的には見えるようになった。
ドルエドに行けば、もっと年齢に見合った成長をしていけるのだろうか、と儀礼は少しの心配と、期待をしている。


「ドルエドに来たら、俺もまた遊びに行くからな。」
拓が白に話しかける。
「まだ、白がどこに行くのかも決まってないのに。」
儀礼が呆れたように言えば、拓は当たり前のように笑う。
「白がいるなら、どこにだって行くさ。」
「はいはい、ご苦労様。領主様の仕事も、ちゃんと手伝ってよね。」
入り浸りになりそうな拓に儀礼は釘を刺しておく。


 大体、ドルエド国家を動かせる者からの依頼が来ている時点で、簡単に会えるかどうかも分からない。
まぁ、儀礼も会えるならば、会いに行くつもりではいるのだが。
「お前が忙しくしなければ、シエンは安泰なんだよ。」
一番の問題児が儀礼のように拓は言う。
世間を騒がせている率は獅子の方が高いというのに。


「それなら、問題ないね。」
にっこりと笑って儀礼は心の中で「オールクリア」と答える。
儀礼はちゃんと、自分の足跡は消せる限り消してあるのだ。

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