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ギレイの旅

千夜ニイ

会談

 儀礼とアーデスは管理局の一室で向かい合っていた。
獅子達は全員、ワルツと共にギルドに行った。
ギルドの訓練用施設を借りて一暴れしていることだろう。
ゆっくりと話ができるので、儀礼にはありがたい。


「さて、さっそく本題に入りましょうか。」
アーデスが切り出す。
その表情は冷たく見えるほどに、冴えている。
「あの、少年は誰です?」


「今は、僕の弟ってことになってる。拾ったんだ。本当に出自不明。言いたくないみたいだから聞いてない。」
儀礼はアーデスに話しながらパソコンを起動する。
ふざけているわけではない。
ここには一人足りない人物がいるのだ。


『おい、ギレイ。この場に俺を呼び出すな。』
すでに手袋のキーから連絡はしてあったのに、起動されたパソコンから、不満そうに『アナザー』が文句を言う。
「もちろん、追跡したりはしないよね。」
真剣な表情で儀礼はアーデスを見る。


「……わかりました。今は話を進めましょう。その人物が何を知っているんです?」
若干の間、考えたようにも見えるアーデスだが、この場で『アナザー』追跡をすることはやめてくれたようだ。
「白について調べてもらってるんだ。」
パソコンを示して儀礼は言う。


『今の段階では、正体は断言できないがな。アルバドリスクの上流の娘だ。』
パソコン上で文字が語る。
「あ。」
思わず出たのは儀礼の声だ。
せっかくアーデスも勘違いをしていたのに、わざわざ教えることはないではないか。


「娘? 少女か。なるほど。」
しかし、アーデスはすぐに納得したように頷いた。
儀礼の顔を見て。


「待って、何かその納得のされ方、問題ある気がする。」
表情を引きつらせて儀礼はアーデスに不満げな視線を向ける。
儀礼にそっくりな白の顔。


『そこはもう、否定しても仕方ないだろう。ギレイ。』
まるで、二人の会話を聞いているかのようにメッセージを送ってくる『アナザー』。
やはり、どこかに盗聴機を仕掛けられているのでは、と儀礼はディセードの家を出発する際に考えた危惧を再燃させる。
しかし、アーデスが何も言わない。
何か仕掛けられているなら、すぐに見つけてしまいそうなのに。


「会話するのに、一人が文体なのは面倒だな。いっそ姿を現したらどうだ?」
アーデスがパソコンに向かって、不敵に笑う。
『遠慮しておく。問題はない。』
すぐにアナザーからの返事があった。やはり、盗聴説は本気で考えなければダメだ。
しかし、今はそれで、会話が楽になるのだから、考えるのは後回しにしよう。


「出てくる度胸もない奴が、こそこそと一体何をやっている。」
『こそこそしてるつもりはないが。ちゃんと商売が成り立ってるんでね。目の前にいても、主の見分けも付かない護衛よりは役に立つさ。』
「はい、そこ、話が進まないから、くだらないケンカしない。」
今にもパソコン本体を壊しそうな怒気を放つアーデスと、追跡されないからと、余裕なのか、この場にいないからこそ大胆な発言をしてみせるアナザー。
儀礼は大きな溜息をこぼす。
実際、ディセードをアーデスの目の前に連れてきたら、それはおとなしくなりそうだ。


『白の話だったな。本名は『シャーロット』。お前らが潰した手配書の本来の標的だ。』
「アナザー、先にどこまで話すか決めておかない?」
容赦なく、事実を告げていくアナザーに、儀礼は危機感を覚える。
目の前の護衛は、何だか苛立ちをつのらせているように見えてならない。


「その時から、あの少女について、隠していたってわけですね。」
冷たい。
アーデスの声がとても冷えたものになっている。
ごくりと、儀礼は思わずのどを鳴らす。
返答しだいでは、暴力に訴え出そうな雰囲気だ。
アーデス達は、儀礼の安全のために、危険な国へ潜入していたのだ。
それが、余裕をなくし、隠し事をするためだと思われたのでは、怒りもわいてくることだろう。


