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ギレイの旅

千夜ニイ

武闘大会2

 武闘大会本番。
戦うのが主に子供達なため、大会は昼間に行われる。
決して大きくはない町で開かれる大会は、年末のイベントの一つのようだった。
参加人数は主に町の若者達で、50人ほど。
入賞するともらえる、賞品のお守りは、来年一年間良いことに恵まれると言う、縁起ものらしい。


 白は緊張しながら大会の会場である舞台の周りに並んでいた。
外に設置された闘技場は、こじんまりとしていて、本当に子供たちの力試しのための大会らしいと分かる。
言ってみるなら、冒険者ライセンスを取りに行く前に、自分の力を知るための場。
そんなものに、すでに冒険者ライセンスを取得している白や、獅子が出てしまってもいいのだろうか、と白はきょろきょろと周囲を見回していた。


 獅子の方はと言うと、気負った様子も遠慮した様子もなく、楽しそうに周囲を見回している。
「本当に子供ばっかだな。」
呟いた獅子を周りの子供たちが好奇の目で見ている。
フェードでは黒い髪は珍しくない。
しかし、やはり、獅子の黒い瞳はどこに行っても目立つものだった。
武器の使用は禁止なので、光の剣は今、観客席で利香と共にいる拓が預かっている。
儀礼の姿は先程、売店の前から逃げ出していらい、誰も見ていなかった。
よっぽど戦いの場に出されるのが嫌だったようだ。


 くじを引き、闘技台の周りに並べば、次々に試合は回されていく。
ルールは簡単。相手を場外に落とすか、負けを認めさせれば勝利だ。
「次はやっと俺の番だな。」
楽しそうに口に笑みを浮かべて獅子が言う。
「あの、ほどほどにね。」
頑張って、とはとても言えない状況に、白は言葉に困って応援ではない言葉をかけた。


「了様ぁ! 頑張ってください!」
それでも、獅子を応援する声が観客席から聞こえてきた。
獅子の対戦する相手は、白よりも小さい12歳の少年。
「リカ……。」
なんだか白の方が恥ずかしくなって顔を隠してうなだれてしまった。


 獅子の試合は一瞬で勝負がついた。
小さな子供にも、獅子は容赦がなかった。
「勝負は本気でやるもんだ。」
一撃で相手を場外へと叩き出したのだった。
一瞬で負けた少年の方は、すぐには状況を理解できず、痛む体と自分のいる場所にしばし呆然として、その後ぐすぐすと泣き出した。


「泣くな。」
獅子は闘技台から飛び降りると少年の手をとって立ち上がらせる。
「まず構えがなってない。最初に隙だらけで、それじゃ攻撃受けたら防ぎきれないだろ。こうだ。」
泣いている少年の手を取ると獅子はその腕を構えの位置に移動させる。
「それから、相手の攻撃を見て、受けるか、避けるか、流すか判断しろ。真っ直ぐ来たからって受け止めなきゃいけないわけじゃない。お前は体が軽いから、俺みたいな大きな人間の相手をまともにしても勝てるわけがない。受け流すか、かわすかして、相手の隙を誘え。」


 進められていく大会の試合そっちのけで、その場では『黒獅子』による即席稽古が行われていた。
「遅い! 迷うな。受けると決めたら受けろ。流せると分かってから流したんじゃ、相手に次の手を打たれる。受ける前に判断しなけりゃダメだ。」
少年はもう泣いてはいない。真剣に獅子の話を聞き体を動かしていた。
冬の寒さなど感じていいないかのように体中から汗を流して、没頭していた。
その様子を、少し離れた所から、溜息まじりの笑顔で見つめている狼少年がいることには、誰も気にも留めていなかった。


