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ギレイの旅

千夜ニイ

儀礼の決断

(進まなきゃ。)
無事に連れ帰れた白を見て、儀礼は決断する。
のんびりなどしていられない。


 儀礼が白の身代わりになれるなら、いくらだって引き受けられる。
けれど、その逆もまたありえることを、儀礼は今回の事件で深く思い知らされた。
儀礼の顔自体は、そこまで知られていない。
それでも、知らない者がいないわけではない。
一度『蜃気楼』として会ってしまえば、相手はその顔を覚えることだろう。


 儀礼にそっくりな白もまた、『蜃気楼』の身代わりにされかねないのだと。
もしくは身内として、人質に取られてしまう可能性もある。
今回は、余りにも簡単に連れさらわれてしまった。
儀礼たちの目の前で。


 移転魔法を使われてしまえば、儀礼に追う手立てはない。
今回は、すぐに『蜃気楼』目当てと分かったために、アーデス達が動いてくれた。
派手に敵のアジトを崩壊させたのはコルロの魔法だろう。
儀礼とクリームが難なく侵入できたのも、アーデス達が裏で敵を片付けていてくれたおかげだ。




(結局、僕一人では、守りきれなかった。)
悔しい思いで、儀礼は拳を握り締める。
それでも、その顔は微笑んでいる。
無事に、白は取り戻せた。
不安を感じさせてはいけない、と。


「獅子、こちらが会いたがってた『翼竜の狩人ワイバーンハンター』のワルツ。」
儀礼は笑顔で獅子にその女性を紹介する。
紹介されたワルツを見て、獅子の顔が固まる。
おそらく、想像上の『ワイバーンハンター』像がガラガラと音をたてて壊れているところだろう。


 この寒い時期だと言うのに、肌を覆うのは鎧のみという、露出の多い格好の若い女性。
装備された武器は使い込まれた大きなハンマー。
その立ち姿には、隙などない。


「なるほど。想像以上に、世界は広いようだ……。俺はリョウ・シシクラ。」
そう言って、儀礼はワルツに手を差し出す。
その雰囲気が言っている、戦ってみたいと。
にやりと、面白いものを見るように口角を上げて、ワルツはその手を握り返す。


「知ってるよ『黒獅子』。ずっと見てたからな。あんた達は気付いてなかったようだけど。」
子供のお守りをしていたとでも言いたげに、挑発するようにワルツは言う。
獅子の気がゆらりと揺れる。


「ワルツ、ここで暴れないでね。」
先に、儀礼は釘を刺しておく。
二人に暴れられたら、儀礼には止められない。
アーデスが割って入ったら、見た目以上に好戦的なアーデスのこと、むしろ悪化しそうだ。
冷静なバクラムはまだ、アジト崩壊の後処理に追われていることだろう。


「ちゃんと紹介し直しておくね。お互い、顔を合わせるのは初めてだよね。」
こんな形で引き合わせたくはなかったと、深い溜息とともに儀礼は思考を吐き出す。
そして、いつもの笑顔を顔に出す。
「こっちの背の高い方が『双璧』のアーデス。女性の方が『翼竜の狩人』のワルツ。他にあと3人、僕の護衛がいるんだけど、また会えた時に紹介するよ。」
「……護衛。」
ポツリと獅子は呟く。


「あ、でも、ヤンさんには獅子は会ったことあるよね。」
思い出したように儀礼は言葉を付け足す。
「ヤンが?」
護衛になるのか? と言うようなイントネーションの発言。
その気持ちは、儀礼にもよくわかった。
だが、事実、儀礼も獅子も何度もヤンに助けられている。
特に、重傷を負った時の獅子なんかは。


「そう。ヤンさんも護衛。」
もう一度、儀礼は頷く。
「それからね、アーデス、ワルツ。知ってるとは思うけど。」
そう、言い置いてから、儀礼は二人に向き合って、自分の仲間たちを紹介する。
「『黒獅子』の獅子は有名だから知ってるよね。その許婚の利香ちゃんと、次期領主の拓ちゃん。」
「ちゃんはやめろって。」
ゴンという音がして儀礼は頭を押さえる。


「いたい。話が進まないだろ。」
不満げに儀礼は拓を睨みあげる。
フン、と鼻を鳴らし、悪びれた様子も見せない拓。
儀礼は諦めて先へ進ませる。
「彼女は『砂神の勇者』のクリーム。それから、この子は白。少し前に保護したんだ。」
保護、で間違ってないよな、と儀礼は自分の言葉を確認する。


「その報告、受けてませんが。」
にっこりとした爽やかな笑顔で、アーデスは答える。
寒気を覚えながらも、儀礼も笑顔を返す。
「アーデス達、忙しかったでしょう。」
ユートラスで、とは言葉に出さない。


「あ、それに、二人とも一度、会ってるはずだよ。ねぇ、白。」
確認するように白を見れば、白は、遠慮がちに頷く。
二人とも、いや、5人の儀礼の裏の護衛全員に、白は会っている。儀礼と勘違いされたままで。


「……いつですか?」
「アーデスがユートラスのマップ届けにきてくれた時、僕いなかったから。」
くすくすと可笑しそうに儀礼は笑う。
そんな風に裏をかくつもりなどなかったのに、彼らは誰も気付かなかったのだ。


「アーデス、待った。剣抜く理由ないよね。」
笑顔のまま、剣の柄に手をかけたアーデスに儀礼は慌てる。
クリームと獅子の手も同時に剣の柄にかけられていた。
ブリザードのような寒さが周囲に漂っている。
それでも、儀礼の肌にはじりじりと焦げる程の熱さが伝わってくる。


「会ってたかねぇ。」
不思議そうに白を見るワルツに、儀礼は持っていたサングラスを白の顔にかける。
それで、瞳の色は判別できなくなる。
「なるほど。これは気付かないかもしれねぇ。」
じっと白の顔を見つめて、ワルツは引きつった表情を浮かべる。


「あのっ。その時はすみませんでした。騙すつもりはなかったんですが。」
白が深々と頭を下げる。
「いいよ、気にすんな。あんたが悪いわけじゃないから。どうせ、ギレイの差し金だろう。」
白の頭を撫でて、ワルツはカラカラと笑う。
その言い方ではまるで、儀礼がいつも白に悪いことをさせているようではないか。


「そうですね。ギレイ様。一度、腹を割って話し合いをしましょうか。」
アーデスが冷めた笑みを浮かべたまま言う。
周囲の空気が一段と下がったように感じられる。
獅子とクリームが真剣な表情で武器の柄を握った。
その顔には二人とも余裕がない。


「そうだね。僕もそう考えてた。」
予想外に、余裕の笑みを浮かべて、儀礼が答えた。
儀礼にこそ、その話し合いが必要だと、そう思っていたからだ。
白を守るために、これからは、どうしても彼らの助けが必要だった。

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