ギレイの旅
誘拐犯の捕縛
「花束だとね、手がふさがっちゃうでしょ。手を繋げなくなっちゃうんだよ。母さんがいつもそう。片手にかばんで、片手に花をいっぱい摘んで。僕は後ろからついてって、落とした花を拾うの。」
儀礼が言えば、ツイーラルがくすくすと笑った。楽しそうだ。
「その花のくきには、保湿の効果がある汁があるから、刻んで布で包んで、お風呂に入れると肌にいいんだって。それで、花びらは一枚ずつはがして浮かべると、香りが増すんだってさ。『やすらぎこうか』って言う匂いだから、寝る時にもいいんだって。図鑑に書いてあった。」
儀礼は得意げに言う。
『レイイチ君は町一番の秀才だった。自分の力で王都の学院へ行く力をつけたよ。そして、本来3年制の学院を2年で卒業資格を得た。』
突如、シュナイは父、テクロ・センバートの言葉を思い出した。
そんな人間が本当にいるとは思わなかった。
いたとしても、身近になんているわけがないという、非現実感の方が強かった。
だが、シュナイは今、確かに実感していた。
軽い重み。細い手足。幼い少年の、世間話として語る言葉は、一般の知識を超えている。
専門職の域。
ほんの短い時間の、ごく一部しか聞いたわけではない。
それでも、その少年の会話に、シュナイの頭には『聡明』という言葉が自然と浮かんできた。
「――そしたらさ、お風呂入った時にも、僕のこと思い出してね。」
いつの間にか、考え込んでいたシュナイははっと会話に意識を戻す。
(美女の入浴中の空間にお邪魔するとは、お前、なかなかいい身分だな。)
「シュナイさんの次でいいから。」
無邪気な少年は継ぎ足すように言う。
(俺もいいご身分だ。)
「本当はね、ポプリにしたら長い時間もつけど、一輪じゃそれには足りないから、やっぱり、香りを出すなら、お湯に入れるからお風呂に入れるのが一番かなぁ。」
シュナイの頭の上で、花の使い道に持ち主でない儀礼が悩んでいる。
「他の花びらと混ぜてポプリにするのもいいわね。この花は一輪でも香りが強いし。」
嬉しそうに瞳を輝かせているツイーラル。本当に、そういう作業が好きなのかもしれない。
そうこうするうちに、ようやく管理局が見えてきた。
その入り口付近は、なんだか物々しい雰囲気。
大勢の警備兵が集まっている。その数、十人以上。
その中心には、このあたりでは珍しい、黒い髪の男。
警備兵とは違い、制服は着ていない。一般人だろう。
シュナイは儀礼を下ろす。
何かあったのなら、すぐに動ける態勢の方がいいだろうと判断した。
しかし、下ろしたとたんに儀礼は駆け出す。
「おい、ギレイ! 危ないかもしれない。何かあったようだ。待てっ。」
シュナイの声に一瞬振り返り、にっこりと笑うと儀礼はまた、子供とは思えない素早さで人ごみを抜けて行ってしまった。
「父さんっ!!」
嬉しそうな儀礼の叫び声が人ごみの間から聞こえてきた。
人ごみを掻き分け、はぐれないよう、シュナイはツイーラルの手をつないだまま、その管理局の入り口まで抜け出てみれば、儀礼が黒髪の男性にしがみついて泣いている。
そう言えば、シュナイは一度だけその男を見たことがあった。
ヨーシアの形見というものを持ってきた親子を父に紹介されたのだ。
珍しい黒髪と、金色の髪の親子。
その時は、特に興味がなかったので、珍しいと思っただけで忘れていた。
シエンに住む、シュナイの小さないとこ。
「ギレイ。良かったな、父親に会えて。」
シュナイが微笑んで言えば、儀礼は恥ずかしそうに涙を拭った。
今さら照れるようなものでもないと、シュナイは思ったが。
「シュナイ・センバートさん。息子がご迷惑をおかけしたんですね。申し訳ございません。」
深々と黒髪の男、礼一が頭を下げる。
シュナイの父に言わせるなら、その人はシュナイの『叔父』に当たることになる。
「気にしないでください。俺も楽しかったんで。美女とも知り合えましたし。」
そう言って、繋いだ手を示せば、ツイーラルが顔を真っ赤に染めた。
思わず勢いで言ってしまった言葉に気付き、シュナイは慌てた。
これでは、シュナイが随分と軽い男のようだった。
「あ、っと、本当に、あなたと出会えたのは幸運だと思ってるんで、信じてもらえると嬉しい。」
