ギレイの旅
仮想と現実の差異
「うさぎ、うさぎ。」
と、遠慮なく儀礼はディセードへと呼びかける。
それは、今まで、ネットの世界からメッセージを送ってきていた時のままなのだが――。
ディセードは思わずもう一度「うさぎ」と呼びかけた儀礼の口を塞いだ。
「ギレイ、『うさぎ』はやめてくれうさぎは。この歳で『うさぎ』なんてあだ名で呼ばれるのは恥ずかしい。」
先程から、パーティー内でそんなことを繰り返してくれるので、ディセードは周囲の女性たちから微笑ましいクスクス笑いをいただいていた。
貴族である青年に、嬉しそうになついている金髪、天使のような子供。
「ディセードだ。でなければせめて『ディー』。」
ディセードは自分の愛称を示す。
「ディー?」
キョトンと儀礼は首を横に傾げる。
その姿が本当に年齢以上に幼く見えるのが不思議だ。
確か、間違いなく儀礼は、すでに成人しているはずである。
「エージェント、D!」
ディセードを見て、にやりといたずらな笑みを浮かべた後、くすくすと儀礼は笑い出した。
なるほど、精神が年齢以上に幼いらしい。
ネットでメッセージをかわしてきた、本当にそのままの『ギレイ』がそこに居た。
『あれって何?』『それってどういうこと?』
質問の嵐を巻き起こす5歳児、ギレイ・マドイの姿だった。
「情報員にしてはディセード兄さんは腕っ節の方が情けないけどね。」
くすくすと今度はディセードの妹であるリーシャンが笑い出した。
「確かに、ディーは戦いできなそう。」
頷いてまた儀礼は笑う。
「いいのか、ギレイ。そんなこと言ってると、お前の本当の身体能力をネットに流すぞ。」
好き放題に言われるのもしゃくなので、ディセード流の反撃を試みる。
たちまち儀礼は顔色を変えた。
「ディーは、強くなくてもいいと思う。貴族だし。守ってもらう人だし。」
突然、儀礼は言うことを変えた。
「でも、リーシャンさんは強そうですよね。武術の経験がおありなんですか?」
儀礼がリーシャンに向けて聞く。
話を自分から逸らそうという魂胆だろうか。
「リーシャン、でいいわよ。それに、兄さんに話すみたいに私にも普通に話して。その方が嬉しいわ。」
にっこりと微笑んで、リーシャンは言う。
あくまでも、貴族らしく優雅に。
「はい。リーシャン。よろしく。」
にっこりと笑い返して儀礼が言う。
不思議なことに、儀礼の笑顔と共に、草原の中を吹き渡るような、暖かく爽やかな風が流れてきた。
あたりに魔力の嵐を巻き起こすような、周囲の空気を飲み込むような光の溢れる笑顔。
儀礼の精霊つきの腕輪が、白く輝いている。
魔力に耐性の低いリーシャンは間違いなくその威力をくらっている。
顔を真っ赤にして儀礼に向かって、こくりと頷いた。
金色のふわふわとした髪、透き通った宝石のような茶色の瞳、真っ白の肌に、整った顔立ち。
『天使』という言葉の浮いてくる容貌。
この儀礼が『蜃気楼』としてだけでなく、ディセードの見知った5歳の頃から変わらず、その容姿を目的とした連中に狙われるという事実を、身にしみて実感した兄妹だった。
「私、は冒険者ライセンス持ってるの。普段から冒険者として仕事してるのよ。だから、頼りにしてね。」
儀礼の手を握り締めてリーシャンが言う。
「ありがとう。でも、何かあったら僕が守ります。」
ふわりとして笑う儀礼の笑顔はやはり、少女と間違えそうなほど可憐なものなのに、その瞳に宿る力は確かに、少年のもので、リーシャンはさらに頬を上気させていく。
「お前は、わざわざフェードまで、人の家の妹を落としに来たのか?」
呆れてディセードは儀礼の額を小突く。
不思議そうに儀礼は首を傾げた。
自覚がまったくないらしい。
10年という長い年来、言葉を交わしてきた友人ではあるが、文章だけでは、やはりやりとりし切れない現実というものがあるのだと、ディセードは今、深く実感したのだった。
その後、ディセードは儀礼を家に案内した。
