ギレイの旅

千夜ニイ

白の誘拐2

 儀礼の作戦は開始された。
拓は宿に残り、利香達の護衛と連絡基盤。
獅子は陽動のため、敵のアジト正面から派手に仕掛ける。
ここに、儀礼がギルドで雇った冒険者20名ほどが入る。


 そして、潜入部隊は儀礼とクリーム。
その後方支援として、儀礼の裏の護衛、アーデスとヤンがあたる。
残りの3名は白、救出後の行動に供えてすでに動き出していた。


 作戦実行に別れる間際、獅子がクリームを呼び止めた。
すでに儀礼が先へと歩き出しているのを目で追い、手短にとクリームは促す。
「儀礼が暴走した際の止め方を教えておく。」
ちらりと儀礼の背を見て、獅子は苦い顔をする。
多分、獅子が外されたことから予想がついていたのだろう。その先に起こる出来事の。


「怒気を放て。儀礼に対する苛立ちをぶつけろ。それだけで、動きを止められるはずだ。」
クリームは忠告とも取れる獅子の言葉を聞き、一つ頷くと、すぐに儀礼の後を追った。
儀礼は記憶した地図を頼りに侵入した、敵の基地内を突き進む。
その後を、遅れることなくクリームが付き出会った敵に一撃を浴びせてゆく。


 潜入から5分。
儀礼は敵の首謀者の前にいた。
その後方には鎖で縛られれた白の姿があった。
見えた限りで怪我のようなものはない。
まだ、白が『蜃気楼』と別人であるとは気付かれていないようだった。


 安堵と同時に、儀礼の中には目の前の男に怒りがわいてくる。
儀礼は改造銃を取り出した。それはいつもの麻酔弾ではなく……。
何かのスイッチを押そうとした男に儀礼は殺意を含んだ銃口を向ける。
相変わらず、どす黒いものが体の中を渦巻いていて、頭の中をも支配しようとしていた。
そのまま引き金を引こうとして、儀礼は……固まった。


「それは、あたしの役目だ。」
言うが早いか、怒気を飛ばしたクリームは儀礼を白の側まで蹴り飛ばすと『砂神の剣』を走らせる。
儀礼は我に返ると。白衣の裾を広げて、白の視界をふさいだ。
白衣が降りた時、白の視界にその男はいなかった。
血飛沫の一滴すらなく、この世から存在を消していた。


「そいつは……。」
クリームの声がした。白のことを言っているのだろう。
クリームは以前、儀礼にそっくりな少女、『シャーロット』の暗殺依頼を受けている。
儀礼は分かっている、と目線で伝える。


 戸惑った表情のクリームはしかし、こくんと頷いた。
儀礼は白に向き直る。
「怪我はない?」
心配そうにしゃがみ込んだ儀礼に、白はうんうんと首を縦に振る。
目の前にある儀礼の顔は心配そうに瞳を潤ませていて、さっきまでの冷たい雰囲気はない。
この部屋に入ってきたときの儀礼を見た時、白は凍り付くかと思った。
儀礼の纏っているのは怒りで、今までに見たことのないものだった。
何より、儀礼を囲む精霊たちが、儀礼の怒りに同調したように鋭い視線で周囲を威嚇していた。


 精霊たちの怒り。
それを、白は初めて見た気がした。
「ごめん。ごめんね。」
言いながら、儀礼は苦しそうな表情で白の鎖を針金一本ではずしていく。
「僕のせいで怖い思いさせて。」


 怪我がないか白の体を調べてから、安心したように儀礼は白の頭をくしゃくしゃと撫でる。
その暖かい微笑みに、白は思わず顔が赤くなる。
そして、
「ごめん。よかった。」
儀礼はギュ―、と白を腕に抱きしめた。
それが、儀礼のくせに近いものだと分かっていても、抱きしめられていることに白の頭は熱くなる。


「大丈夫だよ! ギレイ君のせいじゃないし。何か教えろって言われただけで私は何もされてないし。むしろ、さっきのギレイ君の方が怖かったくらい!」
慌てて距離を取ろうと腕を突っ張って、白は思ったことを一息に言い切った。
背中が壁に当たったので寄りかかるように体を支える。
顔を上げることができなかった。


 こんな状況だと言うのに、赤い顔をしているのが場違いな気がして余計に恥ずかしい。
「クリームぅ、白に怖いって言われたぁー。」
儀礼の泣き声に白が目線を上げると、儀礼は知らない茶色い髪の女性に泣き付いていた。
儀礼よりほんの少し背が低く、装備から儀礼と一緒に助けに来てくれたのは分かるのだが、誰ダロウ、と白は瞬く。


 白は、獅子か拓と一緒に助けに来るとばかり思っていた。
そこで、儀礼が来る事が確定であると思っていたことに気付く。
(そんな、こんな危ないところに。……でも、ギレイ君に間違われたんだし。)
白は自分に言い訳のように言い聞かせる。


 儀礼に抱きつかれた女性は微妙な表情をしているが嫌ではないらしい。
「ほら、ふざけてないでいくぞ!」
グシャグシャと儀礼の頭を撫でるのは年上らしい仕草だ。
「はは。行こうか、白。歩ける? みんな待ってるよ。」
振り向いて、白に手を差し出した儀礼の顔はいつもの笑みだった。


(ああ、私は『男の子』だった。)
白は思い出した。
そして儀礼は『兄』。


「大丈夫。走れるよ。」
言うと、白は元気に立ち上がった。
「行こう。」
白が言うと、一番にクリームと呼ばれた女性が走り出す。
その後ろを並んで儀礼と白が続く。


 クリームは周囲を警戒しながら走っているのに、呼吸に乱れを感じない。
先程も、……あの男を殺したはずなのに、動揺は見られなかった。
(この人、強い。)
脱出ルートを走る間、白は何か強い圧迫感のようなものを感じていた。

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