ギレイの旅
白の誘拐1
「……おはよう。」
その朝起きると、宿の部屋の中には、拓と利香がいた。
そして、なぜか桃色の髪と瞳をした占い師『花巫女』ネネが、昔からそこに居る者の様にくつろいでいた。
ネネが、シエンの歴史に出てくる、祝の者であると知って、拓はシエンの者として受け入れたようだった。
もう、何も言うまい、と儀礼は何事もなかったかのように着替えを済ます。
「それでさ、この先どこから国境越えようか、ちょっと悩んでるんだけど。」
儀礼は地図を広げて獅子達に示す。
「王都から離れた方が国境の見張り兵士とか減るから通りやすいと思うんだけどね。」
「見張りが少ないって、何をやるつもりだ。」
呆れたように拓が儀礼を見る。
「何もしないよ。ただ、フェードに入る時に、なかなか通してもらえなかったから、何かあった時、相手が少ない方が楽かなって。」
儀礼は暖かいお茶を飲みながら答える。
皆はすでに朝食を済ませた後のようだった。
白の姿は部屋の中にない。
「白なら、宿の子供達と中庭で遊んでるぞ。」
きょろきょろと室内を見回した儀礼に、拓が教えてくれた。
中庭を見てみれば、一つのボールを皆で蹴り合っている白たちの姿があった。
小さな子供たちに混ざって、白はとても楽しそうに遊んでいる。
「何か和むね。」
温かいお茶をゆっくりと飲みながら、儀礼は寒い中、元気に走り回る子供達を見守る。
「白は面倒見がいいよな。小さい子供に懐かれてるし。」
拓は、楽しそうにその姿を眺めている。
「拓ちゃんは怖がられるもんね。」
ガンッ。
鈍い音がして、儀礼は頭を押さえる。
「利香ちゃんも、小さい子の面倒見るの得意だよね。」
涙を目に浮かべて儀礼は利香に向き直る。
「そうかな? 小さい子は可愛いと思うけど。白も可愛いよね。」
利香にとっては白も小さい子に入るらしい。
「国境の話だったよな。あんまり西に行き過ぎても、今度はグラハラアも近くなるから警備は厳重になるだろう。王都からもう少し離れた、このあたりが妥当じゃないか?」
拓が地図の一部を、指先で大きく丸く囲う。
「やっぱりそうだよね。だとするとまだ進まないといけないね。」
拓の意見に頷き、儀礼は進路に変更がないことを確認する。
「気をつけた方がいいわ。あなたの行く先、どこも暗雲が沸き起こる。」
透き通る水晶球を片手に乗せて、妖しい笑みを浮かべて、色めくピンク色の唇でネネが儀礼に告げる。
「こんな所でそんな怪しいお告げをしないでよ。」
苦笑まじりに儀礼はネネに微笑む。
しかし、その言葉は、儀礼の身を案じているようにも聞き取れるものだった。
その時、獅子が突然立ち上がって、険しい表情で窓に近付いた。
「何だあいつら!」
窓から飛び出す勢いで走っていたが、窓の外には、何もない。
いや、すでに、その時には事が終わっていた。
「青い目のお兄ちゃんがさらわれた!!」
泣きそうな瞳で、窓から出てきた獅子達に、必死にそれだけを訴える宿の子供たちの姿があった。
不安に泣きじゃくる子供たちから詳しく事情を聞けば、顔を隠した集団が一瞬で現れて、「子供たちに怪我をさせたくなければおとなしく付いて来い」と言って、白を連れ去ったらしい。
その手際のよさから、統率の取れた組織の、計画的な犯行だと思われた。
白を狙ってくる敵がずっといなかったために、儀礼たちは少し油断していたようだった。
人数をそろえてくれば、結界の張ってある宿にだって侵入はできる。
そして、白が子供たちに甘い性格だと知っていたなら、子供を盾にすることくらい簡単に想像できることだった。
「油断してた……。」
悔しそうに儀礼は唇を噛む。
ずっと、自分の方ばかり狙ってくると思っていたのだ。
白から目を放してはいけなかった。
だが、すぐにその思いは転じられた。
「……ギレイ様、管理局に脅迫がきました。」
いつもは遠方で隠れるようにいる儀礼の護衛、アーデスが、その情報を伝えに来た。
アーデス達は儀礼の護衛だ。
白を守る義務はない。儀礼が、命じない限りは。
「白は、僕と間違われたのか……。」
何か、黒いものが渦を巻いて儀礼の体の中に流れ込んできた気がした。
相手は、『蜃気楼』として、儀礼の顔を知る者と言うことになる。
「すぐに、助けに行こう!」
獅子が言い、拓が飛び出そうとするのを儀礼は引き止める。
相手は、アーデス達の隙を付くほどの組織化された集団だ。
