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ギレイの旅

千夜ニイ

花の香り

 管理局への道のりは楽しかった。
色んな店の物をシュナイが儀礼に教えてくれて、一口で食べられるお菓子みたいなものも儀礼に買ってくれた。
受け取れない、と儀礼が困れば、女の前で恥をかかせる気か? とよく分からない理由で儀礼は怒られた。
そうして、おいしいお菓子をくれる。


 父は人からもらってはいけないと言ったが、もらわなければシュナイは怒る。
世の中はよく分からない、と儀礼は首を傾げる。
大事なのは感謝すること。
「ありがとうございます。シュナイさん。」
母の言葉を思い出し、儀礼は最大限の笑顔で、シュナイに感謝の気持ちを伝えた。


「子供らしい顔、できるんだな。」
シュナイはそう言って、くしゃくしゃと儀礼の頭を優しくなでた。
その笑顔が、血の繋がっていないはずの父に似ていて、儀礼は思わずシュナイにしがみついた。
また、涙がにじんできた。
これでは儀礼が、泣き虫だと思われてしまう。
実際、泣き虫なのだが、できる限り否定はしてみたかった。


「おい、これじゃ歩けないぞ。」
困ったように笑って、シュナイは軽々と儀礼を首の上へと座らせた。
儀礼の視界は一気に高くなった。
シュナイの背は、儀礼の父より高かった。
辺り一面が見渡せるようだった。
儀礼はツイーラルの手を握る。
それから、視界のずっと端に、儀礼の知っている建物があって、儀礼は思わず指を差した。


 しかし、それを言ってしまえば、またここで二人との別れになってしまうかもしれない。
そう思ったら、儀礼は何も言えなかった。言いたくなかった。
儀礼はその知っている建物のことを黙っていることにした。


「あっちがどうした?」
頭の上で、前を指差した儀礼に、シュナイが訊ねる。
その隣りに寄り添うようにツイーラルが立っている。
儀礼が肩車になったので、二人の間の距離が縮まったらしい。


「あ、あの。お姉さんと同じにおいがする。」
風に乗って儀礼の鼻に、ツイーラルから香る甘くて爽やかな香りが漂ってきた。
「私と同じ?」
ちょっと困ったように、ツイーラルは恥ずかしそうな顔をする。
子供が言うからまだいいが、他人から言われて、気になる言葉ではある。


「ああ、なるほど。」
儀礼の指差した店に気付き、シュナイは笑った。
「お前、鼻がいいんだな。さすがは山育ち。」
シュナイが言って歩き出す。


「あっ、あのっ。私の匂いって、匂いますか? ごめんなさい。」
顔を真っ赤にして、ツイーラルはうつむく。
しかし、その手を儀礼がしっかりと握っているので離れることができないようだった。
頬を赤く染めながら、少し困ったような表情をしながらも、手を引かれてついてくる美しい女性。
その可愛らしさに、シュナイは思わず抱きしめたくなった。


「いいや、大丈夫。とてもいい香りですよ。ほら。」
儀礼が示し、シュナイがやってきた場所は、町の中に似車を置いた花屋の露店だった。
「お姉さんの匂い。」
たくさんの花を見て、儀礼は言う。シュナイの頭の上で。
「本当に、ツイーラルの香りだ。」
近くにあった花に顔を近づけて、シュナイは花の香をかぐ。


「まぁ。ありがとう。」
ふぅ、と安堵したような息を吐き、次にたくさんの花を見てツイーラルは微笑む。
「綺麗ね。花の香りって、コロンのことね。花の香料から作ってるの。」
嬉しそうにツイーラルは笑う。


「お姉さんが作ってるの!?」
儀礼が驚いた声を上げる。
「そうよ。庶民はお店で売ってるような高い物は買えないもの。私は花を集めて煮詰めて作るけど、絞ったり、お風呂に入れる人もいるわ。乾燥させてハーブと一緒にポプリにもするし。」
にっこりと微笑むツイーラルの方が、花のように美しかった。


「降りる。」
言って、儀礼は身軽にシュナイの肩から飛び降りた。
「おばさん、一本でもいい?」
儀礼が聞けば、店のおばさんはもちろん、と優しく笑った。
儀礼はポケットの中を確かめる。パンを一つ買う程度のお金しか入っていない。
それでも、花の一本くらいなら買えるだろう。


 値札を見て、安い物の中から、綺麗な花を探す。
「バカだな。こういう時は値段じゃなくて、気持ちだろ。」
言って、言葉とは逆に、シュナイは高い方の花を選ぶ。
一本でも主役になれる、美しく香りの良い高価な花々。


「一本でいいの!」
いくつかを取ろうとしたシュナイの手を儀礼が遮る。
「何でお前が決めるんだよ。」
怒ったようにシュナイが言うが、儀礼は一本で店主と交渉を進める。
大量購入で大量収入の機会を失ったおばさんは、それでも、小さな客に優しく接してくれた。


 儀礼が花を持っていけば、仕方なくシュナイは店主に金を払う。
もちろん、後で親に請求するつもりだった。
「はい、お姉さん。」
儀礼は嬉しそうにその花をツイーラルに差し出す。
「お前は、それを誰が買ったと思ってるんだ?」
高くはないが、花一本と考えるなら、安くはない値段だった。


 儀礼はキョトンと首を傾げる。
子供に言っても無駄か、とシュナイは諦めの溜息を吐いた。
儀礼はその花をどういうわけか、ツイーラルの手首に当てる。
そして、花の茎に爪で筋を何本も入れると器用にツイーラルの手首に結びつけた。
その手には花のブレスレットが出来上がっていた。


 普通なら、花の重みで下に花が落ちてしまいそうなのに、結び目がしっかりしているためか、花はしっかりと


手の甲の方に乗っている。
本当に、ブレスレットのようだった。その上、いい香りがする。
「シュナイさんから。僕を送ってくださったお礼です。ブレスレットは僕からだよ!」
にっこりと笑って、儀礼が言えば、シュナイはまた、儀礼を首の上に乗せた。


「まぁ、そういう訳なんで、お礼です。」
シュナイもツイーラルに笑いかける。
すでに腕にはめられてしまえば、断ることもできない。
一本なので、高いわけでもない。確かに、お礼で通る範囲だった。
儀礼はまた、ツイーラルの手を握る。その手には花の飾り。
甘い匂いが香った。

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