ギレイの旅
ネネとの取引
豪華なホテルの一室で『花巫女』ネネは透明な水晶に手を当てていた。
何度占っても、結果は同じ。
『蜃気楼』の行く末にはいつも黒い影が浮かぶ。
「どうして……。」
ぽつりと、力ない声で呟いた自分に驚いて、ネネは自分のピンク色の唇に触れる。
「黒い影……『蜃気楼』は間違いなく光の方向へ向かっているというのに。」
水晶の中にうごめく小さな黒い影を指でなぞり、やはり不安そうにネネは呟く。
「私にとってはもう、彼の情報は必要ないのよ……。」
ネネが小さく首を横に振って、意識を散らせば、水晶は元の通りきれいに透き通った透明な球体に戻る。
しかし、ネネの脳裏には、出会った時の『蜃気楼』の綺麗な顔と、いたずらな微笑みが浮かぶ。
「でも……そう、『Sランク』の彼は利用できる存在。その情報は私達、情報屋にとっては極上の財宝と同じ。」
そう囁けば、ネネは見る者を魅了する、妖艶な笑みを浮かべる。
「だから、その情報を得るために――。」
言いながら、ネネはくすりと笑う。
「あなたの側に行くのよ、ギレイ。」
再び美しい笑みを浮かべると、ネネは小さな旅行バッグを持ってその部屋を後にした。
******
儀礼の車、愛華には儀礼、獅子、利香、白の四人が乗り、拓は馬を走らせて進んでいた。
その行程は車を全速力で走らせるのに比べれば随分と遅い。
だが、その稼いだ時間が、アーデス達が動くための時間となる。
そのドルエドとの国境へと向かう道中、儀礼たちは水に困っている村へと到着した。
周囲に流れる川は干上がり、川底をひび割れさせてさらしている。
村を通り過ぎて野宿することも考えたが、こういう日照りなどの続く時には、盗賊などの不届きなやからが頻発するのが常だった。
そのため、儀礼たちは小さくはないこの村で宿を取ることに決めたのだった。
ついでに、情報収集にも時間を費やしたいと儀礼は思っている。
車を運転するため、手袋のキーで通信する儀礼は、昼の間は穴兎とのやり取りがスムーズにいかないのだ。
「あら、ギレイ。遅かったわね。」
艶やかな笑みを浮かべて、その宿の一室から一際目を惹く桃色の髪と瞳を持った女性、『花巫女』が姿を現した。
「……なんでいるの?」
情報屋、兼占い師のこのネネに居場所を特定する方法を聞くのは野暮な気もしたが、あえて儀礼は聞いた。
儀礼の行く先についてくる理由も、儀礼の持つ情報を考えれば簡単に想像がつくが。
「ふふ。あなたが影に飲み込まれる前に、あなたの持つ情報を私に渡してもうらためよ。」
悪びれた様子もなく、美しい笑みを浮かべてネネは儀礼の頬に手の平を寄せる。
「諦めてください。」
真っ直ぐにネネの桃色の瞳を見つめ返して儀礼は、きっぱりと断りの言葉を告げる。
「てめーら、余所でやれ、邪魔だ!」
ゲシッと音がして、儀礼は背中を拓に蹴られた。
狭い宿の廊下で、抱き合うようにして二人で道を塞いでいるのだから、邪魔で仕方がない。
「拓ちゃん、乱暴。」
するりとネネの腕の内から抜け出ると、儀礼は荷物を運ぶために利香達を手伝う。
ちなみに、儀礼の荷物はほとんど白衣の中だが、着替えなどは別のかばんに入っている。
愛華は宿の外に停めさせてもらった。
遠くに置いておいて、盗まれる……心配はないが、そういう悪意を持った誰かに触られることを考えるだけでも、儀礼には許しがたいことだった。
その時、宿の外から、悲しげな声が複数の泣き声と共に聞こえてきた。
「なぜです、なぜうちの娘なんです。」
悲しげに、しかし、非難を含む口調で語るのは男の声だった。
しくしくと、悲壮に聞こえてくるのは、複数の女性の泣き声。
「何?」
儀礼は窓から宿の外を覗く。
「お客さんには関係ないことです。どうぞお気になさらず。」
慌てたような愛想笑いで、宿主がカーテンを閉めて外の様子を隠した。
怪しさ満天だった。
「ネネ、何か知ってる?」
儀礼はすぐ側にいる情報屋へと尋ねる。
ネネはにっこりと微笑んだ。
その妖艶な笑みが、対価を求めていることは儀礼にもすぐに分かった。
「お金で融通してもらえない?」
苦笑しながら、儀礼は小さな金貨を一枚取り出す。
「薬瓶一つ、くれたらどんな情報だって教えてあげるのに。」
艶かしく体にしなを作って、ネネは儀礼の白衣へと腕を伸ばす。
