ギレイの旅
迷子の中の出会い
10分ほど歩いた頃だろうか。
儀礼の食べていたあめはもうすぐ消えてなくなってしまうほど小さくなっていた。
周りの道は、大きな屋敷が並んでいる通りになっていた。
走って逃げている時、儀礼はこんな道は通らなかった。
広い道だけれど、人通りは少ない。
たまに馬車がゆっくりと走り抜けていく。
「気をつけてね。飛ばして行く人はいないけど、邪魔をしたら大変だから。」
道の端を歩きながら、ツイーラルが言った。
馬車に乗る上流の人の通行の邪魔をすれば、痛い目で済まないかもしれない。
儀礼は頷いた。
なぜか儀礼は、このあたりを見たことがある気がしていた。
来たことがあるとしても、おそらく一度くらい。他には心当たりがない。
(なんで来たんだっけ。たしか、父さんと……。)
考えるが、儀礼の頭にはその記憶が浮いてこない。
おそらく、儀礼が来たのは随分と小さい頃なのだろう。
父に抱っこされて、歩いたのかもしれなかった。
その時、屋敷の一つから、青年が一人出てきた。
儀礼たちの歩く端と道の反対側。
大きな屋敷の門を閉じて、少し前方からすれ違うように歩いてくる。
道を挟んでいるので、近いわけではないが、青年は離れていても分かる質のいい服、高そうなデザイン性のある茶色のハンターキャップを身につけている。
左手には大きめな本か冊子を抱えていた。
こんがり焼いたトーストのようなきつね色の髪、バターのように黄色っぽい瞳。
その、パンのような色合いの人物を見て、儀礼の記憶は呼び起こされた。
「シュナイさん! シュナイ・センバートさん!」
儀礼は、通りの向かいを歩く青年の名を叫んでいた。
決して儀礼に、青年を呼んだつもりはなかった。
しかし、目の前で自分のフルネームを呼ばれれば、誰でも反応するだろう。
ましてやその先に、美しい女性が微笑んでいたとしたなら。
「何か御用ですか?」
青年は道を通る馬車がないことを確かめて、広い道を渡ってきた。
目の前にある館の持ち主、センバート家の次男。シュナイ・センバート。
センバート家は町の中では有名な方なので、町人の誰かに聞けば分かる。
だから、町で何かあった時には頼りなさいと、父に言われていたことを儀礼は思い出した。
最初で最後の出会いは、儀礼の祖母、ヨーシアの亡くなった時だった。
儀礼の祖母が亡くなったのは3年前で、儀礼はその時3歳だった。
父に連れられ、この大きな屋敷に、ヨーシアの遺品を届けに来たのだ。
ヨーシアの生い立ちは少し複雑で、貧しい家に生まれた、美しい娘で、売られるかわりにセンバート家に後妻に入った。
その時、ヨーシアは16歳。
当主のセンバート氏には10歳の長男テクロと、5歳の次男ホーロがいた。
ヨーシアは二人の息子の義理の母になったのだ。
ヨーシアは親身になって惜しみなく二人の息子に愛情を注いだ。
そのかいあってか、二人の息子ともヨーシアを慕い、微笑ましく暖かい家族ができつつあった。
しかし4年後、センバート氏は突然の病に倒れ、命を失った。
家君を失った家は悲劇に見舞われる。
長男テクロは、その時14歳。あと半年も待てば、成人と認められる歳。
テクロの成人をもって、センバート家は保たれる。
しかし、醜い親類の欲により、ヨーシアは遺産を狙う悪い女とされた。
血の繋がりのない若い義母と息子では間違いが起こってもおかしくない。
またこのままでは、先代の持っていた物の半分とヨーシアに与えられた宝石などはヨーシアの物となる。
それが、欲深い者には許せなかった。
全ては長男テクロの物であると主張して、その後見人を誰が務めるかで揉める。
親戚たちの話し合いの中で、いつしか、ヨーシアは、山奥にある村の独り身の男の元へ嫁ぐことが決まっていた。
ヨーシアに反対する権利はなかった。
当主になったばかりのテクロにも、大勢の大人たちを黙らせるような力はなかった。
そうして、テクロとホーロは二人目の母を失った。
屋敷に使用人は何人もいた。
けれど、親となる者はもう、二人にはいなかった。
毎月届けられる、ヨーシアからの手紙が二人の宝でもあった。
センバート家の当主となったテクロは、ヨーシアに恩と親子という愛情を持っていた。
しかし、周りの大人に逆らう力がなかった。
そして、その力を持った頃には、ヨーシアは礼一という本当の子を持ち、幸せそうに暮らしていた。
だから、困ったことがあったらいつでも頼ってくれと、そう言うだけで、他に何もできなかった。
ヨーシアが「息子を学校に行かせてあげたい」、と言った時には、テクロは二つ返事で請合った。
貧しい家で育ち、勉学に縁のなかったヨーシアはセンバート家に嫁ぎ、恥をかかないようにと教育を受けた。
それが、礼一に受け継がれていた。
また、ヨーシアの夫になった修一郎という男も、噂に聞く変人ではあったが、常人にはない知識と技術を持っていた。
それが、礼一という少年を秀才と呼ばれるまでに育てあげていたのだ。
親類の反対を押し切って、テクロは義理の弟として、礼一を学校に入学させた。
礼一はそこですぐに才覚を現した。
テクロは先見の才があると、親族から誉めそやされた。
それでも、親類たちから見た礼一は、あくまで他村の、田舎の平民の子。
親類たちは一族の中に迎え入れようとはしなかった。
そしてまた礼一という少年も、「自分はシエンの戦士である」と言って、テクロの申し出を断り、自力で王都の学院への道を切り開いたのだった。
※長い説明になった。
つまり、このシュナイ・センバートという青年は、儀礼の祖母が義理の母をしていた男の息子。
