ギレイの旅

千夜ニイ

精霊の森5

「ん、……ここは?」
少女が目を覚ました。体が大分温まったのだろう。
「大丈夫? 無理して動かない方がいいよ。ここは君の住んでる村の奥にある森。そのずっと奥の方なんだけどね。分かる?」
儀礼が聞けば、少女は分からないと首を横に振った。
本当に、あの精霊は、何も告げずに連れ去ってきたらしい。


「あの、あなたたちは?」
不思議そうに首を傾げて少女が問う。
「僕はギレイ。黒髪の方が獅子シシで、小さい子はシロ。ギルドで君の捜索の依頼を請けてきたんだ。」
儀礼は簡単に説明する。


「君は、あの精霊を知ってる?」
多分、あの辺にいる、と白に教えてもらいながら、そっちを指差して儀礼は少女に尋ねる。
「あ、水の精霊。いつも私が力を借りている精霊です。」
ほっとしたように微笑んで、少女は答えた。


「その精霊が、君を攫ったんだ。」
儀礼の言葉に、その意味を理解できないというように、少女はしばし瞬きを繰り返して固まっていた。
「え?」
少女は聞き返す。


「だから、その精霊が、強くなるために、君を利用しようとして、ここまで攫ってきたらしい。何か分からない?」
儀礼の言葉に首を傾げてから、ふるふると少女は頭を横に振った。
「僕が精霊をたくさん呼んじゃったのが原因らしいんだけどね。」
そう言った儀礼の言葉に、少女は瞳を輝かせる。


「あなたが呼び出したんですか? だから、こんなにたくさんの精霊がいるんですね。私、初めて見ました。」
感激したように少女はうっとりと虚空を眺めている。
おそらく、精霊たちを見ているのだろう。


「うん、私も、こんなにたくさんの精霊を一度に見たのは初めてだよ。」
同じ様に奇跡の光景でも見ているように瞳を輝かせて白が虚空を見つめた。
白の言葉に、少女は白に目を向ける。
そして、驚いたように口を開いた。
「あなたも、精霊が見えるのね!?」
「うん。」
にっこりと白は頷く。


「嬉しいわ! 私、精霊の見える知り合いも初めて!」
少女は嬉しそうに白に抱きついた。
氷が溶け、びっしょりと濡れた少女の服のせいで、白の服までもが濡れていく。


「ああ、ほら、二人とも、風邪引くから、村に帰ってから話そう? とにかくこれで仕事は完了かな。」
儀礼は二人を持っていた布切れで拭くと、もと来た道を帰ろうとし始める。
《少年よ、待て、神子を連れて行かないでくれ。》
森に住む水の精霊たちが、儀礼の前に立ち並び、懇願するように引き止める。


「僕も濡れたから少し寒いな。フィオがいれば、暖かくしてくれるのに、そうだ、呼べるかな?」
精霊たちの懇願を無視して、儀礼は颯爽と歩き出した。
当然、儀礼には、精霊たちの声も姿も見えないので、当たり前のことなのだが、それが見えている二人には、とても酷い行いのように見えた。


「待って、話だけでも聞いてあげて!」
「ギレイ君、ちょっとだけ待ってあげて!」
二人の神子に引き止められ、仕方なく、儀礼はその場に留まることにした。


 寒いので、フィオを呼び出せば、簡単にフィオは姿を現した。
《水の精霊の聖域で、俺(火の精霊)を呼び出すなんて、本当にお前は常識なしだな。》
呆れたように、けれど、どこか嬉しそうにフィオは呟いていた。


「水の精霊の聖域?」
儀礼は不思議そうに首を傾げる。
「うん。ここがそうなんだって。」
《ああ、だから、対極にある火の精霊の俺には相性の悪い地だ。》
フィオが説明するが、もちろん儀礼には聞こえていない。


「『聖域』ってわりには、僕ら、簡単に入って来ちゃったよね?」
さらに首を傾げる儀礼だが、白は大きな汗を流す。
儀礼が無理やり突き進んだ結果だが、精霊たちの攻撃をかいくぐりながら、入り込むのは簡単ではなかった。


《この森を維持する為には、更なる力が必要なのです。》
精霊の一人が説得するようにそう訴えた。
《精霊の王の誕生は我ら森にすむ精霊たちの願い。》
別の精霊も、訴えるように語り掛ける。


 それらを、神子と白とで儀礼と獅子へと伝えていく。
「そっか。精霊たちみんなが望んでるんだね。でも、やり方に問題があるよ。まず、ちゃんと説明しなくちゃ。それに、この方法じゃ、彼女が危険だ。」
神子と呼ばれる少女を示して儀礼は精霊たちを説得する。


「まず、精霊の融合? って言うのに、どうして神子の力が必要なの?」
儀礼の問いに、ゆっくりと子供サイズの水の精霊が近付いてきた。
焚き火の炎には近付き過ぎないようにして。


《我はこの森に長くすむ精霊だ。ほとんどの精霊は我の言葉を聞き入れる。しかし、ここには新たに来た精霊が多い。また、我が水の属性であるがために、大地の精霊や、光の精霊など、我の力の及ばぬ者が少なくない割合でおる。》
「それを、神子の言葉を使って、従わせようと言う訳か……。」
考え込むように唇に手を当てて、儀礼は呟いた。
《さよう。お主は中々、物分りが良いな。》


 自分の考えを理解してもらえたと考え、水の精霊は満足そうに頷いている。
「僕が精霊を呼び出したから、この寒い時期に状況が整ってしまったって訳か。」
溜息とともに儀礼は吐き出す。
結局、原因が儀礼自身にもあるようで、精霊だけを責めることができない気がした。


 しかし、実際、そのまま儀式を続行していたなら、少女は凍え死んでいたことだろう。
良くても、風邪をひいたり、凍傷にはなっていた。
この寒空に、凍りつくような冷たい空気の中を数時間も木の幹に括り付けられ、放置されていたのだ。


《人間たちが勢力を拡大してきている。我らも精霊の住める森を守るためには、より強大な力を得ることが、どうしても必要なことなのだ。》
「確かに、これだけ大きな森はあんまり見ないね。しかも、魔物が出ないなんて。すごいよ。」
《それが、我らの力で保っているからだ。それも、段々と薄れてきている。》
真剣に、どこか寂しげに、精霊は語る。


「ギレイ君、なんとかしてあげられないかな?」
白が伺うように、上目遣いに儀礼を見る。
「私は、この森がなくなるなんて嫌です! 生まれた時からこの森の精霊たちに力を貸してもらってきました。だから、私の力が役に立つというのなら、惜しみはしません。」
神子が、なぜか、儀礼に向かって訴える。


「……僕、精霊のことはよく分からないんだけど。安全な範囲なら、いいんじゃない? やり方をちょっと考えようよ。」
二人の神子に訴えられて、儀礼は仕方なく提案する。
第一に、神子の命の安全を保証すること。
第二に、自然界に影響を及ぼさない範囲であること。
第三に、周囲の村にも迷惑をかけないこと。


 その辺りが、儀礼に考えられるところだった。
精霊が力を持つことによって、世界にどんな影響があるのか、儀礼には分からないし、白にも少女にも分からないということだった。
しかし、行わなければ、この森は段々と力を失い、いずれは消えてしまうことになると言う。


 そうして、精霊融合の儀式は、村人達にも説明し、正式に準備を整えて、翌日行われることになった。

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