シュナイが焦るように言えば、ツイーラルは小さく頷いた。
シュナイは心の中でガッツポーズをしていた。
その時、警備兵の一人が主ないたちの元へと近付いてきた。
「犯人を見つけましたよ。カメラに記録が残ってて良かったですね。すぐに手配できました。今回も未遂で済んで本当に良かったです。」
その男が礼一に言う。
「本当に、うちの息子のせいで迷惑をかけて申し訳ありません。これからは、必ず、管理局の中にいるように言っておきますので。ありがとうございます。皆さんのおかげです。」
礼一は何度も警備兵達に頭を下げて感謝をしている。
「いえ、むしろまたお手柄ですよ。捕まえた男二人が、吐きまして。近くに人さらいの一味がいて、見た目のいい子供を高く買い取ると聞いたと言ってまして。その場所に行ってみれば本当にいたんですよ。隣町で不明になっていた子供二人を保護できましたよ。誘拐犯一味も一網打尽です。」
はっはっはっ、と警備兵が笑う。
「それは、本当に無事で何よりです。うちの子も何事もなく帰ってきて本当に……。」
儀礼の頭をなで、礼一はまた、シュナイとツイーラルの前で頭を下げる。
腰を垂直以上に曲げて、できる限りと言った感じで頭を下げた。
「本当に、息子を連れてきてくださってありがとうございます。命の恩と感じ入り、感謝してもし尽くせません。ぜひ、日を改めて、お礼に伺います。」
何度も、何度も頭を下げて、礼一は言った。
「……父さん、ごめんなさい。」
申し訳なさそうに儀礼は言う。
儀礼のせいで、父は頭を下げているのだと、幼い儀礼にもわかる。
「ばかだな。父さんは、お前が無事で嬉しいから、感謝してるんだ。儀礼が謝る事はない。」
礼一は儀礼の頭を撫でる。
「しかし、以前は管理局の内部での犯行でしたからね。子供の権利を奪うようなことになるので、連れて来るなとは言えませんし、護衛のようなものでも雇ったらいかがです?」
警備兵が言う。
シュナイは先程から気になっていた。
この警備兵の言葉。
『今回も、未遂でよかったですね。』
『以前は管理局内での犯行でした。』
その他にも、『捕まえた男二人』『誘拐犯一味』『子供を二人保護』。
そして、『またお手柄です』。
この親子は一体、どういう生活を送っているのだろうか。
儀礼が言えば、ツイーラルがくすくすと笑った。楽しそうだ。
「その花のくきには、保湿の効果がある汁があるから、刻んで布で包んで、お風呂に入れると肌にいいんだって。それで、花びらは一枚ずつはがして浮かべると、香りが増すんだってさ。『やすらぎこうか』って言う匂いだから、寝る時にもいいんだって。図鑑に書いてあった。」
儀礼は得意げに言う。
『レイイチ君は町一番の秀才だった。自分の力で王都の学院へ行く力をつけたよ。そして、本来3年制の学院を2年で卒業資格を得た。』
突如、シュナイは父、テクロ・センバートの言葉を思い出した。
そんな人間が本当にいるとは思わなかった。
いたとしても、身近になんているわけがないという、非現実感の方が強かった。
だが、シュナイは今、確かに実感していた。
軽い重み。細い手足。幼い少年の、世間話として語る言葉は、一般の知識を超えている。
専門職の域。
ほんの短い時間の、ごく一部しか聞いたわけではない。
それでも、その少年の会話に、シュナイの頭には『聡明』という言葉が自然と浮かんできた。
「――そしたらさ、お風呂入った時にも、僕のこと思い出してね。」
いつの間にか、考え込んでいたシュナイははっと会話に意識を戻す。
(美女の入浴中の空間にお邪魔するとは、お前、なかなかいい身分だな。)
「シュナイさんの次でいいから。」
無邪気な少年は継ぎ足すように言う。
(俺もいいご身分だ。)
「本当はね、ポプリにしたら長い時間もつけど、一輪じゃそれには足りないから、やっぱり、香りを出すなら、お湯に入れるからお風呂に入れるのが一番かなぁ。」
シュナイの頭の上で、花の使い道に持ち主でない儀礼が悩んでいる。
「他の花びらと混ぜてポプリにするのもいいわね。この花は一輪でも香りが強いし。」
嬉しそうに瞳を輝かせているツイーラル。本当に、そういう作業が好きなのかもしれない。