血の繋がらないいとこ、または、まったくの他人という関係だった。
儀礼の食べていたあめはもうすぐ消えてなくなってしまうほど小さくなっていた。
周りの道は、大きな屋敷が並んでいる通りになっていた。
走って逃げている時、儀礼はこんな道は通らなかった。
広い道だけれど、人通りは少ない。
たまに馬車がゆっくりと走り抜けていく。
「気をつけてね。飛ばして行く人はいないけど、邪魔をしたら大変だから。」
道の端を歩きながら、ツイーラルが言った。
馬車に乗る上流の人の通行の邪魔をすれば、痛い目で済まないかもしれない。
儀礼は頷いた。
なぜか儀礼は、このあたりを見たことがある気がしていた。
来たことがあるとしても、おそらく一度くらい。他には心当たりがない。
(なんで来たんだっけ。たしか、父さんと……。)
考えるが、儀礼の頭にはその記憶が浮いてこない。
おそらく、儀礼が来たのは随分と小さい頃なのだろう。
父に抱っこされて、歩いたのかもしれなかった。
その時、屋敷の一つから、青年が一人出てきた。
儀礼たちの歩く端と道の反対側。
大きな屋敷の門を閉じて、少し前方からすれ違うように歩いてくる。
道を挟んでいるので、近いわけではないが、青年は離れていても分かる質のいい服、高そうなデザイン性のある茶色のハンターキャップを身につけている。
左手には大きめな本か冊子を抱えていた。
こんがり焼いたトーストのようなきつね色の髪、バターのように黄色っぽい瞳。
その、パンのような色合いの人物を見て、儀礼の記憶は呼び起こされた。
「シュナイさん! シュナイ・センバートさん!」
儀礼は、通りの向かいを歩く青年の名を叫んでいた。
決して儀礼に、青年を呼んだつもりはなかった。
しかし、目の前で自分のフルネームを呼ばれれば、誰でも反応するだろう。
ましてやその先に、美しい女性が微笑んでいたとしたなら。
「何か御用ですか?」
青年は道を通る馬車がないことを確かめて、広い道を渡ってきた。
目の前にある館の持ち主、センバート家の次男。シュナイ・センバート。
センバート家は町の中では有名な方なので、町人の誰かに聞けば分かる。
だから、町で何かあった時には頼りなさいと、父に言われていたことを儀礼は思い出した。
最初で最後の出会いは、儀礼の祖母、ヨーシアの亡くなった時だった。
儀礼の祖母が亡くなったのは3年前で、儀礼はその時3歳だった。
父に連れられ、この大きな屋敷に、ヨーシアの遺品を届けに来たのだ。
ヨーシアの生い立ちは少し複雑で、貧しい家に生まれた、美しい娘で、売られるかわりにセンバート家に後妻に入った。
その時、ヨーシアは16歳。
当主のセンバート氏には10歳の長男テクロと、5歳の次男ホーロがいた。
ヨーシアは二人の息子の義理の母になったのだ。
ヨーシアは親身になって惜しみなく二人の息子に愛情を注いだ。
そのかいあってか、二人の息子ともヨーシアを慕い、微笑ましく暖かい家族ができつつあった。
しかし4年後、センバート氏は突然の病に倒れ、命を失った。
家君を失った家は悲劇に見舞われる。
長男テクロは、その時14歳。あと半年も待てば、成人と認められる歳。
テクロの成人をもって、センバート家は保たれる。
しかし、醜い親類の欲により、ヨーシアは遺産を狙う悪い女とされた。
血の繋がりのない若い義母と息子では間違いが起こってもおかしくない。
またこのままでは、先代の持っていた物の半分とヨーシアに与えられた宝石などはヨーシアの物となる。
それが、欲深い者には許せなかった。
全ては長男テクロの物であると主張して、その後見人を誰が務めるかで揉める。
親戚たちの話し合いの中で、いつしか、ヨーシアは、山奥にある村の独り身の男の元へ嫁ぐことが決まっていた。
ヨーシアに反対する権利はなかった。
当主になったばかりのテクロにも、大勢の大人たちを黙らせるような力はなかった。
そうして、テクロとホーロは二人目の母を失った。
屋敷に使用人は何人もいた。
けれど、親となる者はもう、二人にはいなかった。
毎月届けられる、ヨーシアからの手紙が二人の宝でもあった。
センバート家の当主となったテクロは、ヨーシアに恩と親子という愛情を持っていた。
しかし、周りの大人に逆らう力がなかった。
そして、その力を持った頃には、ヨーシアは礼一という本当の子を持ち、幸せそうに暮らしていた。
だから、困ったことがあったらいつでも頼ってくれと、そう言うだけで、他に何もできなかった。
ヨーシアが「息子を学校に行かせてあげたい」、と言った時には、テクロは二つ返事で請合った。
貧しい家で育ち、勉学に縁のなかったヨーシアはセンバート家に嫁ぎ、恥をかかないようにと教育を受けた。
それが、礼一に受け継がれていた。
また、ヨーシアの夫になった修一郎という男も、噂に聞く変人ではあったが、常人にはない知識と技術を持っていた。
それが、礼一という少年を秀才と呼ばれるまでに育てあげていたのだ。
親類の反対を押し切って、テクロは義理の弟として、礼一を学校に入学させた。
礼一はそこですぐに才覚を現した。
テクロは先見の才があると、親族から誉めそやされた。
それでも、親類たちから見た礼一は、あくまで他村の、田舎の平民の子。
親類たちは一族の中に迎え入れようとはしなかった。
そしてまた礼一という少年も、「自分はシエンの戦士である」と言って、テクロの申し出を断り、自力で王都の学院への道を切り開いたのだった。
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