ギレイの旅

千夜ニイ

水光源(すいこうげん)

「われを呼んだのはそなたか?」
詠唱を唱えた儀礼ではなく、神輿の上にいる利香に向けて問いかける美しい女神、水光源すいこうげん
緊張し、怯えたように震えながらも、利香は頷く。
「ああ、可哀想に。そんなに怯える事はない。久し振りに生きた娘に会えてわれは嬉しいのだ。」
水光源は優しく微笑む。
その微笑みに、利香の顔には安堵の表情が広がる。


「だいたい、いつもは人を呼び出しておいて、来てみれば、胸に穴の開いた可愛い娘が倒れておる。嫌がらせかと思うだろう。くれると言うなら、まぁ、傷を癒してわれの命を少しばかり分けて、今は共に暮らしておるがな。」
溜息を吐く様な水光源の仕草。
神様だというのに、なんとも人間らしい姿に、人間に寄り添う神とは、こういうものなのだろうか、と儀礼は考える。


「水光源様。この度、貴女様を呼び出したのは、この地域の日照りにお力を貸していただきたいと思ったからです。」
恭しく礼をして、儀礼が話し出す。
「お前のようなもの(男)には聞いておらん。我が巫女よ、どのような願いがある?」
儀礼には冷たい視線だけを送り、水光源は神輿の上の利香に優しく問い掛ける。
戸惑いつつも、利香は口を開く。


「この地域は、すでに2ヶ月も雨が降っておりません。このままでは全ての作物が枯れ、川が完全に干してしまいます……。どうか雨を御恵みください。」
事前の打ち合わせ通り、恭しく礼をする利香。
「なるほど、そなたの願いならば聞き届けてやりたいが……。世界に干渉することは、われでも難しいのだ。多くの神の領域や、精霊達の営みがあるからな。」
少しばかり、悲しげな顔をして水光源が言う。


「そんな……。」
できないなどと言われるなんて思いもしなかった利香は、困ったように、おろおろとしてしまう。
「何が必要ですか?」
冷静な声で儀礼が言った。
「かつての書が、長い時間のあまりほとんど残っておらず、正式な儀式を行うことができません。我らの無知にどうぞ御慈悲を。」
ちらりと、儀礼に目をやってフン、と鼻を鳴らす水光源。
儀礼は小さく肩をすくめると、利香に目配せする。


「あの、どうか教えてください。雨を降らせるために何をしたらよいですか?」
突然にっこりと利香に向かって微笑む女神。
「そなたをくれると言うなら、雨を降らせようぞ。」


「それはできません、彼女はすでに彼の物になると決まっております。神様が人のものを奪いますか?」
にっこりと獅子を示す儀礼に、不機嫌になる水光源。
(怒らせてどうする)と場にいる全員が思っているだろう。


「ならばそなたが死ぬか?」
冷たい表情、射抜くような眼で水光源は言い放つ。
「かまいませんが。」
血を好まない神とのただのやり取り、にっこりしたまま答えた儀礼が、突如固まる。
「……と言いたいところですが、周りが許してくれないようですね。」
周囲に目を向けて儀礼は苦笑する。


 儀礼の周りでは、利香や獅子をはじめ、ネネ、精霊たち、はては後方で話を聞いてる白までが、怒った様子で儀礼を睨んでいた。


「ふむ、そなた思ったよりも特別なようだな。」
そう言って、精霊にまでかばわれる儀礼の顔を、初めてまともに見る水光源。
「おや? そなた、男にしておくにはもったいないほど、綺麗な顔をしておるな。どうじゃ、女になってわれの元に来んか?」
なんだかうきうきした様子で水光源は語る。


「遠慮しておきます……。」
顔を引き攣らせて儀礼は答える。
恐ろしい言葉だ。神様と言うからには、本当にやりかねない。


「女はいいぞ、われの側にいればいつまでも美しくいられるしな。心動かされんか? われのもとにはたくさんの美女がおるぞ。」
儀礼のあごに手をかけ、息をふきかけるほど近くで語りかける女神。
その清涼な気配に、思わず意識が揺らぎそうになるのを、視線をそらすことで儀礼は堪える。


「私は一介の人ですから。貴女のような方に近付ける身ではありません。」
顔を背けたまま言う儀礼に、水光源は驚いたような顔をする。
「それだけの精霊を手なづけて、一介の人だと言うのか?」
水光源の言葉に儀礼は不思議そうに首を傾げた。


 わざと自分を卑下しているのかとも思ったが、謙虚なのでもなく、儀礼は本気で気付いていないらしい。
水光源はその少年に、さらに興味を引かれた。
「それだけの天神てんしん地祇ちぎを惹き付けているのだ、そなたなら、水の精霊を集めて雨を降らせる位わけもないのではないか?」
幾分呆れたような顔で、水光源は儀礼に言う。


 天神地祇てんしんちぎ。天界の神に地上の神だ。そんな物を儀礼は惹き付けてなどいるだろうか。
そんなことを言われて、儀礼は思わず精霊の見れる白の方を見てしまった。
地上の神とは多く、精霊のことを指す言葉でもあるからだ。
それに、この間確かに、白の手を借りて、荒れた地に小さな泉を作ったことがあった。


 でも今回、こんなに広い地域に雨を降らせるのは無理だと白は言った。
儀礼の視線を追い、水光源が白を見つける。
「おや、あんな所に可愛い子が……出し惜しみとは感心せんなぁ。」
水光源が白に近付こうとするのを、儀礼は慌てて眼前に入り込み、手を広げて止める。


「あの子には近付かないでください。」
白は男の子ということになっているのだ。
その真実には、まだ誰も気付いていない、と白は信じている。
だが、さすがに神様にはあの程度の変装は通じないようだ。
周囲にばれてしまっては、白の身に危険が及ぶ。


「ふん、兄気取りか。そうだな、もし水の精霊をたくさん呼ぶことができたなら、その力を使いわれが雨を降らせてやることもできよう。」
水光源が言った。
「わかりました。」
深く考えるようにして、儀礼は答えた。

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