「対価が大きすぎますね。」
「次回、割り引いてあげるわ。」
ネネの手が撫でるようにして儀礼の白衣を探る。
胸元から、腰へ。
「お前ら、いい加減にしろ! 子供の前で教育上よくないことをすんな!」
ゴン。
拓がこめかみに血管を浮かせて儀礼の頭を殴りつけた。
二人の取引は獅子や利香や白までもが見ている前で行われていた。
「ねぇ、この状況で、何で僕だけが怒られるの?」
痛む頭を押さえて、涙目で儀礼は拓に不満を言う。
儀礼は普通に取引しようとしているだけで、妖しい雰囲気を醸し出しているのはネネの方だ。
「これと引き換えならどうかしら?」
拓と儀礼のやり取りを無視するようにネネが懐から一冊の古びた本を取り出した。
「この地域の詳しい伝承が載ってる古文書よ。多分、あなたが今、聞きたいことは、全てここに載ってると思うわ。」
妖艶な笑みを浮かべて、ネネは儀礼の目の前へとその本をちらつかせる。
古い資料。古代のものではないにしても、十分、儀礼の興味を引く代物だった。
「くぅっ……何の薬が欲しいんです?」
悔しそうに儀礼は奥歯を噛み締めてネネへと問いかける。
すでに情報を公開している物ならば、少量分け与えることは飲めない条件ではない。
「この間の薬がいいわね。私のより効き目が良いなんて、ぜひ製法を教えてもらいたいくらいだわ。」
取引がうまくいきそうなことに上機嫌な笑みを見せ、ネネが答える。
「わかりました。製法は教えられませんが、これ一つで。」
そう言って、儀礼は小さなガラスの瓶をネネに手渡す。
「ふふ。取引成立ね。あなたに見せる真実はこれよ。」
嬉しそうに笑って、ネネは古びた本を儀礼の手に乗せる。
「それじゃぁ、私はしばらく休ませてもらうわ。せいぜい頑張るのね。『奇跡を起こす』蜃気楼さん。」
ふふふ、と楽しげに笑いながら、ネネは宿の自室へと入っていった。
「なんだ? 何があるって言うんだ?」
不思議そうに首をかしげながらも、儀礼は渡された本を読み開く。
「待て儀礼。それを読む前に、部屋に荷物を運べ。」
本の世界の住人になろうとした儀礼を、たくさんの荷物を示して、今度は獅子が引き止めたのだった。
何度占っても、結果は同じ。
『蜃気楼』の行く末にはいつも黒い影が浮かぶ。
「どうして……。」
ぽつりと、力ない声で呟いた自分に驚いて、ネネは自分のピンク色の唇に触れる。
「黒い影……『蜃気楼』は間違いなく光の方向へ向かっているというのに。」
水晶の中にうごめく小さな黒い影を指でなぞり、やはり不安そうにネネは呟く。
「私にとってはもう、彼の情報は必要ないのよ……。」
ネネが小さく首を横に振って、意識を散らせば、水晶は元の通りきれいに透き通った透明な球体に戻る。
しかし、ネネの脳裏には、出会った時の『蜃気楼』の綺麗な顔と、いたずらな微笑みが浮かぶ。
「でも……そう、『Sランク』の彼は利用できる存在。その情報は私達、情報屋にとっては極上の財宝と同じ。」
そう囁けば、ネネは見る者を魅了する、妖艶な笑みを浮かべる。
「だから、その情報を得るために――。」
言いながら、ネネはくすりと笑う。
「あなたの側に行くのよ、ギレイ。」
再び美しい笑みを浮かべると、ネネは小さな旅行バッグを持ってその部屋を後にした。
******
儀礼の車、愛華には儀礼、獅子、利香、白の四人が乗り、拓は馬を走らせて進んでいた。
その行程は車を全速力で走らせるのに比べれば随分と遅い。
だが、その稼いだ時間が、アーデス達が動くための時間となる。
そのドルエドとの国境へと向かう道中、儀礼たちは水に困っている村へと到着した。
周囲に流れる川は干上がり、川底をひび割れさせてさらしている。
村を通り過ぎて野宿することも考えたが、こういう日照りなどの続く時には、盗賊などの不届きなやからが頻発するのが常だった。
そのため、儀礼たちは小さくはないこの村で宿を取ることに決めたのだった。
ついでに、情報収集にも時間を費やしたいと儀礼は思っている。
車を運転するため、手袋のキーで通信する儀礼は、昼の間は穴兎とのやり取りがスムーズにいかないのだ。
「あら、ギレイ。遅かったわね。」
艶やかな笑みを浮かべて、その宿の一室から一際目を惹く桃色の髪と瞳を持った女性、『花巫女』が姿を現した。
