ギレイの旅

千夜ニイ

儀礼の捜索

「大丈夫じゃないわ。あなたもよ。もう助からないのよ。私達、どこかに売られるんだわ。」
震える声で、気丈そうな娘が儀礼に答えた。
「売られるの?」
間の抜けたような明るい儀礼の声に、女性達は呆れたような、諦めたような溜息を吐いた。


「そうよ。あの男たちが言っていたわ。どこかで生贄にするために若い娘を探してるって。生贄よ! 売られた後には私達殺されちゃうのよ!」
怒鳴るような、泣き叫ぶような声で一人が儀礼へと説明する。


「……いけにえ。こんなにたくさん?」
聞いたような話だなぁ、と儀礼は考えながら瞬きをする。
こてんと、首を傾げる儀礼に、女性達は本気で不思議そうに見返してくる。
状況を理解しない、バカな娘だとでも思っているのかもしれない。


「おい、お前ら朝飯だ。」
たった一つの扉が開いて、大柄なスキンヘッドの男が大きなお盆に僅かな食料を乗せて入ってきた。
頭には大きな傷跡があり、どう見ても柄の悪い傭兵か、犯罪者にしか見えない。
女性たちはみな、震えてさらに部屋の端へと固まっていく。
儀礼はその男に近付いた。
麻酔薬の効果範囲まで近付き、スプレー型の麻酔で眠らせようとした時、男が突然大きく、腕を振るった。


「勝手に動くんじゃねぇ!」
バシン、と胴体をはたかれて、儀礼は大きく体を吹き飛ばされた。
白衣という重石のない体とはいえ、その威力は半端ではない。
入り口から反対側の壁まで、儀礼の体は飛ばされ、打ち付けられた。
「かはっ。」
肺から空気を押し出され、儀礼は一瞬、呼吸に苦しむ。


 おかしい。いつものように体に力が入らなかった。
受身を取ろうにも、体が儀礼の思考について来ない。
まだ、かがされた薬の影響があるのかもしれないと思ったが、それ以上に、儀礼は自分の体に異変を感じた。
持ち上がらなかったいつもの白衣、狙いの定まらなかった片手でも扱えたはずの改造銃。


 そう、筋力の低下、体力の低下。
確実に、利香やネネのような、一般の女性と同じ様な身体能力になってしまっている。
(最悪だ。)
苦しい息を整えながら、思い通りに動かない体に、儀礼はこんな目にあわせてくれた女神を呪いたい気分になってきた。


 慣れない女の体のせいで、誘拐犯一味に捕まってしまった儀礼。
しかし、宿の中に犯人の一味が紛れていたのだ。仕方なかったとも言える。
けれど、そのことは今の儀礼には知る術がない。
なんとかこの状況を切り抜けなくてはならなかった。


 その頃、利香たちの前に水光源が姿を現していた。
日が昇り、儀礼が出かけたことを確認して、5人で朝食を取ろうとしていた時のことだった。
突然の女神の出現に驚く面々。


 そして、水光源に儀礼が女になっていることを告げられる。
「どんな美人になっているか楽しみにしていたのに、それどころではないようではないか。」
女神の意味深な言葉に、全員が何となく嫌な予感に見舞われる。


 朝早くに出て行ったきり、儀礼とは連絡の取れない状況。
わざと隠れている可能性もあるが、町中で聞き込んでも目撃証言がなかったのだ。
決定的なのは、仕事を探しに行ったはずの儀礼がギルドに顔を出していないこと。
あの容姿でギルドに入れば間違いなく目立つはず。誰も見ていないのはおかし過ぎる。
何よりまず、儀礼が宿から出た形跡がない。
宿の中で何かに巻き込まれた可能性が高くなった。


 そう確信した拓は、獅子に告げ、本格的に儀礼を探すことにする。
「儀礼は宿の中でさらわれた可能性が高い。朝、外に出る儀礼を宿の受付が見ていない。」
「なら、宿の中にいるってことか? 隠れてるって可能性は?」
「……ちびのことだから考えそうだが、まず、俺達と距離を取ろうとするはずだ。それに、あの女神の言葉が気になる。」
それならば、と獅子も一緒に探すと言ったが、誘拐犯のうろつくこの状況で、残りの3人を置いていくのは得策ではないと拓は押し止めた。
しかし、黙っていなかったのはそう言われた3人。


「二人は私が必ず守ってみせるから。」
と白。
「兄様、私には護衛機の英君がいるわ。」
と利香。
「私だって、自分の身くらい自分で守れるわよ。」
妖艶な笑みを浮かべてみせるネネ。


 その時、場にまばゆい光が集束した。
水光源が再び現れたのだ。
「いい覚悟だな。そういう娘は私は好きだ。」
微笑んで利香達を見る水光源。


「探しに行くのか?」
それからあざ笑うような声で女神は拓と獅子を見た。
余程男が気に入らない神様のようだ。


 しかし、それでも水光源は儀礼の居所を教えてくれた。
「教えてやってもよいが、ただの人にたどり着くことができるか?」
水光源の言葉は試すようだった。
犯罪組織は思っていたより大きく、他国とまでつながっているらしい。
拓と獅子は二人で誘拐犯組織に乗り込むという無謀をやらかしていた。


 利香を白を心配しない訳ではない。
儀礼が宿の中で連れ攫われたのだとしたら、宿の中は危険な場所だ。
しかしならばこそ、早急にその元を絶ってしまえばいいのだ。
どんな状況であれ、あの儀礼だ。
なんだかんだで案外ケロッとしているかもしれない。


 場合によっては拓と獅子が乗り込んできた、この騒ぎに乗じて自力で抜け出すことすらやりそうだ。
そう考えると焦っている自分が馬鹿らしくなり、拓は気楽に行こうと冷静を取り戻した。
次々にやってくる敵を一人一人相手にするのではなくするするとかわして奥へと進む。
外では獅子が派手に暴れて敵の注意を引いてくれている。
天井裏や通気孔を利用し、拓は移動時間を短縮させた。

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