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ギレイの旅

千夜ニイ

精霊の森8

「ガイア。大地の女神。この森を、守ってくれる?」
魔力で荒れる森の中に儀礼の声が静かに響いた。
魔物すら住むことのない、清浄な森。
きっと、そんな森は世界中にそう存在しない。
もしかしたら、この森だけかもしれない。
そんな森を、失わせるわけにはいかない。


 それに、なにより、この森は、儀礼に故郷の森を深く思い起こさせた。
美しい大きな木々、涼やかな葉擦れの音。小鳥たちのさえずり。
清らかな小川の水。
それでいて、危険となる魔物が出ない。
そんな聖域を、好きにならないわけがなかった。


 ざわざわと葉擦れの音が大きくなる。
魔力の嵐によるものではない。
ぐんぐんと成長した森の木々が、守るように儀礼の周りを囲っていた。
「森を守る者は――。」
儀礼には見えない。
けれど、大地の精霊ガイアは、迷うことなく、魔力の嵐の中心部へと向かっていった。


 魔力の渦の中心部、そこには今にも、水の精霊王が召喚されようとしていて、緊張とともに魔力が漲っていた。
相対する精霊は魔力を削られ、わずかばかりに小さくなっているが、精霊の王として成り立つだけの姿を保っていた。
まだ、儀式陣は続いている。
一度削がれた精霊たちもまた、再び水の精霊の中に光となって入っていく。
対立する若い精霊の王と、水の精霊シャーロット。


 その渦の中へ、飛び込んでくる精霊の姿があった。
茶色い精霊は小さいながらも強い輝きを放っている。
いや、小さいと言いながらも、融合の儀式を行っている元の精霊と同じほどの大きさを持っていた。
白も、神子も見たことのない精霊だった。


《我が名はガイア。たった今、名をもらってきた。》
ふわりと嬉しそうに微笑む精霊に、白はその茶色の精霊が儀礼の側にいた大地の精霊だと気付いた。
その笑顔が、いつも顔を隠している朝月の笑顔と、同じ様な気がしたのだ。


《この争いは必要ない。手を引くがいい、水の精霊、シャーロット。》
二人の強い魔力を放つ精霊の間に入り込み、ガイアはひるみもせずに言い放つ。
《水の精霊の王、怒りを沈めよ。ここに、水の王の誕生はない。》
やはり、穏やかに微笑んで、ガイアは言う。


「どういう、こと?」
二人の戦いに困り、焦りを感じていた白は、ガイアの言葉に安堵を覚えると同時に、その意味を問う。
《ここに誕生するのは、水の王ではない。見ているといい。》
ふわりと再び笑うと、ガイアは、迷うことなく、今も続いている儀式陣の中へと飛び込んでいった。


 濃い、茶色の光が儀式陣の中へと入っていくと、それに追随するように何体もの大地の精霊が儀式陣へと光となって飛び込んでいった。
大地の精霊だけではない、ガイアが連れて来たのだろうか、そこには火の精霊の姿もあった。


 間もなく、誕生したものは――。
「《水、だけでは森を守れはしない。我が名はガイア。森を守る者。それが、ギレイの願いならば。》」
精霊の神子の口から、ガイアが言葉を紡ぐ。
「《私と水の精霊はすでに融合した。我らは王ではない。森を守る――森の女神だ。》」


『森を守るのは、森の女神だよね。』
たった一声。
儀礼のその声だけで、ガイアは己の存在を消してもいいと、新たな存在に生まれ変わることを覚悟した。
『女神』と、その少年が呼んでくれる存在ならば、天の神にも劣りはしない。
新しい精霊に。


 シャーロットの警戒が解け、渦巻いていた魔力は消え去った。
ピリピリとしていた緊張も解け去った。
「《ギレイを、呼んできてはくれないか? 一人で、寂しがっている。》」
神子の口を使って、ガイア、いや、森の女神は言葉を語る。
すぐに、獅子が儀礼を連れて戻ってきた。


(影響を与えないようにって、離れてたのに、結局ギレイ君、影響与えちゃってるよ。でも、それでよかった。)
儀礼の姿を見て、白は嬉しそうに微笑んだ。
同じ様に、精霊、森の女神が微笑む。
『精霊の神子』の体を通じて。


「よかった。成功したみたいだね。無事に終わったの?」
首を傾げて儀礼が聞く。
「《お前のおかげだ、ギレイ。》」
突然神子に話しかけられ、儀礼は驚いたように少女に目を向ける。


「《私は大地の精霊、ガイアであったもの。今は、森の女神と名乗ろう。》」
「森の女神。うん。似合ってるよ。」
にっこりと儀礼が微笑めば、精霊は嬉しそうに、はにかむ。
「《もっと、お前の側にいたかったが、お前が願うならば、ギレイ。私はこの森を守ろう。》」
ゆっくりと近付くと、精霊は儀礼の頬の傷を癒し、それから抱きしめた。


「うん。ありがとう。ガイア。森の女神。」
儀礼は、嬉しそうに、少女を抱きしめ返す。
森は、静けさを取り戻していた。
そしてよりいっそう清浄さを増しているようだった。


「《また、来てくれるか? この森に、私に会いに。》」
精霊は問う。その美しい姿で。
「うん。」
儀礼は答える。その姿が見えなくとも。


「そ、それで、最初の水の精霊はどうなったの?」
放っておくと、いつまでも抱き合っていそうな二人の間に、遠慮気味に質問を投げかける白。
そっと、精霊、神子が儀礼から手を放した。
そうして、白に向き合う。


「《我は消えてはいないぞ。仕方がない。我一人ではこの体は制御しきれない。二つの意識体を持つとは予想外だが、いずれ、この意識も融合していくだろう。我と、ガイアと。二人で森の女神となりえるのだ。王ではなく、女神か、いいな、それも。》」
ふふ、と少女が笑う。
それもまた、得意そうな笑顔だった。


「二重人格の精霊。またギレイ君がヘンナモノ、生み出した。」
ポツリと呟いた白を見て、シャーロットが呆れたような目で見ている。
白もかなり、儀礼の影響を受けてきているようだ。
ありえないものを目の前にしておきながら、儀礼一人を理由に納得してしまっている。


 こうして、精霊の森での騒動は一件落着となったのだった。

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