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ギレイの旅

千夜ニイ

情報の整理

 ヒガに背負われて儀礼がアナスター家に帰れば、明け方だと言うのに、白が起きていて玄関まで飛び出してきた。
「大丈夫!? ギレイ君!」
怪我をした儀礼を見て驚いたような声を出し、すぐに魔法で治療してくれた。
それでも、失われた血液までは回復しない。
痛みのなくなった体に軽さを感じて、儀礼はようやく一息つく。


「ヒガさん、ありがとうございました。ここまでで大丈夫です。クリームたちの所についててあげてください。」
マフレとクリームは先程、黒いローブの魔法使いが消えた場所から追跡を行うと言っていた。
見つけたら二人だけで殴りこみに行きそうな勢いだ。
一応心配なので、ヒガに頼んでおく。


「お前は……相手の居所、知ってるわけではあるまいな。」
ヒガの言葉に、儀礼は思わず口端が上がりそうになった。
朝月は、襲撃者の行動を今もずっと捉えている。
「すみません。わかりません。でも、僕のことを偶然見つけたと言っていたので、近場にもとからいたのではないかと思っています。」
にっこりと笑って儀礼は答える。


 今はとりあえず、増血剤を飲んで、しばらくの休養が欲しかった。
居場所を教えてしまったら、その間に、彼らが全てを片付けてしまうことだろう。
そして、その後のあの男の行き先も、儀礼には分からなくなる。
どこから来たのか、何者の手なのか、儀礼は調べなくてはならない。
そして何より、『シャーロット』を知るらしい、その男の主には、儀礼はとても興味があった。


「ドレス、ボロボロにしてしまってすみません。」
心配してくれているリーシャンにも、儀礼は謝る。
どう繕っても元には戻らない状態になってしまっていた。
「そんなの、どうだっていいわよ! どうせ、あげるつもりだったし。」
「いりません。」
儀礼の頭には大きな汗が浮かぶ。


「そんなことより、私がこんなことさせなければ、あなたは怪我なんてしなかったんだから。私の方こそごめんなさい!」
リーシャンは目の下にはくまができている。
心配してずっと起きていてくれたのだろう。
「大丈夫。怪我は大したことありません。それに、これは僕を狙って来たものなので、今回の依頼とは無関係です。」
儀礼はリーシャンに微笑む。


「でもごめん、とりあえず、眠いから……寝る。」
その場にいる人たちにそれだけを言うと、儀礼はもう目を閉じて、自分の部屋に向かって歩き出す。
貧血が体から体力だけでなく気力をも奪っているようだった。
何より、夜通しあるきっぱななしだったのでくたくただった。


「ギレイ。起きたら少し話がある。」
真剣な表情のディセードの声が、少し、怖い気がした。
とりあえず、明日の朝までは寝ようかな、などと思ってしまった儀礼だった。


 コンコン。
夕方に近い時間、儀礼の部屋の扉はノックされた。
それまでにも何度か人が来てはいたが、儀礼はまったく目を覚まさなかった。
ディセードと白の話しで、魔力を奪われたせいだろうという結論に至った。
魔力の回復には睡眠が一番だと言われている。
しかし、相手が何者であるのかも分かっていない今、早急に手を打つ必要があった。


 マフレとクリームたちが移転魔法を追跡した結果は、ビーツの町の中にある宿屋で、借り主は一足違いで退室していた。
その人物の手がかりを探したが、残念ながら、相手がアルバドリスクから来ていたということしか分からなかった。
直接話をした儀礼が何かを知っているのではないかというヒガの言葉に、『アナザー』はかすかな希望を持っていた。


「おーい、いい加減に起きろ。さすがに夜になっちまうぞ。」
布団の中に丸まって寝ている儀礼をディセードは揺すって起こす。
その日は大晦日だった。
大晦日の夜は、盛大な花火でもって新年の来訪を祝う。
それはどこの町でも同じだが、とりわけ、王都の花火は華やかだった。
これは一生に一度は見ておきたいと、誰もが賞賛するものである。


