ギレイの旅

千夜ニイ

派閥争い

「誰も見たことないトラップなんて、どうやって解除したらいいのかも分からないんだよ。機械を使ったものなのか、魔法を使ってあるものなのか、どうして古代の人は魔法と科学を両立できたのか、混合できたのか、より良いバランスを見つけて、何千年も残る建物を作って、未だに動力さえあれば、動作する環境なんて、今の技術力じゃ、どうやっても作れないだろう。どうしてだろう。どうして、昔の人はそんなことができたんだろう。どうしてその技術を、残さなかったんだろう。後世に伝わらなかったんだろう。」


「ギレイ。」
しゃべり続ける儀礼の口は止まらない。


「まるでわざと残さなかったみたいに、残ってる物だって、封印されてるものがほとんどだし。地下に埋まってるのはどうして? 最初から地下に作ってたのかな。それとも、地殻の変動なんかで、地面に埋まったって説がやっぱり正しいのかな? でも、だとしたら、地上何十階って、建物が存在してたことになるんだよ。まるで、山のような高さだ。そんな高い建物から落ちたら、人間なんて、簡単に……。それなのに、そんな建物を作って、住んだり、一体何に使っていたのかも分からない研究施設に、トラップだらけの遺跡。何なんだろう。遺跡って。」


「ギレイっ。」
独りで考え込むようにトリップして話し込んでいた儀礼をようやくディセードは止めることに成功した。
しかし、儀礼がはっとすれば、周囲に見知らぬ人だかりができていた。


「アナスター。お前、休みの日に会社で何してる。まさか、スパイ活動でもしてるってのは本当だったのか?」
ディセードのそばに寄ってきた男の一人が野太い声で言い、ディセードの肩を掴む。
体格のいいと言うよりは、でっぷりと太った感じの壮年の男性は、重要職にでも就いていそうな、貫禄を持っている。
ディセードが普段から時たま、不審な行動に走るのは、儀礼のせいで『アナザー』活動をせざるを得なくなった時。
たいていは本拠地である自身の部屋を使っているのだが、職場にいる時に儀礼から声がかかってくることもしばしばあった。


 ディセードがコーテルに来ること自体は月の中でも数少ないことなのだが、儀礼がしょっちゅう、どうでもいいことですら、話しかけてくるのだ。
日常会話を仕事中にしていれば、それはもう、さぼりだ。
日常会話ではなく、他国の管理局への侵入やら、情報操作やらを行っていれば、諜報活動ととられて、まったくおかしくない行動である。


「すみません、僕が無理を言って彼に案内してもらっていたんです。」
儀礼が、間に割り込むようにして声を上げた。
その儀礼の姿を見て、周囲の者は不審な目を向ける。
「……ディセード、お前、メロディーとは別れたのか?」
別の一人が、遠慮がちに声をかけてくる。


 儀礼の表情は引きつる。
「待ってください。僕は男です。」
なぜ、毎回、それを説明しなければならないのか。
儀礼は納得できないまま、硬い声で説明した。


 白衣の女性を引き連れて、社内を歩き回るディセードを不審に思っていた社員達だったが、実際には、少年だった。
明らかに、他国の少年を引き連れて社内を歩き回る社員。
やはり、不審な行動にしか思えない。


「社内を見て回る許可は取ってありますよ。社長はご存知です。」
ディセードは重役らしい男に言う。
「社長にだけ話を通せばいいのか? ここは研究所だぞ。それぞれの部署の責任者に許可を取るべきだろう。」
もっともらしいことを言って、男は眉間にしわを寄せる。


「今回のことは極秘事項なもので、他言できなかったんですよ。僕のような下っ端に言わないで下さい。そういう事は直接社長にお願いしてくださいよ。」
捕まれた肩をそっとはずして、ディセードは儀礼に目配せをする。
そろそろ退散しようという合図だ。
コーテル探検も終わりになりそうだ。


「社長は、ことを分かってない。俺達がどれだけ苦労してこの技術を他国に盗まれないように守っているのか。それを、こんな子供とはいえ、簡単に見学を許すなんて。」
苛立ったように男は近くにあった何かの書類を握りつぶす。


 穴兎:“悪いな、ギレイ。変なことに巻き込んじまって。”


儀礼のモニターに穴兎から、いや、ディセードからの文字が浮かんだ。


 穴兎:“ちょっとした派閥争いみたいなところがあってな、社長派と、研究所長派とが面倒を起こしてるんだ。こいつらは所長派。ってか、こいつが研究所長。”


何食わぬ顔で、ポケットに手を入れたまま、ディセードは儀礼へと文字を送ってくる。


「所長はなんで休みの日にここに?」
不思議そうにディセードは聞く。
「侵入者が入ったと連絡があったからだ。独自の仕掛けを作っておいたんだ。いつどんな時にスパイが入ってくるか分からないからな。」
手元で、何か箱のような機械を見て、所長は答えた。
その箱の上では、『alertアラート』という文字が光っている。


「また、社長に黙って社内に設備を増やしたんですね。社長が怒りますよ。」
困ったようにディセードは溜息を吐く。
「社長が何だ! 他国からこの国を守るためには必要なことなんだ。そんなことも分からない社長など、いても意味がない!」
ついに、近くの机を叩きつけるようにして所長が言った。


 面倒くさい、と正直儀礼は思っていた。なので、すでに脱出準備は完了していた。
ディセードの合図があれば、煙幕を張って離脱の準備はできている。
その後のディセードの仕事に影響しそうなので、無難に話し合いで解決できるのが一番なのだが。
と、言うか、『アナザー』は情報屋としても、十分なお金を稼いでいるはずである。
別で、ディセードとして働く必要があるのだろうか。
儀礼は疑問に思っていた。


 しかし、ディセードが『アナザー』であることを公表できない限り、働かなければ、ディセードは世間的には無職ということになってしまうと思い至った。

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