「これは、僕のせいで起きた問題だ。僕に任せて欲しい。」
自分の口から出ている言葉が、嘘みたいに白々しいと、儀礼は心の中で苦く笑う。
だが、この争いに獅子と拓を巻き込むわけにはいかなかった。
「相手は数が多い。獅子は外で陽動してくれ。少しでも多く引き付けてほしい。」
アーデス達の手に入れてきた敵の本拠地の地図から、儀礼は獅子に指示を出す。
「拓ちゃんは利香ちゃんとネネの護衛を。この辺りで張られてた可能性が高い。これ以上人質を取られるとやっかいだ。」
まして、儀礼以外の人質など、見せしめに利用されかねない。
白が『蜃気楼』と別人だとばれないことを祈る。
儀礼はパソコンを開いた。
普段は使わない通信機能を呼び出し、応答を待つ。
『こちら、ゼラード。』
女性らしき返答の声。
「クリーム? 儀礼だ。人を貸してほしい。」
手短に言うだけで、クリームは緊急事態だということを理解してくれたらしい。
いや、そもそも、儀礼がこの機能を使って連絡する時点で、緊急ということになるのか、と苦笑する。
『何人だ?』
落ち着いた声から、クリーム・ゼラードが場数を踏んでいることが分かる。
「Bランクなら二人、Aなら一人。」
『場所は?』
儀礼は現在地を告げる。
『分かった。すぐに行く。待ってろ。』
ぷつりと通信が途絶えた。
暗い、どす黒いものが、儀礼の胸の内にあって、収まりきらない。
(白……。)
無事でいて欲しい。
明るい笑顔が脳裏に浮かぶ。同時に、体が切り裂かれるように痛い。
自分のせいで捕らえられた。危険な集団に。
母に似た、少年の振りをした少女。
おそらくは……血縁者である白を、儀礼はもう本当の家族のように思っていた。
準備を進め、一秒も惜しんでいる頃、クリームは魔法使いのマフレに送られて到着した。
茶色い髪は肩まで伸びていて、すっかり女らしくなっている。
「来てくれて、ありがとう。」
そう言った儀礼に、クリームは眉をしかめる。
「時間もないんだろう。挨拶は抜きだ。そんな顔して、余裕ぶんな。」
強気な態度のクリームに、ほんの少し、安心したのを儀礼は感じた。
「Sランクに手を出したこと、後悔させてやる。」
儀礼は両手を握り締めると、作戦の開始を宣言した。
その朝起きると、宿の部屋の中には、拓と利香がいた。
そして、なぜか桃色の髪と瞳をした占い師『花巫女』ネネが、昔からそこに居る者の様にくつろいでいた。
ネネが、シエンの歴史に出てくる、祝の者であると知って、拓はシエンの者として受け入れたようだった。
もう、何も言うまい、と儀礼は何事もなかったかのように着替えを済ます。
「それでさ、この先どこから国境越えようか、ちょっと悩んでるんだけど。」
儀礼は地図を広げて獅子達に示す。
「王都から離れた方が国境の見張り兵士とか減るから通りやすいと思うんだけどね。」
「見張りが少ないって、何をやるつもりだ。」
呆れたように拓が儀礼を見る。
「何もしないよ。ただ、フェードに入る時に、なかなか通してもらえなかったから、何かあった時、相手が少ない方が楽かなって。」
儀礼は暖かいお茶を飲みながら答える。
皆はすでに朝食を済ませた後のようだった。
白の姿は部屋の中にない。
「白なら、宿の子供達と中庭で遊んでるぞ。」
きょろきょろと室内を見回した儀礼に、拓が教えてくれた。
中庭を見てみれば、一つのボールを皆で蹴り合っている白たちの姿があった。
小さな子供たちに混ざって、白はとても楽しそうに遊んでいる。
「何か和むね。」
温かいお茶をゆっくりと飲みながら、儀礼は寒い中、元気に走り回る子供達を見守る。
「白は面倒見がいいよな。小さい子供に懐かれてるし。」
拓は、楽しそうにその姿を眺めている。
「拓ちゃんは怖がられるもんね。」
ガンッ。
鈍い音がして、儀礼は頭を押さえる。
「利香ちゃんも、小さい子の面倒見るの得意だよね。」
涙を目に浮かべて儀礼は利香に向き直る。
「そうかな? 小さい子は可愛いと思うけど。白も可愛いよね。」
利香にとっては白も小さい子に入るらしい。
「国境の話だったよな。あんまり西に行き過ぎても、今度はグラハラアも近くなるから警備は厳重になるだろう。王都からもう少し離れた、このあたりが妥当じゃないか?」
拓が地図の一部を、指先で大きく丸く囲う。
「やっぱりそうだよね。だとするとまだ進まないといけないね。」
