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ギレイの旅

千夜ニイ

現れた穴兎

 フェードのとある町、ビーツ。
このビーツという町は武闘大会のあった町に比べるとずいぶん大きく、王都にもほど近い位置にある。
その町で行われている、武闘大会の優勝パーティーに儀礼たちは客として招かれていた。


 儀礼は少しまずいイタズラをしたので、今、獅子たちの元から離れていた。
広い屋敷の庭には、十分に間を空けられるスペースがある。


 この町にはこういった広い屋敷を持つ、強い力を持った貴族が何人か居るらしい。
『粗相をするなよ』と、儀礼は冗談まじりに、穴兎から言われていた。


 ビーツの町で有名な貴族の一つがこのバーティーの主催者、マッシャー家。
町の中で強い権力を持っているらしい。
その他に、フリガーという、優秀な魔法使いを次々に輩出している家。
ソーテスという冒険者気質な家系の貴族。
モルトリスという遺跡に専門的に関わっている研究者の家系。


 それから、アナスター家。
一族で機械を取り扱っているらしく、フェードの機械文明の中枢『コーテル』にも関わっているらしい。
とても興味を惹かれるが、相手は貴族だ。
まぁ、問題を起こしたくなければ、下手に怒らせるなと言う事だろう。


 今日は12月27日。すでに年末で、ビーツの町の宿はどこもいっぱいだった。
儀礼は、このまま年越しまで、このマッシャー家に引き止められそうな予感がしていた。
別に応対に問題があるわけではない。
特に、獅子と白と拓と利香に対しては、丁寧に接してくれている。
時折『蜃気楼』の名を出されることだけが儀礼には気がかりだった。
まだ、儀礼が『蜃気楼』であることはバレてはいない。


 しかし、金髪に茶色の瞳。
獅子の周りにうろうろしていれば、いつかは目を付けられてしまうだろう。
儀礼はなるべく白の側にいるようにしていた。


 その時、パーティー会場の端の方が少し騒がしくなった。
何か起こった、と言うよりは子供たちの歓声だ。
ワーァ、とか、ウワーッとか、キャーッとかいう、そんな感じ。


「何だろうね?」
首を傾げて白が言う。
警戒する様子がないので、騒ぎの元は武人や敵などではないらしい。
儀礼は目を凝らしてそちらの方を見てみる。


 そちらの方向から姿を現したのは、白いうさぎの着ぐるみだった。
「うさぎ!?」
驚きの声を上げ、儀礼はそのうさぎを見る。


 長い耳に、赤い大きな瞳でとても愛らしい。
子供たちが嬉しそうに取り巻いている。
うさぎはゆっくりと走り出した。
周りにまとわり付く子供達を引き離すように。
大勢の子供たちが面白がって、その着ぐるみの後を追いかけていた。


 儀礼も思わず、その白いうさぎを追いかけてしまった。
小さな子供たちに混じって、大きな儀礼が追いかけてきたせいだろうか、うさぎは本気を出したように速い速度で走り出す。
儀礼も負けじと白兎を追いかけた。
小さな子供達はあっという間に取り残されてしまい、呆然としていた。


 走って、ついに人気ひとけのない庭の奥で、儀礼はその白いうさぎの着ぐるみに追いついた。
追いついて、捕まえるように抱きついた。
儀礼が抱きついたら、逃げていたはずのうさぎが突然、強い力で儀礼のことを抱きしめてきた。


「く、くるしい。」
何とか、ふわふわの白い毛の間から声を出して、儀礼が言えば、
「あははは……。」
別の方向、すぐそばから、男の笑い声が聞こえてきた。
「リーシャン、困ってるから放してやりなって。」
木陰から現れたのは、黒い髪、緑の瞳の青年だった。


 白いうさぎが、青年の言葉に儀礼の体から腕を放して、着ぐるみの頭をはずした。
長いウェーブの入った黒髪が揺れる。
顔を見せたのは、綺麗な顔をした女性だった。
エメラルドのような濃い緑色の瞳が後方にいる青年とそっくりだ。


「初めまして。ディセード・アナスターだ。笑って悪かったな。」
青年がそう言って、握手のために手を差し出す。
「ギレイ・マドイです。」
と、儀礼も名乗りを返して握手する。


「こっちは妹のリーシャンだ。」
リーシャンは汗ばんだ髪をかきあげて、儀礼ににっこりと笑いかけた。
とても美人だ。
儀礼がリーシャンに見惚れていると、青年がトントンと自分の目元を叩いた。
まさか、と思い、儀礼は慌てて外していた眼鏡型のモニターをかける。


 儀礼の眼前に文字が浮かぶ。


穴兎:“俺だよ。”


穴兎あなうさぎ!!?」
なんとなく、予感はしていた。
武闘大会に出たと言った穴兎の言葉に、この近くの町にいると儀礼は感じていた。
そして現れた、儀礼のイメージの中、そのままの白いうさぎ。
うんうん、と頷く青年に、儀礼はうさぎの着ぐるみの時と同じ様に飛びついたのだった。
「おいおい、着ぐるみと同じ扱いかよ。」
幼い子供のような儀礼の反応に、ディセードはおかしそうに笑った。


「あーあ、汗でびっしゃりだわ。」
着ぐるみを脱いだリーシャンは意外にも黒いドレス姿だったが、バケツで水でも被ったように全身が濡れている。
ドレスの薄い布が、リーシャンの白い肌になまめかしく張り付いている。
「……。」
とても人前に出られる姿ではない、と儀礼でなくても思うだろう。


「あー、これは計算外だったな。その格好じゃ、パーティーには戻れないな。リーシャン、一度家に帰って着替えて戻って来い。」
「そうね、仕方ないわね。」
仕方ない、と思っている様子もなく、あっさりとリーシャンは一人で屋敷の裏門の方へと向かって歩き出す。


「ちょっと待って、その姿で歩いていくの? さすがに、危ないんじゃないですか?」
慌てて儀礼はリーシャンの後を追う。
「着ぐるみ姿じゃ、うちの馬車すら呼べないわ。」
当たり前でしょ、と、ふふっと笑ってリーシャンは言う。


「俺は親父の代理で来てるから、長い時間抜けられないんだよな……。そうだギレイ、リーシャンをうちまで送ってってくれるか?」
ディセード・アナスターと名乗った青年、穴兎が言う。
「もちろん、そんなの構わないよ。愛華を呼べば馬車より速いし。」
儀礼の言葉にディセードはニヤリと笑う。
「『蜃気楼』の本領発揮ってわけだ。それに、武闘大会2位の腕前なら、不審者に襲われたとしても心配要らないな。」


「あら、2位のオオカミって、この子だったの!?」
驚いたようにリーシャンが言う。
「強そうに見えないのに。」
その言葉に儀礼はガクリと肩を落とし、青年は声を立てて笑っていた。


「そうだ、ギレイ。本物のオオカミには、なるなよ。」
一応兄としてディセードは、みっともない格好になってしまっている妹を見て、儀礼に釘を刺す。
「しませんて、そんなこと。」
顔を赤くして儀礼は、口を尖らせて反論する。
「あら、こんな可愛いオオカミだったら襲われてもいいけど。」
くすくすとリーシャンは笑った。
「リーシャン!」
呆れたような怒りの声で、ディセードは妹をたしなめたのだった。

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