ギレイの旅

千夜ニイ

打てば響く

「まずは、僕について知ってもらおうと思いまして。」
真剣な表情で、儀礼は一人の女性の前に立っていた。
長い黒髪を高い位置で一つに纏め上げきりっとした印象を受ける綺麗な女性だった。
背は儀礼よりも高く、年齢も上に見える。
少し気の強そうにも見える力強い、緑色の瞳。形の良い、赤い色の唇。


 強い緊張の中、覚悟を決めたような意思深い瞳で、儀礼はその女性を見る。
「これを、見てもらえれば早いでしょうか。」
空気を吸いこむだけの、一瞬の間を空けて、儀礼はポケットから管理局のライセンスを取り出した。
なるべくなら誰にも見せたくない、儀礼のライセンス。
その女性は遠慮がちにそのライセンスに手を伸ばした。


「Sランク……『蜃気楼』。あなたが?! 若すぎる。いえ、確かに、最年少だと言われていたわね。」
大きく深呼吸をして、女性は儀礼を見た。
金色の髪、茶色の瞳、そして、白い衣。


 女性が納得したことを理解して、儀礼は再び口を開く。
「彼は、ディセード・アナスターは『蜃気楼』にとって必要な人材です。朝も夜もなく迷惑をかけている自覚はあります。しかし、僕らには彼の、ディセードの助けが必要なんです。」
儀礼も真っ直ぐに女性、メロディー・ナタシス、を見つめかえす。


「そのせいで、ディセードの時間はなくなり、あなたと一緒にいる時間も、デートの時間もなくなり、ディセードの昼夜を問わずの不審な行動に、信用を失くすばかりだとは思いますが、本当に、彼は優秀な人物なんです。」
これらは儀礼がリーシャンから聞いた情報だ。
必死に、儀礼はメロディーにディセードの不審な行動の事情を伝える。


「僕の、『蜃気楼しんきろう』の関係者であることをディセードは、あなたに伝えることは危険と判断して、何も言いませんでした。でも、そのせいでディセードの人生が閉ざされてしまうのは僕は、我慢できない。彼の腕がないと、僕は安全を確保できなくて……。未熟なのは僕なのですが、彼を手放せなくて、申し訳ないです。でも、危険なことはさせません。」
儀礼の言葉を聞きながら、だんだんと、メロディーの目元は優しくなっていた。


「わかったわ。もう。だから、気にしないで。私がディーと結婚しなかったのは、彼を信用できなかったのもあるけど、……彼が、私だけを見てくれるってどこかで思ってたからね。それが今回、ディーが恋人を連れて来たなんて噂がたって、私、頭にきたっていうか、カッとなっちゃって。ごめんなさい。」
前髪をかきあげ、照れたように彼女は笑う。


「いえ。僕は男だってわかってもらえれば。」
胸を張って儀礼は言う。
これで友人の人生が変わってしまうかと思えばものすごく、ドキドキしていた。
「そんなに僕、女に見えましたか? ちゃんと正装してたのに。」
溜息を吐く様に儀礼は言う。


「ディセードには、僕は男にしか見えてませんよ。」
くすりと笑った儀礼の肌に、焼けるような感覚が強くなる。
「おい、ギレイ。そこで何してるっ。」
普段、走りもしないのだろうディセードは、この場に来るだけで、息が切れているようだった。
儀礼はディセードには黙ってメロディーの家にまで来ていたのだ。
バレないように愛華まで置いてきたというのに。
「情報」はどこからか漏れて、『アナザー』のもとに辿り着く。


「お前は、人の女に近付くな。」
睨むように、ディセードは儀礼を警戒する。
メロディーの腕を取り、背に隠すように間に入った。
儀礼は笑うように言ってやる。


「僕なんて、顔だけしかとりえのない男ですよ。」
「金もあるだろ!」
「近所の子供たちに分けちゃうんで、残りません。」
「お前の近所は大陸中か!」
怒るように言うディセードに、儀礼はくすりと笑う。


「ほら、打てば響く。いないんです、こういう人。」
儀礼が言えば、メロディーはくすくすと笑う。
「そうね。」
「だからなんだ! 納得するな。あのな、こいつ、こう見えて本当に男だから、頼むから警戒してくれ。」
頼むように言うディセードがなんだか、情けなくて、儀礼はけらけらと声を上げて笑う。
「お前は黙ってろ、この自覚なしのタラシ!」


「……え?」
ディセードの言葉に、儀礼は固まる。
儀礼が一体何をしただろうか。全く、何もしていない。
一生懸命、彼女のディセードに対する誤解を解こうとしただけなのに。


「ひどいよ、ディー、僕のどこがたらしだよ。」


「その顔がもう、人を誑しこむんだよ。男も女も関係なく惹き込むってどんな妖力だ!」


「見た目で差別するなんて偏見だよ! 僕なんて、ディーが白い兎でも黒い兎でもいいって思ったのに!」


「どっちも兎じゃねぇか!」


 怒鳴るように言い合っていた二人を止めたのは、メロディーの笑い声だった。


「ほらっ、笑われた。ディーのせいだ。」
頬を膨らませ、儀礼がそっぽを向けば、メロディーはまた、声を高くして笑う。
「やだ、かわいいっ。」
ディセードの肩を支えにするようにつかみ、彼女はそこに頬を寄せる。
寄り添うことに慣れた様子が、本当に年数の長い恋人なのだと、伝わってくる。


「それじゃ、用件済んだし、僕、先に戻ってるね。」
なんだか、当てられた気分で、儀礼は早々にこの場を離脱することにした。


「おい、儀礼! 俺の部屋使ってもいいから、一人で管理局に行くなよ。この辺りでも、年末は物騒だからな。」
「むぅ。僕のこと子ども扱いするなって昨日言ったろ。大丈夫だよ。」
走り出そうとした足を止め、儀礼は不満そうに振り返る。
「ここは、俺のホームグラウンドだ。とりあえず従え。」
そのディセードの顔が本当に、何かを心配しているようなので、儀礼は仕方なく従うことにする。


「ディーの部屋はいいのね? パソコンも?」
「俺の部屋に他に何かあるか?」
「あるか探してみるのは面白そう。」
にやりと儀礼が笑えば、ディセードの顔が引きつった。
くすくすとまたおかしそうに、メロディーが笑っている。


 笑っていると、表情が優しくなって本当に可愛らしい女性。
ディセードにはもったいない、と言いたいところだが、仲良く並ぶ姿はお似合いだ。


「冗談。でもパソコンは借りるね。ディーのパソコン、性能いいよね。こっちいる間に、僕のも見てよ。ああ、後回しでいいからさ。」
にぃ、といたずらに笑い、儀礼は全速力で走り去る。
もちろん、闘気という手段を使って。
残りは二人の時間。
仲直りしてくれればいいと、儀礼は思う。

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