 せっかく王都に近い町にいるのだ、この時期にここまで来て見逃す手はない。
初めから、ディセードたちは儀礼が年をまたぐ時期にくれば案内するつもりでいた。
「王都の祭り、見たくないのか?」
ディセードの言葉に、儀礼はがばりと跳ね起きた。


「見たい!」
王都の祭り。
それは、儀礼が初めてネットに触れた時に見知った言葉の一つ。
世界で一番きれいなものだと、誰かが言っていたのだ。


「んじゃ、先に、片付けておくべき話を片付けようか。」
儀礼のベッドの前、そこにいたのは、儀礼の友人、ディセード・アナスターではなく、ネットの支配者『アナザー』の顔をした青年だった。
儀礼の笑顔はそれに気付いた瞬間に固まった。


 ディセードは今回の事件に関して、少なからず責任を感じていた。
儀礼から護衛を引き剥がしたのは、他ならぬ、ディセード本人である。
『アナザー』の正体を守るために、儀礼の身を危険に晒した。
本来の護衛たちがそばにいれば、儀礼が怪我をするようなことはなかっただろう。
それどころか、たちどころにあの魔法使いの男すらも捕まえていたかもしれない。


 できなかったことを今考えていても仕方がない、ディセードは大きく息を吸い込む。
「少し、情報を整理しておきたいんだ。俺の部屋に来てくれるか。」
ディセードの言葉に儀礼はうなずき、おとなしく従った。


「まずはやはり『シャーロット』についてだな。今はっきりと分かっているのは、この少女がアルバドリスクの上流の人間であるということ、精霊を見る瞳を持つ『精霊の隣人』であること。そして、間違いなく、しろ本人であること。これが確実なことだな。」
うん、と儀礼は頷く。
「その人物情報の上に、僕の――マドイ・ギレイの個人情報が上書きされて、画像までもが出回ってる。」
付け足すように儀礼は言う。


「上書きした者はおそらく、シャーロットを守ろうとしている団体、もしくは組織。それも、俺にも足をつかませないから相当大きな組織だと考えられる。」
パソコンを操作しながら、ディセードが奥歯を噛み締めるようにそう言った。よほど悔しいのだろう。
「国家単位。それ以上、かもしれないってことだよね。僕に手紙をよこして、白をドルエドへと連れて来るように依頼したのも、多分、そこだと思う。」
依頼の手紙を懐から出して、儀礼はディセードへと見せる。
ディセードは真剣にその手紙を読み始める。


「敵対してるのはユートラス。一つの軍事国家だ。」
緑色の瞳を持った女性を思い出し、儀礼は深い溜息と共にその国を思い浮かべる。
シャーロットを殺し、その精霊を奪って自国を豊かにしようと狙っているユートラス。
そこからは、何人もの刺客が『シャーロット』を襲いにやってきていたらしい。


「そして、今回現れたのが、第三の組織、もしくは人物って訳か。『シャーロットを捕まえろ』。」
依頼の手紙を丁寧に閉じて儀礼に返すと、ディセードは再びパソコンを操作し始める。
カタカタカタと速いテンポでキーが鳴る。
モニターの画面は次々に変わっていく。


「でも、やり方は優しくない。無力化して無理やり連れ去るって感じたったね。あれだと、連れて行かれても良くて監禁だよ。」
苦笑するように儀礼は言う。
自分の経験論からなのだが、あながち間違っているとは思えない対応だった。


「この第三の組織、なんとか目星をつけるなり、対処を見つけないと、王都の祭りはおろか、外にすら出せないぞ。」
儀礼の顔を指差して、ディセードは残酷にもそう言った。
王都の祭りをエサにしておいて。外にも出さない。
手があるなら、早く出せ――と。Sランクと呼ばれる少年に。

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