ギレイの旅
ディーと捕り物1
「また来てたな、センバート夫妻からの仕事を受けるって旨の依頼。」
当たり前のようにディセードが言った。
無事、メロディーとは仲直りしてきたようだ。
友人の危機が去って儀礼は一安心ではあるが、しかし。
ディセードの言うそれは、儀礼の、個人宛に届いたメッセージの内容である。
「もう、今更ダケドサ……。」
ネットの中に、『アナザー』に侵入できない場所などない。
「でも、そうなんだよね。危ないからって、何度も説明してるのに。なかなか分かってもらえない。」
悲しみに似た表情で儀礼はパソコンのメッセージを読み返す。
その二人から来る依頼は、儀礼が『蜃気楼』だから、ではない。
儀礼のファンだと言って憚らない、主に、妻であるツイーラルからの「手伝わせてほしい」というお願いなのだ。
「二人の住むお屋敷には、警備を付けさせてもらってるから、今のところは安全だと思うんだけど。」
「それ、勝手につけた護衛ロボットだよな……。」
儀礼は『Sランク』になって二人に仕事を断ると同時に、極秘に小型のロボットを派遣していた。
虫型の小さなロボットだが、屋敷の屋根や塀に張り付いて、侵入しようとする不審者にはその刃のように鋭い羽で攻撃するようにできている。
一体一体は小型だが、数がいるので、侵入者を追い払う程度の効果はあるだろう。
今のところ、本人達には不審なチョウだとは、気付かれていない。
その時、ノックと同時に、バンッ、とディセードの部屋の扉が開いた。
「兄さん。この依頼、請けるわよ。」
入ってきたリーシャンは、冒険者ギルドから仕事を請けて帰って来たらしい。
依頼書の内容はこの年末、町を騒がせる暴行犯の捕縛。
犯人は、帰宅の遅くなった若い女性を狙っているという。
「陰湿でしょ。私こういうのって絶対許せないのよ。」
いきり立つようにしてリーシャンは拳を握り締めている。
「うちのすぐ近くでも犯行があったのよ。アナスターの名を貶めるような行為は許せないわ。屋敷の近辺の安全を保つのも貴族の役目よ。」
バン、と机の上に依頼書を叩きつけてリーシャンは睨むようにディセードを見る。
そのディセードは、いつも通りにネットの住人になりかけていたところだ。
儀礼と話しながらだったので、半分だけと言うのかもしれないが。
妹の行動に、呆れたようにディセードは息を吐く。
「それで、どうやって捕まえるつもりだよ。まさか……。」
「そうよ、囮を使うに決まってるじゃない。」
ディセードの言葉を受けて、当たり前のようにリーシャンは言った。
堂々とした態度だ。
「囮って、相手がどんな人物かも分かっていないのに、危ないですよ。」
目の前で張り切るリーシャンを儀礼は引き止める。
「大丈夫。私、これでも冒険者ランクCなのよ。」
得意そうに腰に手を当て、リーシャンは言う。
「C……。」
犯人が一般の者であるなら、十分対応しきれる実力だが、もし犯人がそれ以上の冒険者であったならば、危険極まりない作戦だ。
「心配なら私が行こうか、ギレイ君? リーシャンさんよりは私の方が強いだろうし。」
リーシャンの後ろにいたらしい白が、遠慮がちに部屋の中に入ってきた。
マントを羽織っているところを見ると、一緒に冒険者ギルドへと行っていたらしい。
そして、リーシャンを心配したように白は申し出た。
身体能力も高いし、魔法が使える分、リーシャンよりは白の方が有利ではあるだろう。
しかし、その二人を見比べて、儀礼は諦めたように息を吐いた。
小さく片手を挙げる。
「わかりました、僕がやります。」
肩を落として儀礼は言った。
Cランクの貴族の女性や、自分より幼くて小さい白に、危険を押し付けることはできなかった。
「いいのよ、無理しないで。あなたまだDランクなんでしょう?」
気遣うようにリーシャンは言う。
「いえ、大丈夫です。美味しい料理のお礼がしたいんで、やらせてください。」
 にっこりと笑って儀礼が言えば、リーシャンは照れたように赤くなり、両手で頬を押さえた。
「何、ついでにうちの妹をたぶらかしてんだよ。」
「人聞き悪いこと言わないでよ。お礼がしたいって言ってるだけだろ。」
してもいないことをさも当然のように言われても困る。
「しかし、それ、複数犯だぞ。」
複数のパソコンを操りながらディセードが言った。
いつの間にか、ネットの住人化している。
「複数犯? どっかの不良グループとかってこと?」
ディセードの操るパソコンのモニターに視線を合わせ、儀礼は問いかける。
「いや、そうじゃない。そういう奴らもいるんだが、まったく別でも犯行が起こってる。事件の数は多いし、今、ビーツの町中の夜は、本気で物騒なんだ。」
