ギレイの旅

千夜ニイ

ディーと捕り物3

 薄暗い道の中を、儀礼は一人で歩いていた。
時刻は22時を過ぎている。
あたりに人の影はない。
冬の夜中、寒さと暗さが身にしみる。
「寒い。」
カタカタと震えて、儀礼は自分の腕をさする。


「もう少し暖かい格好の方がいいよね。全身カイロの白衣とか。」
薄っぺらいドレスの生地を恨めしく思いながら、儀礼はゆっくりと足を進める。
「暖かくする方法、ないかな。」
「少しは黙ってろ。怪しまれたら囮にならないだろ。」
獅子の声が小さく聞こえた。
声というか、ほとんど気配だ。じりじりと肌を焼く怒りの気配。
高い屋根の上に獅子はいる。


「……。そうだ、フィオ。暖かくって、できない?」
目には見えないが、側にいるはずの精霊に儀礼は問いかけてみる。
すぐに腕輪の石が赤く輝き、儀礼の体はぽかぽかとした暖かい空気に包まれた。
体を温めるウォームの魔法によく似ている。
「わ、あったかい。ありがとう、火王フィオ。」
にっこりと嬉しそうに儀礼は微笑んだ。


 この作戦に参加しているのは拓と獅子と儀礼。
儀礼からは見えない位置から、拓と獅子が、儀礼の周囲を見張っている。
ディセードは町中のカメラや情報から、不審な人物を洗い出している。


 リーシャンたち女性陣には、おとなしくアナスターの屋敷で待ってもらっている。
そろそろ利香と白は眠りについ頃だろう。
起きて待っていると言っていたが、寝ておくように言い含めてきた。


『ギレイ、もっと真剣な顔してろ、そんなにやけた面してたら、何かあると警戒されるだろう。』
耳飾りを通して小さな音が儀礼に告げた。
暗い道を一人で歩くのに、こんなに堂々とした者もいないだろう。
いても、誰も襲おうとは思わない。


「でも、被害にあった人はみんな酔っ払ってたんでしょう。これくらい陽気でもおかしくないと思うよ。」
そう言いながら、儀礼はにやりとした笑みを浮かべている。
何者かに挑むような、怖い物などないという笑顔。
儀礼の側には、多くの仲間が待機しているのだ。
獅子や拓はもちろん、朝月やフィオという、目には見えない存在すら、儀礼にははっきりと感じられている。


『もう少し、おとなしくしとけ。』
説得を諦めて、ディセードはそれだけを儀礼に伝えた。
『黒獅子』と儀礼の言う『暴君』を連れたこの作戦は、狩りだ。
罠を仕掛けた『蜃気楼』が何に対しても怯えるわけがないのだ。


「儀礼、真面目にやれ。」
「はい。」
低い声の拓の一言で、儀礼は小さく身を固め、おとなしくなった。
さすが『暴君』。


 街灯のなくなった薄暗い路地の中に入った時だった。
複数の人間の気配が周囲から集まってくるのがわかった。
儀礼は、何も気付かない振りをしてそのまま静かに歩き続ける。
(来たな。)
その不審な気配を挟み込むようにして拓と獅子が間を取っているのが、儀礼にもわかった。


「お嬢さん、寒そうな格好だね。一人かい?」
真冬にしては薄い長袖1枚の男が一人、儀礼に話しかけてきた。
見た感じは不良少年が少し成長したような感じ、柄の悪い青年だ。
そのすぐ後ろから次々と男たちが姿を現す。
緊張した様子で、儀礼はゆっくりと後ろに足を下げる。
しかし、後ろからも見知らぬ男たちが二人ほど現れた。
完全に挟まれてしまっている。


「体の暖かくなる薬、持ってるんだけどいらないか?」
初めに話しかけてきた男が、何かの瓶を持ってそう持ちかけてきた。
何の薬だか分かっている儀礼には、怪し過ぎると言うしかない。
「間に合ってます。通してください、人を呼びますよ。」
笑いに声が震えないよう気をつけて、儀礼は答える。


