ギレイの旅

千夜ニイ

シュナイ・センバート

 シュナイは、気品のある笑みを浮かべてツイーラルへと近付いてくる。
「いえ、用があるのは私ではなくこの子です。って、あら?」
ツイーラルが儀礼を示そうとすれば、儀礼は慌ててツイーラルの腰をつかんで背中に隠れる。
本当に、儀礼に青年を呼ぶつもりなどなかったのだ。


「ごめんなさい。この子が呼んだので、知り合いだとばかり……。失礼をいたしました。」
ツイーラルが丁寧にシュナイに頭を下げる。
しかし、ツイーラルは何も悪くない。
そう思うのに、儀礼はツイーラルの体につかまって震えることしかできなかった。


「その子は妹さんですか?」
儀礼の態度を気にした様子もなく、シュナイはにこやかにツイーラルに話し掛ける。
その姿はとても好青年だと感じられるものだった。
「違うわ。男の子なの。うちの近くで迷子になっていて、父親が管理局にいるんですって。だから、管理局へ向かう途中だったんです。そこでこの子があなたの名前を呼んだものですから。」
もう一度、ツイーラルは頭を下げる。


「いいよ。気にしなくて。それよりも、僕の名を知っていてもらえたことの方が光栄だ。特に、あなたのような美人には。」
最後の言葉に力を込めて、シュナイが言えば、ツイーラルは照れたように微笑む。
「ありがとうございます。センバート家は有名ですもの。」
「しかし、管理局まで遠いですよね。お送りしますよ。迷子の坊やも不安だろうし。」
そう言って、シュナイはツイーラルの後ろに隠れる儀礼の顔を覗き込んだ。


 金色の髪に、茶色の瞳。混血だろうと人目で分かる姿。
儀礼はもう黙っているわけにはいかなかった。
「お久しぶりです。祖母の遺品をお届けした時に、父とお邪魔いたしました。ギレイ・マドイです。父の名はレイイチ・マドイ。ヨーシアの息子です。ご当主のテクロ様にはいつも多大なご恩をたまわり、日頃より深く感謝いたしております。」
儀礼は頭を下げる。


 幼い儀礼の長くて早口な挨拶に、大人二人はぽかんと口を開けてしばし、呆然としていた。


 顔を上げた儀礼は首を傾げる。あいさつは、うまくできなかっただろうか、と。
緊張して、早口になってしまった自覚はあった。
なので、もう一度ゆっくりとした方がいいのか悩む。
それとも、もう怒らせてしまったのだろうか、と。
シュナイが黙っているので、儀礼はそっとツイーラルの顔をうかがう。
不安そうにその手を握った。


「すごい! ギレイ君、そんな挨拶ができるのね。すごいわ。かわいい!」
そう言って、ツイーラルは儀礼の頭を抱きかかえた。
やっぱり、ツイーラルからはとってもいい匂いがする。
そして、儀礼を包む柔らかい感触が、とても気持ちよかった。


「あのっ。」
儀礼は身動きできないことに困り、ツイーラルに遠慮がちに声をかける。
「あ、ごめんなさい。あんまり可愛いからつい。」
我を忘れてしまったわ、と小さく付け加えられた。


「ギレイ……どこかで聞いた。……ヨーシア。ヨーシア母さん……ああ、親父の二番目の母親か!」
思い出したようにシュナイが叫んだ。
「そう言えば、どこかに嫁いで子供がいるって。って、ことは、お前はその子供の子供……ってことか? ああ、ややこしい!」
シュナイが乱暴に頭をかきむしる。


「えっと、テクロ様が、ジャックさんとシュナイさんは僕のいとこにあたる、とおっしゃいました。血の繋がりはないので、迷惑をかけるなと父に言われてたのですが、お引き止めしてすみません……。」
言いながら、儀礼の目からはまた涙があふれてくる。
黙って約束の場所を離れ、変な男に追われ、そして、迷惑をかけてはいけない人に、迷惑をかけてしまった。
儀礼はきっと怒られると、思っただけで涙はあふれ出す。


 流れ出た涙を、ツイーラルはまたいい香りのハンカチで優しく拭いてくれた。
「大丈夫よ。センバート家のテクロ様も、シュナイ様もお優しい方と聞いてるわ。きっと許してくださるわよ。ですよね?」
ツイーラルが不安そうにシュナイを振り返れば、シュナイは頬を軽く染め、一瞬見惚れた。
そして、即座に頷く。
「ああ、もちろんだ。父がマドイの家には優しく面倒を見てやれと言っている。何の心配もいらない。俺が父親の所に送ってやるよ。」
胸を張ってシュナイが言えば、ツイーラルは嬉しそうに微笑む。


「よかった。本当に、噂通りに優しい方なのね。」
その表情に、儀礼もシュナイもうっとりと見惚れる。
「でも、それならもう大丈夫ね。センバート様にお任せすれば、すぐにお父さんも見つかるわ。よかったわね。」
そう言って、ツイーラルは背を向けて行ってしまおうとする。
たった一度しか会ったことのない、血の繋がらない青年の元に、儀礼一人を残して。


 急に儀礼は不安になった。
あの見知らぬ男達に追われたことを思い出す。


「待って、行かないで、やだ!!」
儀礼は必死に走ってツイーラルの手を掴んだ。
「お姉さんと一緒がいいっ。」
もう、涙が流れることにかまっていられなかった。
儀礼は両手で、ツイーラルの手を握り締めた。


「あの、申し訳ないんですが、俺からもお願いします。急ぎの用がなければでいいので、この子を親に届けるまで一緒に居てあげてもらえませんか?」
シュナイが伺うように問いかければ、ツイーラルは頷くかわりに微笑んだ。
「もちろんよ。もともとはそのつもりだったんだから。そうね。ここで帰るなんて、無責任よね。」
ツイーラルはくすりと笑って儀礼の涙を拭う。


 そうして、儀礼はツイーラルとシュナイと共に管理局へと向かったのだった。

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