ギレイの旅
メロディー
その夜、ディセードの家に、家主である、父親が帰って来た。
「やっと帰って来れたんだな、父さん。」
玄関まで出迎えてディセードは言う。
「ああ。急いで帰ってきたんだが、お前が連れて来たって人はどこだ?」
帰りの挨拶も、ほどほどに、父親はディセードの肩を掴むようにして訊ねる。
『蜃気楼』の噂が父親のいたコーテルにまで届いていたのかもしれない。
コーテルは『情報国家』の中枢。
どんな噂話だって届かないはずがなかった。
「ああ、いるよ。すぐに来るよ。挨拶させるから。」
ディセードが言い終わらないうちに、玄関の騒ぎに気付いたらしい儀礼が歩いてきた。
服装は昼間のパーティーに出た時のままの正装。
ディセードの具合が悪かったために、儀礼たちは、ほんの少し前に会場の屋敷から家に帰ってきたばかりだったのだ。
「初めまして、アナスターさん。お留守の間にお邪魔してしまって申し訳ありません。」
儀礼は精一杯の背伸びをするように、丁寧な挨拶を心がけた。
いつも世話になっている、ディセードの父親だ。
家にも泊めてもらって、何から何まで世話になり、なにやら熱を出した時には迷惑もかけてしまったようである。
それから、ふと思い当たった。
儀礼にとって、ディセードが兄のような存在なら、この人は、儀礼にとっても父親のような存在。
そう思うと暖かい気持ちになって、儀礼は嬉しくなって微笑んだ。
「お会いできて光栄です、アナスターさん。息子さんにはいつも大変お世話になっています。」
相手を真っ直ぐに見て、儀礼は握手のために腕を差し出す。
その儀礼の姿を見て、ディセードの父親は目を見張った。
「これは、本当に噂の通り……。」
そこで、言葉を失ったようにアナスター氏は言葉を途切れさせた。
それに気付かず、儀礼は挨拶を続ける。
「私は、ドルエドのギレイ・マドイと申しま――。」
「天女のごとく美しい人ではないか。光のような金の髪、透き通った茶色の瞳、麗しく整った顔立ち。このような方と知り合いになれるなんて何という光栄でしょう。」
儀礼の挨拶を遮って、アナスター氏は言った。
握り締める様にして儀礼の両手を取って。
「……え?」「……あ?」
儀礼は状況に対応できずに固まり、ディセードは父親の行動に呆れていた。
「父さん、よく見ろよ、そいつは――。」
父親の行動から、儀礼のことを女性だと勘違いしているらしいと感じ取って、ディセードはその手を離させて、説明しようとした。
「噂は本当だったわけね。」
そこに、冷たい女性の声が響いた。
冷たいのに、熱い怒りの気配に、儀礼は体を強張らせる。
「アナスター家のディセードが、パーティーで出会った女を家に連れ込んだって。他には、昔からの付き合いがあるようだとか、本物の恋人らしいとか。」
ほとんど棒読みのように告げられる、コーテルで流れていたと思われる噂の数々。
「待て、メロディー。その間違った噂はなんだ。それと、なんでお前がうちの父親と一緒に帰ってくるんだ?」
それが、情報国家フェードと呼ばれる国の中枢で手に入れられた情報なのかと思うと、情けなくなってくるのだが、その蜃気楼情報を隠したのも『アナザー』、ディセード自身なので、複雑な心境だ。
そして、もうひとつ。
その『蜃気楼』ではなく『恋人』をディセードが家へと連れ帰ったという間違った情報だけは、本物の恋人であるメロディーに信じてもらいたくないものなのだが。
メロディーと呼ばれた女性は、聞く耳持たないという風体で、アナスター家の玄関に腕を組んで立っていた。
「仕事帰りにおじ様に会ったのよ。この噂はどういうことだって、聞かれて、私の方が説明してもらいたい位だわ。」
とげとげとした口調でメロディーは語る。
メロディー。彼女がディセードの恋人らしい。噂の、ディセードが5年も結婚できずにいる相手。
「あなたが、ディーの……。初めましてメロディーさん。お会いできて嬉しいです。僕は――。」
挨拶をしようと儀礼が出した手を冷ややかに見て、メロディーはディセードへと向き合う。
「私、お別れを言いに来たの。可愛らしい恋人を見つけられたみたいね。おめでとう。いつからの付き合いかは知らないけど、私の知らない昔からの知り合いらしいわね。せいぜい仲良くしなさい。じゃあね!」
一言も、口を挟ませる隙を与えず、メロディーはそれだけ言い放って、扉を閉めてアナスターの家から出て行ってしまった。
「え?」
出した手をそのままに、儀礼は固まる。
「メロディー!」
ディセードがすぐに追いかけたが、メロディーは振り向くこともなく馬車に乗り込み、去っていってしまった。
この喧嘩は、儀礼のせいになるのだろうか。
とりあえず、その日はメロディーに取り付く島もなかったらしい。
ディセードが彼女の家にまで言って、説明しようとしたが聞いてもらえず、メッセージも全て着信拒否されると言う。
このままでは、ディセードの生活の危機だ。
今までずっと世話になってきただけの儀礼は、ここで一つ恩を返すことに決めたのだった。
翌朝早く、儀礼はリーシャンから聞き出したメロディーの家まで一人で歩いていった。
道中、どうやって、メロディーという年上の女性に儀礼とディセードの関係を納得してもらうか、一生懸命考えて。
早朝の新鮮な空気の中、冷たい空気と冷たい視線の中、儀礼は、真っ白な白衣に身を包んで、その女性の前に立ったのだった。