眉間にしわを寄せてディセードは言う。
「いつ頃から?」
自分のパソコンを起動しながら、儀礼が問う。
「数週間なんだが、事件が起こり始めた頃より、ここ数日は格段に犯行の数が増えてる。」
「複数犯ね。一部捕まえただけじゃダメってことか。リーシャン、その依頼、依頼書に書かれてるよりずっと難しいよ。ランクを上げてもらいたいくらいだね。」
「ギレイ、やばい。裏でおかしな薬品が流れてる。ここまで広まるまで気付かなかったとは、俺としたことが、自分の膝元でやられたな。」
ディセードの言葉に、儀礼はその画面へと視線を向ける。
「ネットを一切媒介しない売り方してたんだね。おかげで他の町には広がってないみたいだけど。成分表は? これか――やられたね。これ危ないんじゃない。すぐ中和薬は作れるけど、これだと、実際の被害者の数、もっと多いと思う……。」
真剣な表情でモニターを睨む儀礼。
「記憶にないって奴か。酒のせいだと思うだろうな。場合によっちゃ、夢の中の出来事だと思ってる可能性もあるな。」
考え込むように渋い顔で次々と移るモニターの画面を追っているディセード。
高速に動く指先、次々と進められる理解不能の会話。
リーシャンと白はパソコンに向かった二人の様子に呆然としてしまった。
「これが、ギレイ・マドイの実力……パソコンに向き合った兄さんと、まともに会話できる人って、私、初めて見たわ……。」
「初めてって、そんなおおげさな。」
リーシャンの言葉に白はどう答えてよいのか困る。
「兄さんなんて、私から言わせれば、半分ネット廃人よ。」
「誰が廃人だ!」
パソコンに向かっていたはずのディセードが怒鳴るように言い返す。
「いや、合ってるんじゃない? それ。」
くすりと笑って儀礼は答えた。
ネットの超人『アナザー』ならば、常人の世界ではきっと、「廃人」と呼ばれていそうだ。
「なら、お前は研究職の廃人代表だろう。」
睨むようにディセードは今度は儀礼を見る。
「僕のどこが廃人だ。」
パソコンをいじりながら、儀礼は答える。
「寝ない、食わない、研究中、だろ。ほら。」
廃人じゃねぇか、とディセードは笑う。
その二人の手元で、犯罪に利用された薬品を作る工場へと『アナザー』特性ウイルスが送り込まれていることなど、廃人と呼ばれる二人以外、知る由もなかった。
当たり前のようにディセードが言った。
無事、メロディーとは仲直りしてきたようだ。
友人の危機が去って儀礼は一安心ではあるが、しかし。
ディセードの言うそれは、儀礼の、個人宛に届いたメッセージの内容である。
「もう、今更ダケドサ……。」
ネットの中に、『アナザー』に侵入できない場所などない。
「でも、そうなんだよね。危ないからって、何度も説明してるのに。なかなか分かってもらえない。」
悲しみに似た表情で儀礼はパソコンのメッセージを読み返す。
その二人から来る依頼は、儀礼が『蜃気楼』だから、ではない。
儀礼のファンだと言って憚らない、主に、妻であるツイーラルからの「手伝わせてほしい」というお願いなのだ。
「二人の住むお屋敷には、警備を付けさせてもらってるから、今のところは安全だと思うんだけど。」
「それ、勝手につけた護衛ロボットだよな……。」
儀礼は『Sランク』になって二人に仕事を断ると同時に、極秘に小型のロボットを派遣していた。
虫型の小さなロボットだが、屋敷の屋根や塀に張り付いて、侵入しようとする不審者にはその刃のように鋭い羽で攻撃するようにできている。
一体一体は小型だが、数がいるので、侵入者を追い払う程度の効果はあるだろう。
今のところ、本人達には不審なチョウだとは、気付かれていない。
その時、ノックと同時に、バンッ、とディセードの部屋の扉が開いた。
「兄さん。この依頼、請けるわよ。」
入ってきたリーシャンは、冒険者ギルドから仕事を請けて帰って来たらしい。
依頼書の内容はこの年末、町を騒がせる暴行犯の捕縛。
犯人は、帰宅の遅くなった若い女性を狙っているという。
「陰湿でしょ。私こういうのって絶対許せないのよ。」
いきり立つようにしてリーシャンは拳を握り締めている。
「うちのすぐ近くでも犯行があったのよ。アナスターの名を貶めるような行為は許せないわ。屋敷の近辺の安全を保つのも貴族の役目よ。」
バン、と机の上に依頼書を叩きつけてリーシャンは睨むようにディセードを見る。
そのディセードは、いつも通りにネットの住人になりかけていたところだ。
儀礼と話しながらだったので、半分だけと言うのかもしれないが。