拓の意見に頷き、儀礼は進路に変更がないことを確認する。
「気をつけた方がいいわ。あなたの行く先、どこも暗雲が沸き起こる。」
透き通る水晶球を片手に乗せて、妖しい笑みを浮かべて、色めくピンク色の唇でネネが儀礼に告げる。
「こんな所でそんな怪しいお告げをしないでよ。」
苦笑まじりに儀礼はネネに微笑む。
しかし、その言葉は、儀礼の身を案じているようにも聞き取れるものだった。
その時、獅子が突然立ち上がって、険しい表情で窓に近付いた。
「何だあいつら!」
窓から飛び出す勢いで走っていたが、窓の外には、何もない。
いや、すでに、その時には事が終わっていた。
「青い目のお兄ちゃんがさらわれた!!」
泣きそうな瞳で、窓から出てきた獅子達に、必死にそれだけを訴える宿の子供たちの姿があった。
不安に泣きじゃくる子供たちから詳しく事情を聞けば、顔を隠した集団が一瞬で現れて、「子供たちに怪我をさせたくなければおとなしく付いて来い」と言って、白を連れ去ったらしい。
その手際のよさから、統率の取れた組織の、計画的な犯行だと思われた。
白を狙ってくる敵がずっといなかったために、儀礼たちは少し油断していたようだった。
人数をそろえてくれば、結界の張ってある宿にだって侵入はできる。
そして、白が子供たちに甘い性格だと知っていたなら、子供を盾にすることくらい簡単に想像できることだった。
「油断してた……。」
悔しそうに儀礼は唇を噛む。
ずっと、自分の方ばかり狙ってくると思っていたのだ。
白から目を放してはいけなかった。
だが、すぐにその思いは転じられた。
「……ギレイ様、管理局に脅迫がきました。」
いつもは遠方で隠れるようにいる儀礼の護衛、アーデスが、その情報を伝えに来た。
アーデス達は儀礼の護衛だ。
白を守る義務はない。儀礼が、命じない限りは。
「白は、僕と間違われたのか……。」
何か、黒いものが渦を巻いて儀礼の体の中に流れ込んできた気がした。
相手は、『蜃気楼』として、儀礼の顔を知る者と言うことになる。
「すぐに、助けに行こう!」
獅子が言い、拓が飛び出そうとするのを儀礼は引き止める。
相手は、アーデス達の隙を付くほどの組織化された集団だ。
「これは、僕のせいで起きた問題だ。僕に任せて欲しい。」
自分の口から出ている言葉が、嘘みたいに白々しいと、儀礼は心の中で苦く笑う。
だが、この争いに獅子と拓を巻き込むわけにはいかなかった。
「相手は数が多い。獅子は外で陽動してくれ。少しでも多く引き付けてほしい。」
アーデス達の手に入れてきた敵の本拠地の地図から、儀礼は獅子に指示を出す。
「拓ちゃんは利香ちゃんとネネの護衛を。この辺りで張られてた可能性が高い。これ以上人質を取られるとやっかいだ。」
まして、儀礼以外の人質など、見せしめに利用されかねない。
白が『蜃気楼』と別人だとばれないことを祈る。
儀礼はパソコンを開いた。
普段は使わない通信機能を呼び出し、応答を待つ。
『こちら、ゼラード。』
女性らしき返答の声。
「クリーム? 儀礼だ。人を貸してほしい。」
手短に言うだけで、クリームは緊急事態だということを理解してくれたらしい。
いや、そもそも、儀礼がこの機能を使って連絡する時点で、緊急ということになるのか、と苦笑する。
『何人だ?』
落ち着いた声から、クリーム・ゼラードが場数を踏んでいることが分かる。
「Bランクなら二人、Aなら一人。」
『場所は?』
儀礼は現在地を告げる。
『分かった。すぐに行く。待ってろ。』
ぷつりと通信が途絶えた。
暗い、どす黒いものが、儀礼の胸の内にあって、収まりきらない。
(白……。)
無事でいて欲しい。
明るい笑顔が脳裏に浮かぶ。同時に、体が切り裂かれるように痛い。
自分のせいで捕らえられた。危険な集団に。
母に似た、少年の振りをした少女。
おそらくは……血縁者である白を、儀礼はもう本当の家族のように思っていた。
準備を進め、一秒も惜しんでいる頃、クリームは魔法使いのマフレに送られて到着した。
茶色い髪は肩まで伸びていて、すっかり女らしくなっている。
「来てくれて、ありがとう。」
そう言った儀礼に、クリームは眉をしかめる。
「時間もないんだろう。挨拶は抜きだ。そんな顔して、余裕ぶんな。」
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