「やっと帰って来れたんだな、父さん。」
玄関まで出迎えてディセードは言う。
「ああ。急いで帰ってきたんだが、お前が連れて来たって人はどこだ?」
帰りの挨拶も、ほどほどに、父親はディセードの肩を掴むようにして訊ねる。
『蜃気楼』の噂が父親のいたコーテルにまで届いていたのかもしれない。
コーテルは『情報国家』の中枢。
どんな噂話だって届かないはずがなかった。
「ああ、いるよ。すぐに来るよ。挨拶させるから。」
ディセードが言い終わらないうちに、玄関の騒ぎに気付いたらしい儀礼が歩いてきた。
服装は昼間のパーティーに出た時のままの正装。
ディセードの具合が悪かったために、儀礼たちは、ほんの少し前に会場の屋敷から家に帰ってきたばかりだったのだ。
「初めまして、アナスターさん。お留守の間にお邪魔してしまって申し訳ありません。」
儀礼は精一杯の背伸びをするように、丁寧な挨拶を心がけた。
いつも世話になっている、ディセードの父親だ。
家にも泊めてもらって、何から何まで世話になり、なにやら熱を出した時には迷惑もかけてしまったようである。
それから、ふと思い当たった。
儀礼にとって、ディセードが兄のような存在なら、この人は、儀礼にとっても父親のような存在。
そう思うと暖かい気持ちになって、儀礼は嬉しくなって微笑んだ。
「お会いできて光栄です、アナスターさん。息子さんにはいつも大変お世話になっています。」
相手を真っ直ぐに見て、儀礼は握手のために腕を差し出す。
その儀礼の姿を見て、ディセードの父親は目を見張った。
「これは、本当に噂の通り……。」
そこで、言葉を失ったようにアナスター氏は言葉を途切れさせた。
それに気付かず、儀礼は挨拶を続ける。
「私は、ドルエドのギレイ・マドイと申しま――。」
「天女のごとく美しい人ではないか。光のような金の髪、透き通った茶色の瞳、麗しく整った顔立ち。このような方と知り合いになれるなんて何という光栄でしょう。」
儀礼の挨拶を遮って、アナスター氏は言った。
握り締める様にして儀礼の両手を取って。
「……え?」「……あ?」
儀礼は状況に対応できずに固まり、ディセードは父親の行動に呆れていた。
「父さん、よく見ろよ、そいつは――。」
父親の行動から、儀礼のことを女性だと勘違いしているらしいと感じ取って、ディセードはその手を離させて、説明しようとした。
「噂は本当だったわけね。」
そこに、冷たい女性の声が響いた。
冷たいのに、熱い怒りの気配に、儀礼は体を強張らせる。
「アナスター家のディセードが、パーティーで出会った女を家に連れ込んだって。他には、昔からの付き合いがあるようだとか、本物の恋人らしいとか。」
ほとんど棒読みのように告げられる、コーテルで流れていたと思われる噂の数々。
「待て、メロディー。その間違った噂はなんだ。それと、なんでお前がうちの父親と一緒に帰ってくるんだ?」
それが、情報国家フェードと呼ばれる国の中枢で手に入れられた情報なのかと思うと、情けなくなってくるのだが、その蜃気楼情報を隠したのも『アナザー』、ディセード自身なので、複雑な心境だ。
そして、もうひとつ。
その『蜃気楼』ではなく『恋人』をディセードが家へと連れ帰ったという間違った情報だけは、本物の恋人であるメロディーに信じてもらいたくないものなのだが。
メロディーと呼ばれた女性は、聞く耳持たないという風体で、アナスター家の玄関に腕を組んで立っていた。
「仕事帰りにおじ様に会ったのよ。この噂はどういうことだって、聞かれて、私の方が説明してもらいたい位だわ。」
とげとげとした口調でメロディーは語る。
メロディー。彼女がディセードの恋人らしい。噂の、ディセードが5年も結婚できずにいる相手。
「あなたが、ディーの……。初めましてメロディーさん。お会いできて嬉しいです。僕は――。」
挨拶をしようと儀礼が出した手を冷ややかに見て、メロディーはディセードへと向き合う。
「私、お別れを言いに来たの。可愛らしい恋人を見つけられたみたいね。おめでとう。いつからの付き合いかは知らないけど、私の知らない昔からの知り合いらしいわね。せいぜい仲良くしなさい。じゃあね!」
一言も、口を挟ませる隙を与えず、メロディーはそれだけ言い放って、扉を閉めてアナスターの家から出て行ってしまった。
「え?」
出した手をそのままに、儀礼は固まる。
「メロディー!」
ディセードがすぐに追いかけたが、メロディーは振り向くこともなく馬車に乗り込み、去っていってしまった。
この喧嘩は、儀礼のせいになるのだろうか。
とりあえず、その日はメロディーに取り付く島もなかったらしい。
ディセードが彼女の家にまで言って、説明しようとしたが聞いてもらえず、メッセージも全て着信拒否されると言う。
このままでは、ディセードの生活の危機だ。
今までずっと世話になってきただけの儀礼は、ここで一つ恩を返すことに決めたのだった。
翌朝早く、儀礼はリーシャンから聞き出したメロディーの家まで一人で歩いていった。
道中、どうやって、メロディーという年上の女性に儀礼とディセードの関係を納得してもらうか、一生懸命考えて。
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