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ギレイの旅

千夜ニイ

擬態魔獣の森

 その日朝早く、儀礼は管理局へ行くと言って宿を出て行ってしまった。
残された白と獅子はいつものように二人でギルドへと仕事を受けに行くことにする。


「あいつ、ギルドで仕事するのがいやで、管理局に逃げ込んでるんじゃないだろうな。」
獅子の言葉に、白は反論できない。
街の宿に落ち着くなり、獅子はギルドで仕事を受けると張り切っていたのだ。
儀礼は戦闘を好む武人ではない。
いつもなら遅くまで寝ている儀礼が、逃げるように管理局に入りこんでも、違和感がなかった。


「丁度いいところにきてくれた。困ってる仕事が一つあるんだ。」
『黒獅子』のライセンスを見るなり、ギルドのマスターが獅子の肩を掴んだ。
「擬態魔獣、っていって、トカゲのような姿をした魔獣なんだが、樹木に取り付いて養分を吸い取って寄生するんだ。体の色を自由に変えられて、擬態しているから、普通の木にしか見えないんだが、この魔獣が取り付いていて、突然襲い掛かってきたりするんだ。」
マスターは説明するように話しながら依頼書を広げる。


「そいつが、近くの森で大量発生していてな。大勢の冒険者を募っているんだが、魔獣の数が多くて、しかも、発見しにくいと来て、なかなか仕事が進まないんだ。木を切って生計を立てるやつらは本気で困ってる。速いとこ始末しちまってくれねぇかな。この依頼が来て、2週間になるんだが、間に年越しを挟んじまったこともあって、未だに成功させたパーティがないんだ。」
困ったように髪のない頭をかきながら、マスターは言う。


「冬なのに動けるのか、そのトカゲは。」
依頼書を見て、フェードの言葉で書かれているのを確認して、白に丸投げする獅子。
受ける気ではあるらしい。
「言ったろ、樹木に寄生するんだ。栄養を木から吸ってる。この辺りは材木用に常葉樹が多くてな、冬でも木は緑色の葉を付けたままなんだ。」
「よし、わかった。この仕事受ける。いいよな、白。」
依頼書の内容を読んでいた白は、特に悪いところもないので、頷く。


「そっちの、ちびっこいのも行くのかい? 依頼のランクはBだよ。」
驚いたようにマスターが言い、白は自分のではなく、獅子と組んでいる、パーティライセンスの方を見せる。
それは間違いなく、Bランクのライセンスである。
「そうか。なら、何も言うまい。『黒獅子』の連れってんだから、心配は要らないんだろうな。」
白の、隙のない態度を見て、マスターは楽しそうに笑った。


 それから、白と獅子は、現場である常葉樹の森へやってきていた。
そこにはすでに、いくつかのパーティがいて、仕事を始めていた。
しかし、敵の姿は見えない。
苦戦しているようだった。


 群れているため、魔獣の数は多い。
一体でのランクはCだが、これだけ数が多くなったので、Bランクの仕事に変わったのだろう。
それだけ、『何か』の気配だけは獅子にも大量に感じ取れた。


 先に来ていたパーティが、一体の敵を仕留めたところだった。
魔獣の姿がはっきりと現れる。
トカゲのような姿かたち、樹木に張り付く吸盤のような手足、体の色は木の皮とまったく同じで、模様までもをそっくりに写しとっていた。
カメレオンのような魔獣だ。


 見つけるのは面倒。
現に、一人の冒険者が、気付かずに近付き、その首へと、長い魔獣の舌が巻きついていた。
「ぐぁあ。」
苦しそうにもがき、その冒険者は必死にその舌を切り落とそうとしている。
なのに、その本体がどこにいるのか、周りの者の目からは、はっきりと確認できないのだ。


「おりゃ!」
ザシュッ。
まるで、勘に頼ったと言う様な、迷いのない態度で、獅子はその男の近くの木に剣を突き刺した。
たちまち、剣に貫かれた魔獣が、べろりと木から剥がれ落ちる。


「すまない、助かった。よくわかったな。魔獣の位置が。」
苦しそうに首をさすりながら、冒険者の男は獅子に尋ねる。
「気配で分かる。」
なんでもないことのように獅子は言った。
言われた冒険者は、一瞬、頬を引きつらせる。
その気配が、わからないから、こうやって、魔獣に捕まって苦しめられているのだと。


「えっと、魔力でも分かると思うよ。魔力を変に感じるところに魔獣がいるんだと思う。」
白がフォローするように告げた。
しかし、それで頭を縦に振れるのは、魔法を扱える者だけで、その場にいた冒険者のほとんどは、魔法を得意としない、戦士タイプの冒険者だった。


 そして、魔法で、魔力を感知しても、予想外の速さで魔獣は木の表面を歩き回り、別の木に移り、または、地面を這って逃げてしまう。
魔力探査の魔法には、魔獣は敏感らしい。