「父親は今、仕事が忙しくて家には帰って来れないんだ。さすがに年末と年明けだけは家に帰るって言ってたけどな。おかげで、親父の行くはずのパーティーに俺たちや母さんが代理出席だよ。忙しいんだぞ、年末年始は。」
ディセードは言う。
男女のペアで出席するのが基本のパーティーが多い。
断ることのできないものは、母親とディセードや、弟が代わりとして出かけることになっていた。
「今日はどうしてもはずせないのが二つ重なっててさ。もう一つの方に、母さんと弟のトラヴィスが行ってるんだ。マッシャー家のは、お前が来るから、外せなかったんだけどな。」
にやりとディセードは笑う。
「でも本来、お前も忙しいはずなんじゃないのか? 『蜃気楼』宛ての招待状なんて、山ほど届いているだろう。」
不思議そうにディセードが聞く。
「それは……全部行かないことにしてる。顔見せたくないし。研究から手が離せないって言えば、大抵許してもらえるよ。手を離すと町二つくらい消えてなくなりますが、持って行ってもいいですか? って、返信するの。」
くすくすと悪意ある笑顔で儀礼は笑う。
「脅しかよ。」
ネットの中と、まったく変わらない儀礼の様子に、ディセードは呆れる。
本当に、そのままだった。
違いがあるとしたら、容姿が想像以上だったということだけらしい。
毎度毎度何かに狙われるというのはやっかいだ。
「この家の中は厳重な結界が張ってあるから安心しろ。何しろコーテルにも関わる国の機密もいくつもあるからな。でもまぁ、親父の書斎以外は好きに使っていいぞ。危ないものもそうないしな。」
ディセードは言う。
「お前は2階の客室を使うといい、俺の部屋はその向かいにあるから、用があったらすぐに呼べるだろ。」
「メッセージでも呼べるけどね。」
くすりと儀礼は手袋のキーを叩く。
ピコンと軽い音がして、ディセードの持つ端末にメッセージの着信を知らせた。
儀礼:“お邪魔します。”
「だな。」
穴兎:“おう、邪魔されてます。”
クスリと笑ってディセードも儀礼へとメッセージを返信したのだった。
と、遠慮なく儀礼はディセードへと呼びかける。
それは、今まで、ネットの世界からメッセージを送ってきていた時のままなのだが――。
ディセードは思わずもう一度「うさぎ」と呼びかけた儀礼の口を塞いだ。
「ギレイ、『うさぎ』はやめてくれうさぎは。この歳で『うさぎ』なんてあだ名で呼ばれるのは恥ずかしい。」
先程から、パーティー内でそんなことを繰り返してくれるので、ディセードは周囲の女性たちから微笑ましいクスクス笑いをいただいていた。
貴族である青年に、嬉しそうになついている金髪、天使のような子供。
「ディセードだ。でなければせめて『ディー』。」
ディセードは自分の愛称を示す。
「ディー?」
キョトンと儀礼は首を横に傾げる。
その姿が本当に年齢以上に幼く見えるのが不思議だ。
確か、間違いなく儀礼は、すでに成人しているはずである。
「エージェント、D!」
ディセードを見て、にやりといたずらな笑みを浮かべた後、くすくすと儀礼は笑い出した。
なるほど、精神が年齢以上に幼いらしい。
ネットでメッセージをかわしてきた、本当にそのままの『ギレイ』がそこに居た。
『あれって何?』『それってどういうこと?』
質問の嵐を巻き起こす5歳児、ギレイ・マドイの姿だった。
「情報員にしてはディセード兄さんは腕っ節の方が情けないけどね。」
くすくすと今度はディセードの妹であるリーシャンが笑い出した。
「確かに、ディーは戦いできなそう。」
頷いてまた儀礼は笑う。
「いいのか、ギレイ。そんなこと言ってると、お前の本当の身体能力をネットに流すぞ。」
好き放題に言われるのもしゃくなので、ディセード流の反撃を試みる。
たちまち儀礼は顔色を変えた。
「ディーは、強くなくてもいいと思う。貴族だし。守ってもらう人だし。」
突然、儀礼は言うことを変えた。
「でも、リーシャンさんは強そうですよね。武術の経験がおありなんですか?」
儀礼がリーシャンに向けて聞く。