妹の行動に、呆れたようにディセードは息を吐く。
「それで、どうやって捕まえるつもりだよ。まさか……。」
「そうよ、囮を使うに決まってるじゃない。」
ディセードの言葉を受けて、当たり前のようにリーシャンは言った。
堂々とした態度だ。
「囮って、相手がどんな人物かも分かっていないのに、危ないですよ。」
目の前で張り切るリーシャンを儀礼は引き止める。
「大丈夫。私、これでも冒険者ランクCなのよ。」
得意そうに腰に手を当て、リーシャンは言う。
「C……。」
犯人が一般の者であるなら、十分対応しきれる実力だが、もし犯人がそれ以上の冒険者であったならば、危険極まりない作戦だ。
「心配なら私が行こうか、ギレイ君? リーシャンさんよりは私の方が強いだろうし。」
リーシャンの後ろにいたらしい白が、遠慮がちに部屋の中に入ってきた。
マントを羽織っているところを見ると、一緒に冒険者ギルドへと行っていたらしい。
そして、リーシャンを心配したように白は申し出た。
身体能力も高いし、魔法が使える分、リーシャンよりは白の方が有利ではあるだろう。
しかし、その二人を見比べて、儀礼は諦めたように息を吐いた。
小さく片手を挙げる。
「わかりました、僕がやります。」
肩を落として儀礼は言った。
Cランクの貴族の女性や、自分より幼くて小さい白に、危険を押し付けることはできなかった。
「いいのよ、無理しないで。あなたまだDランクなんでしょう?」
気遣うようにリーシャンは言う。
「いえ、大丈夫です。美味しい料理のお礼がしたいんで、やらせてください。」
 にっこりと笑って儀礼が言えば、リーシャンは照れたように赤くなり、両手で頬を押さえた。
「何、ついでにうちの妹をたぶらかしてんだよ。」
「人聞き悪いこと言わないでよ。お礼がしたいって言ってるだけだろ。」
してもいないことをさも当然のように言われても困る。
「しかし、それ、複数犯だぞ。」
複数のパソコンを操りながらディセードが言った。
いつの間にか、ネットの住人化している。
「複数犯? どっかの不良グループとかってこと?」
ディセードの操るパソコンのモニターに視線を合わせ、儀礼は問いかける。
「いや、そうじゃない。そういう奴らもいるんだが、まったく別でも犯行が起こってる。事件の数は多いし、今、ビーツの町中の夜は、本気で物騒なんだ。」
眉間にしわを寄せてディセードは言う。
「いつ頃から?」
自分のパソコンを起動しながら、儀礼が問う。
「数週間なんだが、事件が起こり始めた頃より、ここ数日は格段に犯行の数が増えてる。」
「複数犯ね。一部捕まえただけじゃダメってことか。リーシャン、その依頼、依頼書に書かれてるよりずっと難しいよ。ランクを上げてもらいたいくらいだね。」
「ギレイ、やばい。裏でおかしな薬品が流れてる。ここまで広まるまで気付かなかったとは、俺としたことが、自分の膝元でやられたな。」
ディセードの言葉に、儀礼はその画面へと視線を向ける。
「ネットを一切媒介しない売り方してたんだね。おかげで他の町には広がってないみたいだけど。成分表は? これか――やられたね。これ危ないんじゃない。すぐ中和薬は作れるけど、これだと、実際の被害者の数、もっと多いと思う……。」
真剣な表情でモニターを睨む儀礼。
「記憶にないって奴か。酒のせいだと思うだろうな。場合によっちゃ、夢の中の出来事だと思ってる可能性もあるな。」
考え込むように渋い顔で次々と移るモニターの画面を追っているディセード。
高速に動く指先、次々と進められる理解不能の会話。
リーシャンと白はパソコンに向かった二人の様子に呆然としてしまった。
「これが、ギレイ・マドイの実力……パソコンに向き合った兄さんと、まともに会話できる人って、私、初めて見たわ……。」
「初めてって、そんなおおげさな。」
リーシャンの言葉に白はどう答えてよいのか困る。
「兄さんなんて、私から言わせれば、半分ネット廃人よ。」
「誰が廃人だ!」
パソコンに向かっていたはずのディセードが怒鳴るように言い返す。
「いや、合ってるんじゃない? それ。」
くすりと笑って儀礼は答えた。
ネットの超人『アナザー』ならば、常人の世界ではきっと、「廃人」と呼ばれていそうだ。
「なら、お前は研究職の廃人代表だろう。」
睨むようにディセードは今度は儀礼を見る。
「僕のどこが廃人だ。」
パソコンをいじりながら、儀礼は答える。
「寝ない、食わない、研究中、だろ。ほら。」
廃人じゃねぇか、とディセードは笑う。
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