「……なんでいるの?」
情報屋、兼占い師のこのネネに居場所を特定する方法を聞くのは野暮な気もしたが、あえて儀礼は聞いた。
儀礼の行く先についてくる理由も、儀礼の持つ情報を考えれば簡単に想像がつくが。
「ふふ。あなたが影に飲み込まれる前に、あなたの持つ情報を私に渡してもうらためよ。」
悪びれた様子もなく、美しい笑みを浮かべてネネは儀礼の頬に手の平を寄せる。
「諦めてください。」
真っ直ぐにネネの桃色の瞳を見つめ返して儀礼は、きっぱりと断りの言葉を告げる。
「てめーら、余所でやれ、邪魔だ!」
ゲシッと音がして、儀礼は背中を拓に蹴られた。
狭い宿の廊下で、抱き合うようにして二人で道を塞いでいるのだから、邪魔で仕方がない。
「拓ちゃん、乱暴。」
するりとネネの腕の内から抜け出ると、儀礼は荷物を運ぶために利香達を手伝う。
ちなみに、儀礼の荷物はほとんど白衣の中だが、着替えなどは別のかばんに入っている。
愛華は宿の外に停めさせてもらった。
遠くに置いておいて、盗まれる……心配はないが、そういう悪意を持った誰かに触られることを考えるだけでも、儀礼には許しがたいことだった。
その時、宿の外から、悲しげな声が複数の泣き声と共に聞こえてきた。
「なぜです、なぜうちの娘なんです。」
悲しげに、しかし、非難を含む口調で語るのは男の声だった。
しくしくと、悲壮に聞こえてくるのは、複数の女性の泣き声。
「何?」
儀礼は窓から宿の外を覗く。
「お客さんには関係ないことです。どうぞお気になさらず。」
慌てたような愛想笑いで、宿主がカーテンを閉めて外の様子を隠した。
怪しさ満天だった。
「ネネ、何か知ってる?」
儀礼はすぐ側にいる情報屋へと尋ねる。
ネネはにっこりと微笑んだ。
その妖艶な笑みが、対価を求めていることは儀礼にもすぐに分かった。
「お金で融通してもらえない?」
苦笑しながら、儀礼は小さな金貨を一枚取り出す。
「薬瓶一つ、くれたらどんな情報だって教えてあげるのに。」
艶かしく体にしなを作って、ネネは儀礼の白衣へと腕を伸ばす。
「対価が大きすぎますね。」
「次回、割り引いてあげるわ。」
ネネの手が撫でるようにして儀礼の白衣を探る。
胸元から、腰へ。
「お前ら、いい加減にしろ! 子供の前で教育上よくないことをすんな!」
ゴン。
拓がこめかみに血管を浮かせて儀礼の頭を殴りつけた。
二人の取引は獅子や利香や白までもが見ている前で行われていた。
「ねぇ、この状況で、何で僕だけが怒られるの?」
痛む頭を押さえて、涙目で儀礼は拓に不満を言う。
儀礼は普通に取引しようとしているだけで、妖しい雰囲気を醸し出しているのはネネの方だ。
「これと引き換えならどうかしら?」
拓と儀礼のやり取りを無視するようにネネが懐から一冊の古びた本を取り出した。
「この地域の詳しい伝承が載ってる古文書よ。多分、あなたが今、聞きたいことは、全てここに載ってると思うわ。」
妖艶な笑みを浮かべて、ネネは儀礼の目の前へとその本をちらつかせる。
古い資料。古代のものではないにしても、十分、儀礼の興味を引く代物だった。
「くぅっ……何の薬が欲しいんです?」
悔しそうに儀礼は奥歯を噛み締めてネネへと問いかける。
すでに情報を公開している物ならば、少量分け与えることは飲めない条件ではない。
「この間の薬がいいわね。私のより効き目が良いなんて、ぜひ製法を教えてもらいたいくらいだわ。」
取引がうまくいきそうなことに上機嫌な笑みを見せ、ネネが答える。
「わかりました。製法は教えられませんが、これ一つで。」
そう言って、儀礼は小さなガラスの瓶をネネに手渡す。
「ふふ。取引成立ね。あなたに見せる真実はこれよ。」
嬉しそうに笑って、ネネは古びた本を儀礼の手に乗せる。
「それじゃぁ、私はしばらく休ませてもらうわ。せいぜい頑張るのね。『奇跡を起こす』蜃気楼さん。」
ふふふ、と楽しげに笑いながら、ネネは宿の自室へと入っていった。
「なんだ? 何があるって言うんだ?」
不思議そうに首をかしげながらも、儀礼は渡された本を読み開く。
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