話を自分から逸らそうという魂胆だろうか。
「リーシャン、でいいわよ。それに、兄さんに話すみたいに私にも普通に話して。その方が嬉しいわ。」
にっこりと微笑んで、リーシャンは言う。
あくまでも、貴族らしく優雅に。
「はい。リーシャン。よろしく。」
にっこりと笑い返して儀礼が言う。
不思議なことに、儀礼の笑顔と共に、草原の中を吹き渡るような、暖かく爽やかな風が流れてきた。
あたりに魔力の嵐を巻き起こすような、周囲の空気を飲み込むような光の溢れる笑顔。
儀礼の精霊つきの腕輪が、白く輝いている。
魔力に耐性の低いリーシャンは間違いなくその威力をくらっている。
顔を真っ赤にして儀礼に向かって、こくりと頷いた。
金色のふわふわとした髪、透き通った宝石のような茶色の瞳、真っ白の肌に、整った顔立ち。
『天使』という言葉の浮いてくる容貌。
この儀礼が『蜃気楼』としてだけでなく、ディセードの見知った5歳の頃から変わらず、その容姿を目的とした連中に狙われるという事実を、身にしみて実感した兄妹だった。
「私、は冒険者ライセンス持ってるの。普段から冒険者として仕事してるのよ。だから、頼りにしてね。」
儀礼の手を握り締めてリーシャンが言う。
「ありがとう。でも、何かあったら僕が守ります。」
ふわりとして笑う儀礼の笑顔はやはり、少女と間違えそうなほど可憐なものなのに、その瞳に宿る力は確かに、少年のもので、リーシャンはさらに頬を上気させていく。
「お前は、わざわざフェードまで、人の家の妹を落としに来たのか?」
呆れてディセードは儀礼の額を小突く。
不思議そうに儀礼は首を傾げた。
自覚がまったくないらしい。
10年という長い年来、言葉を交わしてきた友人ではあるが、文章だけでは、やはりやりとりし切れない現実というものがあるのだと、ディセードは今、深く実感したのだった。
その後、ディセードは儀礼を家に案内した。
「父親は今、仕事が忙しくて家には帰って来れないんだ。さすがに年末と年明けだけは家に帰るって言ってたけどな。おかげで、親父の行くはずのパーティーに俺たちや母さんが代理出席だよ。忙しいんだぞ、年末年始は。」
ディセードは言う。
男女のペアで出席するのが基本のパーティーが多い。
断ることのできないものは、母親とディセードや、弟が代わりとして出かけることになっていた。
「今日はどうしてもはずせないのが二つ重なっててさ。もう一つの方に、母さんと弟のトラヴィスが行ってるんだ。マッシャー家のは、お前が来るから、外せなかったんだけどな。」
にやりとディセードは笑う。
「でも本来、お前も忙しいはずなんじゃないのか? 『蜃気楼』宛ての招待状なんて、山ほど届いているだろう。」
不思議そうにディセードが聞く。
「それは……全部行かないことにしてる。顔見せたくないし。研究から手が離せないって言えば、大抵許してもらえるよ。手を離すと町二つくらい消えてなくなりますが、持って行ってもいいですか? って、返信するの。」
くすくすと悪意ある笑顔で儀礼は笑う。
「脅しかよ。」
ネットの中と、まったく変わらない儀礼の様子に、ディセードは呆れる。
本当に、そのままだった。
違いがあるとしたら、容姿が想像以上だったということだけらしい。
毎度毎度何かに狙われるというのはやっかいだ。
「この家の中は厳重な結界が張ってあるから安心しろ。何しろコーテルにも関わる国の機密もいくつもあるからな。でもまぁ、親父の書斎以外は好きに使っていいぞ。危ないものもそうないしな。」
ディセードは言う。
「お前は2階の客室を使うといい、俺の部屋はその向かいにあるから、用があったらすぐに呼べるだろ。」
「メッセージでも呼べるけどね。」
くすりと儀礼は手袋のキーを叩く。
ピコンと軽い音がして、ディセードの持つ端末にメッセージの着信を知らせた。
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