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ギレイの旅

千夜ニイ

騒動解決

 拓はある部屋の天井裏でその場面を目撃した。
大柄な男が無理やり女性達をどこかへと連れて行こうとしている。
そして、他の女性を庇うように前に出る金髪の美女。
しかし、その顔には明らかに見てわかるアザがある。


 顔だけではなく腕や足にも。
元の肌が白いためそれは痛々しい程に目立つ。
来ている服は長袖のシャツにひざ丈のズボン。
そのどちらにも武器らしい物を隠しているようには見えない。


「なるほど。生贄によって神が喚びだせるということがわかれば、呼び出す神は一神ではないということですね。」
高い声が対峙する大柄な男に告げる。
「生贄を使って呼び出せる神がいれば、その力を自由に使えるかも知れないと。それは、欲しがる者は大勢いるでしょうね。」
追い詰められている状況だと言うのに、その女性はどこか余裕のある笑みで男に語っている。
いや、女性というよりは、まだ少女と言った方がいい年齢だろう。


 白よりは年上だが、間違いなくエリによく似た――娘だった。
「わかっているなら、おとなしく着いて来い! 今この場で殺してやってもいいんだぞ!」
男は声を荒げてその腕を振るう。
それを、少女はすんででかわして避けた。


「外が騒がしいようですね。私達を急に移動させようとしているのはそのせいですか?」
にやりと、少女は自信に満ちた笑みを浮かべる。


「うるさい小娘が! だまれ!」
男は再度大きく拳を振り上げる。
少女は再びかわそうと身をかがめるが、男の腕の速度に追いつけず僅かに頭の端を掠める。
ぐらり。
掠めただけで、少女は大きくのけぞった。


 小さな体で、あの大きな男の攻撃を受ければ当然の結果だろう。
少女の頭からは僅かに血が流れ落ちてきた。
拓が黙って見ているのは限界だった。


 ガガーン!
天井を破壊して、拓は少女の前に降り立った。
「女子供に手を上げるとは、自分がそんなに弱いからか?」
にやりと、相手を馬鹿にしたような笑みを浮かべて拓は鞘から剣を引き抜く。


「なんだと!?」
怒りを露わにして、男が拓に襲い掛かる。
しかし、結果は一方的だった。
あっという間に、血だまりができ、男はその中に倒れ伏している。


「……拓ちゃん、やりすぎ。女の子たちが怯えてるよ。」
相変わらずの拓の暴君ぶりに、儀礼は呆れたような苦笑を浮かべる。
そんな儀礼をじっと見つめる拓。
それからおもむろに自分の着ていたコートを脱いで儀礼の肩にかけた。


 いらないよ、と言おうとして、儀礼は自分の姿を省みる。
全身傷だらけで目立つこと。
みっともない姿だった。同時によみがえる、自分の動きの悪さによる無力感。
目の前で倒れている男に、儀礼一人で勝つことは難しかった。


(助けてもらったんだ。)
「ありがとう。」
拓に助けられる、こんな日がこようとは儀礼は思ってもいなかった。
儀礼は素直に礼を言っておくことにした。


 すると、がばっと音がするほどの勢いで抱きしめられた。
そして、拓は嬉しそうにその名を呼んだ。
「エリさん!」
儀礼の母の名を。


 ドゴッ。
とりあえず油断しきった拓に一撃食らわせ、のびてるすきに距離を取る。
今の一撃は儀礼の思った通りに体が動いた。
体の力の入れ方を理解できたような感覚だった。
そのことに、儀礼は拓に感謝を覚える。邪悪な笑みを浮かべながら。


 そして、拓の敵に対する怒りと全ての行動にがてんがいった。
(人の母、相手に何考えてるんだ!)
自分の怒りは間違ってないだろうと思い、急所に一撃入れなかったことを後悔する。
そしてうずくまる青年の、その存在を忘れ去るかのように、これからどうしようと儀礼は一人悩む。


 今日一日の残り時間はまだある。
この事件の取調べを終えても、ようやく昼を過ぎたあたり。
面倒なので一日姿をくらまそうと思っていたのに。
この姿では拓も獅子も一人にはしてくれないだろう。
はぁ、と深いため息が出る。


(獅子にでもひっついてよう。)
そう結論を出したが、事情聴取の後、実際に獅子の側に寄ると、どぎまぎとし照れたように顔を赤くする。
利香の機嫌が悪くなり、儀礼の体は硬直する。
かといって、利香の側に寄れば、今度は獅子の機嫌が悪くなる。


 白の側ならと寄っていくと、儀礼と自分の胸元を見比べ、なぜか顔を真っ赤にして逃げられた。
面白くて、つい思わず追いかけたくなったのは仕方ないことだろう。
自分に構ってくる女性たちの気持ちが、ほんの少し分かってしまったようですぐに落ち込んだのだが。


 仕方なくネネの方を見ると、
「安心して、女同士でも楽しむ方法知ってるから。」
妖しげな声で耳元でささやかれた。
くるりと向きをかえると、儀礼はネネの側を離れた。


 最終的にたどり着いたのは、拓の隣りというありえない結果。
だがどういうわけか、そこが一番安全だったのだから仕方がない。
儀礼はしぶしぶ涙をのんだ。


 宿へと戻る道すがら、つい、いつものように道具屋を覗いてしまえば、知らない男に声をかけられ。
裏路地から聞こえる苦しそうな咳に思わず覗き込んでしまった時には、つれこまれかけ。
少し遅い昼食にとみんなで食堂に行けば酔っ払いにからまれる。
呪われているのでは、という問題ぶり。


 しかし、本来なら女性が成長と共に身につける警戒心というものを、男の儀礼が持っていないのは当然のことである。
拓は周りの男どもや犯罪者に睨みを効かせつつ、儀礼の隣りに並んでいた。
拓は何もしなかった。
(殴りもしない、蹴りもしない、トロイとか弱いとかも言わない……。こんなの拓ちゃんじゃないよぉ。)
おとなしくしながら、儀礼は恐怖に怯えていた。それでも――。


「拓ちゃん……。」
仕方なく、儀礼はその服の裾を掴む。
この状況ではそれに頼るしかない。
何より、吐き気が限界だった。


「周りの視線が気持ち悪い。」
まとわりつくような視線が儀礼を追っている。
いつもの見るだけの物でなく、これはもっと生々しい。
コートから覗く白い足、はち切れそうな大きな胸。
細く絞られた腰。
母に似た美しいと言われる容貌。


 走ってこの場から逃げ去りたい儀礼だが、今の体力ではすぐに息が切れるのがわかりきっている。
疲れて、動けなくなるのは得策ではない。
自分を見る男達の頭の中で何をされているのか。想像できてしまう自分が嫌だった。


 拓のスキルが発動した。
周囲の人間にいちゃもんを付け、問答無用で痛め付ける。
そして、あっというまに周りから人気がなくなった。
拓のスキル、『暴君』。拓はどこに行っても変わらなかった。 


 翌日、すっかりもとに戻った儀礼は上機嫌だった。
拓は戻った儀礼を見ると、
「あぁ、エリさん。」
と呟きをこぼし、利香を連れ故郷へと帰っていった。
「もっと殴っとけば良かった。」
上機嫌だった笑みをひきつらせ、ポツリと儀礼は言った。

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