 白の試合の番になった。
相手は17歳の少年だった。
白が舞台に上がると、客席の方から歓声が上がった。
動きやすい水色のズボン、白い長袖のシャツ。そこまでは普通だ。
しかし、犬の耳付きのニット帽。
さらには、深い青色の瞳は宝石のように綺麗で、顔立ちは少女のように可愛らしい。
お祭り騒ぎに乗じて、仮装してくる者は結構いるが、白の姿はその中でも目立っていた。
「キャーッ!」「可愛い!!」
黄色い声援が耳が痛むほどに響く。


 しかし、当の白は未だにその頭上に犬の耳が付けられていることに気付いていなかった。
「ギレイ君、まさか、これが嫌で逃げたんじゃ……。」
騒がしいほどの声援に、白は表情を強張らせる。
白が出てこれでは、同じ顔の儀礼が出ても同じ結果になるだろうと、白は考える。
『可愛い』や『女の子みたい』と言われることを儀礼はとても嫌がっていた。
女の子『みたい』と言われる前に、少女に間違われることも少なくなかったのだが。


 試合に関しては、白は苦労することもなく勝利できた。
白は、魔法の身体強化を使わずに戦ったことはあまりなかったのだが、それでも冒険者ライセンスを持たない相手に苦戦するようなことはなかったのだ。


「オオカミ選手!」
「ワン。」
審判の呼び声に、その子供が舞台の上に出てきたとたんに会場中が笑い声に沸いた。
出てきたのは、犬の耳の付いた黒いニット帽に、黒い目隠し、口元だけしか見えていない少年。
しかも、オオカミと名乗りながら、しゃべる言葉は、ワン、という。
お祭り騒ぎにかならずいる、参加することが目的の人だろうと思われた。


 しかし、白にはその正体がすぐに分かった。
精霊たちが観客席に紛れて、座って応援しているのだ。
その、オオカミなる少年を。
(……ギレイ君だ。)
頭に大きな汗を流しながら、白は思った。
あんなに嫌がっていたのに、変装して目立っている。
それなのに、獅子は儀礼に気付いた様子はない。


「シシ? あの人ってさ。」
白はそれとなく獅子に尋ねてみる。
「あいつ? 匂いが木の枯れ葉の匂いなんだよな。悪い奴じゃないと思うけど。ちょっと強いみてーだし。」
勝利を挙げたオオカミの姿に、にやりと獅子は笑う。


「それより、儀礼の奴本当にどこだろうな。応援すらしないつもりかよ。まさか、また図書館か本屋じゃないだろうな。」
怒ったように獅子は周囲を見回している。
獅子の気配が広がり、あたりの人の気配を探しているのが分かった。
拓が迷惑そうに眉をしかめ、目が合ったらしい利香が嬉しそうに獅子に向かって手を振っている。
やはり、オオカミの正体に気付いている様子は、まったくなかった。


 そうして、獅子は圧倒的な強さで勝ち上がり、その度にその相手に稽古をつけるという丁寧な対応をし、白も魔法による強化を使わない、正真正銘の実力で大会を勝ち残っていった。


 準決勝、白はそのオオカミと当たった。
『真剣勝負ね。』
ポツリとアルバドリスクの言葉で少年は言った。
周囲の人には聞き取れなかっであろうほど、小さな声。
「ワン。」
試合開始を促すようにオオカミ少年が審判に向かって吠える。
その声にまた、会場が笑いに包まれた。


 髪色が目立たないようにと、白が被っている白いニットの帽子にも犬の耳。名前はシロ。
黒い犬のニット帽に目隠しをした少年はオオカミ。
面白い組み合わせとなっていた。


 白の瞳には、観客席におとなしく座って待っている美しい精霊、朝月の姿が見えた。
目元はいつものように服の袖口で隠されている。
その周囲を飛ぶトーラ、フィオ、利香の側にいる英、離れた場所から柔らかい風を送ってきた愛華。
その他にもたくさんの精霊たちが儀礼――オオカミ少年へと激励を送っている。


(シャーロット、少しみんなと一緒に待ってて。)
白は守護精霊へと頼む。
儀礼の望む真剣勝負を白は受けて立つことにしたのだった。

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