そうこうするうちに、ようやく管理局が見えてきた。
その入り口付近は、なんだか物々しい雰囲気。
大勢の警備兵が集まっている。その数、十人以上。
その中心には、このあたりでは珍しい、黒い髪の男。
警備兵とは違い、制服は着ていない。一般人だろう。
シュナイは儀礼を下ろす。
何かあったのなら、すぐに動ける態勢の方がいいだろうと判断した。
しかし、下ろしたとたんに儀礼は駆け出す。
「おい、ギレイ! 危ないかもしれない。何かあったようだ。待てっ。」
シュナイの声に一瞬振り返り、にっこりと笑うと儀礼はまた、子供とは思えない素早さで人ごみを抜けて行ってしまった。
「父さんっ!!」
嬉しそうな儀礼の叫び声が人ごみの間から聞こえてきた。
人ごみを掻き分け、はぐれないよう、シュナイはツイーラルの手をつないだまま、その管理局の入り口まで抜け出てみれば、儀礼が黒髪の男性にしがみついて泣いている。
そう言えば、シュナイは一度だけその男を見たことがあった。
ヨーシアの形見というものを持ってきた親子を父に紹介されたのだ。
珍しい黒髪と、金色の髪の親子。
その時は、特に興味がなかったので、珍しいと思っただけで忘れていた。
シエンに住む、シュナイの小さないとこ。
「ギレイ。良かったな、父親に会えて。」
シュナイが微笑んで言えば、儀礼は恥ずかしそうに涙を拭った。
今さら照れるようなものでもないと、シュナイは思ったが。
「シュナイ・センバートさん。息子がご迷惑をおかけしたんですね。申し訳ございません。」
深々と黒髪の男、礼一が頭を下げる。
シュナイの父に言わせるなら、その人はシュナイの『叔父』に当たることになる。
「気にしないでください。俺も楽しかったんで。美女とも知り合えましたし。」
そう言って、繋いだ手を示せば、ツイーラルが顔を真っ赤に染めた。
思わず勢いで言ってしまった言葉に気付き、シュナイは慌てた。
これでは、シュナイが随分と軽い男のようだった。
「あ、っと、本当に、あなたと出会えたのは幸運だと思ってるんで、信じてもらえると嬉しい。」
シュナイが焦るように言えば、ツイーラルは小さく頷いた。
シュナイは心の中でガッツポーズをしていた。
その時、警備兵の一人が主ないたちの元へと近付いてきた。
「犯人を見つけましたよ。カメラに記録が残ってて良かったですね。すぐに手配できました。今回も未遂で済んで本当に良かったです。」
その男が礼一に言う。
「本当に、うちの息子のせいで迷惑をかけて申し訳ありません。これからは、必ず、管理局の中にいるように言っておきますので。ありがとうございます。皆さんのおかげです。」
礼一は何度も警備兵達に頭を下げて感謝をしている。
「いえ、むしろまたお手柄ですよ。捕まえた男二人が、吐きまして。近くに人さらいの一味がいて、見た目のいい子供を高く買い取ると聞いたと言ってまして。その場所に行ってみれば本当にいたんですよ。隣町で不明になっていた子供二人を保護できましたよ。誘拐犯一味も一網打尽です。」
はっはっはっ、と警備兵が笑う。
「それは、本当に無事で何よりです。うちの子も何事もなく帰ってきて本当に……。」
儀礼の頭をなで、礼一はまた、シュナイとツイーラルの前で頭を下げる。
腰を垂直以上に曲げて、できる限りと言った感じで頭を下げた。
「本当に、息子を連れてきてくださってありがとうございます。命の恩と感じ入り、感謝してもし尽くせません。ぜひ、日を改めて、お礼に伺います。」
何度も、何度も頭を下げて、礼一は言った。
「……父さん、ごめんなさい。」
申し訳なさそうに儀礼は言う。
儀礼のせいで、父は頭を下げているのだと、幼い儀礼にもわかる。
「ばかだな。父さんは、お前が無事で嬉しいから、感謝してるんだ。儀礼が謝る事はない。」
礼一は儀礼の頭を撫でる。
「しかし、以前は管理局の内部での犯行でしたからね。子供の権利を奪うようなことになるので、連れて来るなとは言えませんし、護衛のようなものでも雇ったらいかがです?」
警備兵が言う。
シュナイは先程から気になっていた。
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