「ユートラスに僕が狙われてたのは本当。」
冷や汗を流しながら、儀礼はアーデスに伝える。それは事実だ。
シャーロットと表記されながら、載せられていた写真は間違いなく儀礼のものだったのだから。
それを見た者たちが、ターゲットを儀礼と勘違いしないはずがない。
また、ユートラスが『蜃気楼』の情報を欲しがっているのも現在進行形で事実だ。
それはしかし、アーデス達のおかげで、当分の間は向こうも動けないほどの混乱に陥っているようだが。


『ユートラス以外に、あの少女のために国家が、おそらくはドルエドが動いている。』
「ドルエドが?」
眉間にしわを寄せてアーデスがモニターに視線を移した。
『お前なら知ってるかもしれないが、ドルエドは諸外国に向けて、要人の警護を請け負っている。』
「なにそれ、僕、聞いてない。」
今度は、儀礼が驚く番だった。
「ドルエドは魔法の使用が制限されている。」
『つまり、魔法での攻撃を行いにくい、人を守りやすい国なんだ。』


 二人が訳知り顔で説明してくれる。
アナザーの顔はパソコンモニターだが。
「……守りやすい国、か。」
自分の生まれ育った国を思い浮かべて、儀礼はポツリと呟いた。
「白をそこまで連れて行けば、無事に守れるって事だよね?」
考えるように口元に拳を当てて、儀礼は言う。


『お前の依頼書の相手を信用するならな。』
「依頼書?」
アーデスが儀礼を見る。
儀礼はモデストから届けられた手紙をアーデスに見せた。


「随分、古い形式の依頼文書だな。」
アーデスは呆れたような笑いでその手紙を見た。
「アナザーに知られたくなかったみたい。」
「なるほど。『蜃気楼』宛てに届いた手紙、な。これも黙ってたんですね。私達に。」
「う、……ごめんなさい。アーデス達はユートラスにいて、これ以上面倒かけたくなかったし、この手紙自体には危険性は感じなかったから。」
鋭い眼光で睨まれ、儀礼は頭を下げて謝った。


「とにかく。今度こそ、安全に白をドルエドに連れて行きたいんだ。それで、ドルエドに行って、本当に白が安全かも確かめたい。」
「あの子供が危険人物だという可能性はないのか?」
幼い子供でも、魔法使いなら、十分な実力を持っていることもある。
アーデスは眉間にしわを寄せながら儀礼に問いかけた。


「ないよ。」
にっこりと、儀礼は爽やかな笑みを浮かべた。
それは、疑いなど欠片も持たないというような、純真な笑顔。
「白、いい子だもん。」
儀礼は笑う。
小さな鳥が傷ついて、悲しんでいた少女。獅子や儀礼を心配そうに見る優しい瞳。
何より、精霊達に微笑む優しい表情。
白に危険など、儀礼は微塵も感じていなかった。


『その辺は大丈夫だと思う。むしろ、物を知らないお嬢様って感じだと思うな。』
アナザーも肯定を示した。
アーデスは儀礼を見る。


「子守を任されたようなものか。」
ポツリと、アーデスは呟いた。
「ねぇ、それ、僕のこと言ってない?」
アーデスの目線は思いっきり儀礼を捉えている。


「変わりはないかと。」
剣呑な気配はなりを潜めたが、アーデスは大きく溜息を吐いている。
「つまり、あの子供も含めて俺らに護衛をしろと言うんだな。」
「うん。だって、『蜃気楼』宛の依頼だよ。文句はないだろ?」
にっ、と笑って儀礼は依頼書をひらひらと振る。


「随分と図太くなりましたねぇ。」
呆れたような声でアーデスが言う。
「アーデスに似たから。」
くすくすと笑って儀礼は言う。
「育てた覚えありませんが。」
「たくさん面倒見てもらってるよ。」
にっこりと笑って、儀礼は感謝を微笑みに乗せる。


「分かりました。ギレイ様が受けた依頼ならば、協力しましょう。」
仕方なさそうにアーデスはまた、大きく息を吐いた。
しかし、その顔はすでに笑っている。
「また忙しくなりそうですね。」
ドルエドまでの道のりでの安全確保。ドルエドについてからの、少女の安全の確認。
依頼書の背景の確認。
『アナザー』を含めても少数のメンバーでそれをしなければならない。


「うん。頑張って。」
他人事のように笑って儀礼はひらひらと手を振る。
「頼りにしてるから。」
そう言った少年の顔は、いつもよりも少しだけ大人びた笑顔だった。

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