 他の冒険者たちが戸惑っている中、獅子は次々と姿の見えない魔獣を仕留めていく。
木の肌は傷つけないよう、魔獣だけを貫いてゆく。
白も、一体ずつ魔力を感じてはそこに攻撃を仕掛ける。
魔力探査の魔法は使っていない。白は、本当に感じ取った魔力を頼りに魔獣を倒していた。


 しかし、二人の活躍をよそに、他の冒険者達は姿の見えない魔獣に襲われていく。
次々に倒していく獅子。
一体ずつ、確実に仕留める白。
魔獣に腕や足を絡め取られる冒険者達。
なかなか魔獣の数は減らなかった。


「助けてくれーっ。」
一人の男が、声をかすらせて助けを求める。
その首元には、魔獣の長い舌が絡まっていた。


**************


 一方その頃、儀礼は――。
「ありがとうシュリ。」
シュリに送られて、グラハラアから、フェードの管理局に戻ってきていた。


「こっちこそ。強い武器を手に入れられた。『蜃気楼』。」
握手を求めるように手を差し出して、シュリは言う。
「その、蜃気楼って言うのやめてよ。ギレイでいいよ。」
その手を握り返して、儀礼は言う。
『蜃気楼』と呼ばれると、なんだか肩肘を張らなくてはいけない気がして、緊張する気がした。


「そうか。……俺、ハルバーラの遺跡を攻略しようと思う。すぐには無理だろうけど、絶対に。今回はアーデスに連れて行ってもらったけど、自力であそこに、この武器のあった場所に辿り着けるようにならなきゃいけないって気がするんだ。この武器をもらったからにはな。」
真剣な表情で自分の新しい武器を眺めて、シュリは言う。


「うん。頑張って。」
にっこりと笑って儀礼はシュリの言葉を認める。
それが、どれほど困難なことであるのかを知りつつ、儀礼は否定しなかった。
シュリならできると、信じているようだった。


 転移陣の間を出て、宿に帰ってみれば、獅子も白もおらず、儀礼は一人ぽつんと残されていた。
朝の獅子の様子から、ギルドに仕事に行ったのは分かっていた。
夕方に迫ろうというこの時間になっても、まだ、獅子達は帰っていないようだった。


「遅いな。」
獅子一人なら、心配はいらない。
しかし、白を連れて行ってるのが気になる。
もし、万が一、白を狙っている連中に出会ってしまっていたら。
念のため、と、なんとなく、儀礼はギルドを覗いてみることにした。


 ギルドで、白と獅子が魔獣討伐の依頼を請けたことを確認して、儀礼もその依頼を請ける。
白と獅子の二人に合わせて、儀礼が加われば、パーティランクはAだ。
儀礼の見た目に何か言いたそうにしていたギルドのマスターは、おとなしく口をつぐんだ。


 そうして、儀礼が現場の森へと着いてみれば、次々と魔獣を倒していく元気な獅子の姿。
苦しんでいる冒険者を助けようと、している一生懸命な白の姿。
そして、大勢の動きを封じられて困っている冒険者達。
擬態しているため、一見は、敵がいるようには見えない風景。


 周囲を見回し、何してるの? てきな儀礼の反応に、場違いな雰囲気を感じて、周囲の冒険者達は苛立つ。
何も知らない子供が、迷い込んできた、というような感じだ。
「儀礼。」
儀礼が来たことに気付き、獅子が儀礼の元へやってくる。


「姿の見えない敵がいる。何か、簡単に見分ける方法はないか? 気配じゃこいつら分からないっていうんだ。」
獅子が言う。
言いながら、儀礼の背後にいた一匹を光の剣で切り伏せる。


「こいつら、目がいいんだ。視覚に頼って擬態してる。」
ぱちぱちと瞬いて、儀礼は魔獣がいたことにも驚いていない。
儀礼は、ちゃんと依頼書を読んで、ここに来たのだ。


「だから何だよ。」
もったいぶるような儀礼の言い方に、少し苛立ったように獅子は問う。
にやりと口の端を上げて、儀礼は笑う。
「目、つぶってください。」
大きな声で儀礼は言う。


 しかし、敵を前に、目を閉じることに冒険者達は抵抗する。
「3・2・1……。」
構わず、儀礼は数を数える。そして――、


 あたりを包む閃光。
誰もが思わず目を閉じる。
儀礼の腕輪が目のくらむまばゆい光を放っていた。


「何してくれるんだ!」
戦っていた、冒険者たちが怒鳴る。
その声に、儀礼はビクリと震えて、身を硬直させた。
しかし魔獣は――真っ白に擬態していた。


 目に見えた白い光に、大きな瞳を焼かれたまま、白い体を晒している。
今までの苦労が嘘だったかのように、白くなった魔獣たちを楽に倒すことができるようになったのだった。
実質、一体の魔獣も倒していない儀礼の冒険者ランクは、まだ、Dのままだ。

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