「人を呼ばれて困るのはお嬢さんの方になるよ。すぐにね。」
にやりと、男が嫌な笑いを浮かべると、後ろにいた二人の男が儀礼の体を抑えた。
瓶の薬を口元に持ってこられて無理やり飲まされそうになったので、口を閉じて、抵抗を試みる。
まだ、獅子達に儀礼を助ける気配はない。
(おい、早く助けろ!)
心の中で文句を言ってみても、証拠を掴むまでは動くつもりがないらしい。


(飲めってのか? この薬を。)
涙の浮いてきた心細い表情で、儀礼は目の前にいる男を睨んだ。
「おっ……おとなしくしてればすぐに済むって。ほら、毒なんかじゃねぇから。」
そう言って男は、楽しそうに笑って、自分がその瓶の薬を一口飲んで見せた。
(飲んだ。反応が出たら、証拠になるだろ。)
素早く、儀礼は後方の二人の腕をすり抜けて、逃げ出す態勢に構える。


 しかし、目の前の男が儀礼の腕を掴んだ。
素早さが向上している。
「くっ、そっちの効果が先に出たか。」
小さな声で、儀礼はぼやく。
すぐに、その薬を飲んだと思われる男たちが儀礼の周囲を囲っていた。
チクリと、腕に痛みを感じて、捉まれていた腕に視線を戻せば、針が三本付いた、棒状の何かを男が持っていた。
針が刺さった部分から、体中に熱が伝わりだす。


(熱い!)
燃えるような熱さが、全身に走った。
頬がカッと熱くなり、頭の思考は鈍くなる。
ふわふわとした気分が儀礼の頭を揺らす。


「ディー、盛られた。作戦開始で。」
ふわふわとする思考から、儀礼は普通の声の大きさで、指示を出した。
『おい、本気で盛られてどうする! 黒獅子、タク、作戦開始だ。』
体が熱い、熱をもてあます。
暴れまわりたいほどの行動力が体に漲る。


 ふわふわとした思考から、儀礼は目の前の男達に微笑みかける。
赤く染まった頬、涙に潤んだ瞳、体の熱さのためにか、しどけなく緩んだドレス姿。


「お、薬が効いてきたか。熱いだろう。いい気分だろう。俺達と楽しもうぜ。」
「楽しむ? 本当、楽しいね。いいの?」
くすくすとドレスの裾に手を入れて、ゆっくりと足を見せるようにして、儀礼は笑い出す。
そして、その手にはいつの間にか銀色の改造銃。


「えぁ?」「うお!」
男たちの焦ったような声に儀礼はさらに楽しそうに笑う。
『ギレイ、お前は囮だぞ、主戦力になってんじゃねぇよ。』
呆れたようなディセードの声が通信機から聞こえてくる。
ガンッ、ガンッ、ガンッ。
静かな、夜の町に銃声が鳴り響く。


「楽しんでいいの? ゴム弾だけじゃ足りないよね。追尾ミサイルもいる? 大丈夫、ちょっと感電するくらいだから、死にはしないよ。すぐ気絶するなんて、楽なこともさせないから。あ、雷の魔法石、持って来なかったな。威力増大するのか見てみたかったんだけど。」
ハイテンションで、くすくすと笑いながら、少年はドレスの中から次々と武器を繰り出す。
犯人の男たちは、自分たちから仕掛けたことも忘れたようで、逃げるのに必死。
阿鼻叫喚の様だ。
儀礼の、ドレスに武器を隠す仕掛けは、リーシャンが喜んで手を貸してくれた。
ドレス自体も、リーシャンが以前着ていたものを提供してもらった。


「おい、儀礼! 今の俺を狙っただろう!」
屋根の上から拓が儀礼へと怒鳴る。
「だって、拓ちゃん達なら、それ位、避けられるでしょ。情報データ収集には協力者が必要なんだよ。」
くすくすと儀礼は楽しそうに笑っている。


『……作戦変更だ。儀礼を止めて、中和薬飲ませろ。収集が付かない。』
額に手を当てて、儀礼の暴走に頭を痛めるディセードだった。

「ギレイの旅」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く