ギレイの旅

千夜ニイ

ディーと捕り物2

 それからしばらくの時間の後、準備を終え、儀礼は自分の部屋から出てきた。
部屋から出てきたのは、誰もが目を見張るような美女だった。
ただ立っているだけなのに、その姿に目を引かれる美しい女性。
華やかなドレス姿からは、色香が漂ってくるようだった。
「気が早いな、もう幻覚薬使ってるのか。」
儀礼が幻覚薬をコロン状にしていることディセードは知っている。


 ジャキン。
しかし、ディセードが言うと同時に、その首元に冷たい銀色の銃が突きつけられていた。
出したのはドレスの下から。


「まだ、幻覚薬使ってなかったのか……。素でそれかよ。」
「素じゃない。変装だっ!!」
怒鳴るように言う儀礼だが、その目元には涙が浮かんでいて迫力はない。


 儀礼が着替えている間に、マッシャーの家から獅子たちが呼ばれていた。
暴行犯達を捕まえるには、戦力があった方がいいとの考えだが、そのメンバーに儀礼の口端は上がる。


 世界を手中に操るネットの支配者『アナザー』と、聖剣『光の剣』の守護者『黒獅子』に、『暴君』である拓。
これでは、どんな暴行犯が相手だろうと、戦力過多は間違いない。
相手に憐れみすら思うところだが、か弱い女性を力で襲う強盗犯など痛い目に合うのが道理。
ましてや薬品を使うなど、もってのほか。


『蜃気楼』はSランクである自分のことなど棚に上げ、心強い味方の戦力に底冷えのするような微笑を浮かべていた。


「そんな凶悪な顔をしてたら、やってくる犯人も逃げ去るぞ。」
呆れたように言ったのは拓だ。
「エリさんと同じ顔で、どうしてこうも品が違うのか。」
儀礼は無言で拓を睨む。
「そんなことないよ。ギレイ君、すごく綺麗!」
「褒められても、嬉しくないよ、白……。」
情けない声で儀礼は言う。


「でも本当に似合ってるよ、儀礼君。胸はどうなってるの?」
今度は利香だ。
「……利香ちゃんまで。黙ってる方がいいこともあるんだよ。」
囮にならなければならないので、女性に見えるように変装した自覚があるので、女性らしいことは否定できない。
涙を拭いながら、力なく儀礼はぼやく。


「ああ、そうだよな。柔らかそうな胸の中味が実は追尾型の爆発物だとか、お前が初恋相手に振られたこととか。」
にやりと笑いながら言うディセードに、儀礼は慌てる。
「その話は出すなっ。だいいち振られてない。結婚しちゃっただけ。」


「儀礼に初恋? 知らないな。」
獅子を含め、利香や拓までが首をかしげる。


「あれ。お前、本当にそれすら言ってないのか?」
ディセードは意外そうに言う。
「そこらへんは僕、ミステリアス(神秘的な雰囲気)で通ってるから……。」
「お前にはミステイク(間違い)しかないだろう。」
にっこりと澄ました顔で笑う儀礼に、あきれたようにディセードは苦笑した。 


「しかし、その格好じゃ、眼鏡型のモニターは無理だな。」
儀礼にとって、まずい話を出してしまったらしいディセードは、強引に話を先に進める。
実際、綺麗に着飾った姿に、儀礼の使うサングラス形のモニターは似合わない。
「ファッション性か……。何種類か作っておくのも手だな。」
儀礼は口元に拳を当てて考え始める。


「考えるのは後だ、ギレイ。今はどうする? 腕に取り付けるタイプにするか?」
町中にあるカメラを使って情報収集しているディセードから、囮である儀礼はその情報を受け取らなければならない。
ディセードが問えば、儀礼は何かをディセードの手に落とす。
「直接指示して。」
儀礼がディセードに渡したのは小型のマイクだった。
耳にかけてハンズフリーで使えるタイプの物。


「妨害も盗聴もされないはず。」
儀礼は、にっこりと自信溢れる笑みを浮かべる。
見ようによっては、妖艶とも取れるような、美女の微笑み。 
「お前、なんで女じゃないんだろうな……。」
「まだ言うか。」
儀礼が銃を抜こうとするので、ディセードは慌ててそのマイクを耳にかける。 
通信機の受信機は、儀礼の耳に付いたイヤリング。


「俺、文字打った方が速いんだが。」
キーを打つまねをして、ぼやくように言うディセードに、
「知ってる。」
そう言って、にやりとまた、儀礼はいたずらな笑みを浮かべた。


 今までの犯行現場から考えて、次の出現場所をいくつか候補に出した。
犯行が行われるのは深夜。
夜会の帰りに酔っ払った女性が一人でふらふらと歩いているところを狙われる。
一人で歩いている女性の方も無用心だが、年末の浮かれた空気の中では意外と多いことだった。


「こことここにカメラは設置されてるな。今までの犯行はカメラには映ってない。映ってたとしても深夜だからな、普通のカメラじゃ判別もできないだろう。」
「赤外線のカメラって、そんなに町の中にあるの?」
ディセードの操るパソコンの画面を覗き込みながら、儀礼は明るいモニター映像に首を傾げる。
「お前、魔法の力知らないだろう。闇か光の属性を使えれば、暗い中でも映像を撮れるんだ。」
目に、留まらない速さでキーを操りながらディセードは言う。
「俺は魔力が少ないから長時間はできないんだけどな。結構個人でやってる奴がいるから、その映像を流してもらってる。」
それは許可なく、という言葉が付くのだろうと思いながら儀礼は納得した。


「お前の精霊、光属性だったよな。人を探したりとかできるんじゃないか?」
「あ。」
言われるまで、儀礼は思い付きもしなかった。
銀の腕輪は、儀礼の望む人物を見つけ出してくれる。
ユートラスの女性兵士の時のように。
「でも、こういう、誰だかもわからない犯人の時にも見つけてくれるかなぁ。」
銀の腕輪をさすりながら、儀礼はまた首をかしげる。
「できる? 朝月。」
儀礼はそっと問いかける。


 儀礼の言葉を聞いた直後、腕輪は白く輝きだし、儀礼の瞳の中にビーツの町中を映し出した。
薄暗い森の中、明るい人家、大きな通り、薄暗い道。
町の中全てを目が回る勢いで朝月は映し出す。
一瞬、その勢いにくらりとして、儀礼は目をつぶった。
「うっ。今は、まだ犯人は動いてないみたいだ。見つからない。候補みたいのは何人もいたけど、証拠がないから、今すぐは無理。」
だめだった、と悔しそうに儀礼は呟く。


「なら、やっぱり作戦を実行するしかないな。」
「やっぱり、やるしかないのか。はぁ。」
その格好で外へ出ることにまだ、決心の付かない儀礼は小さく溜息を吐く。
しかし、儀礼がやらなければ、迷うことなくリーシャンが飛び出していきそうだった。

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