ギレイの旅

千夜ニイ

火の精霊

 その日、その食堂で、儀礼は不機嫌そうにあくびをしていた。
夕飯の時間に無理やり獅子に叩き起こされたのだ。
「どうしたの?」
いつも以上に調子の悪そうな儀礼に心配そうに白は聞く。


「ちょっと、夢見が悪くて……。」
調子悪そうに、というよりも、悲しげな表情で儀礼は視線を落とす。
それが、妙に物憂げで周囲の人々の視線をひきつけている。


「こんな時間まで寝てるからだ。」
叱り付けるような口調で獅子が言う。
その口には大量の食べ物が次々と運ばれて飲み込まれているのだが。
その様子を、利香は楽しそうに眺めている。


「せめて口の中の物が無くなってから言って。」
呆れたように息を吐く儀礼はやはり、元気が無いように白には見えた。
「ギレイ君、大丈夫?」
心配そうに白が聞けば、儀礼はいつものように優しい笑みを浮かべてにっこりと笑った。


「大丈夫。ありがとう、白。」
言いながら、儀礼は白の頭をなでた。
そっくりな二人の姿は、はたから見れば、本当にそっくりな姉妹――いや、兄弟に見える。
何か褒められたようで、照れた気分になった白は熱くなった顔を隠すために、慌てたように席を立ち上がった。
「氷、もらってくる。」
そう言って、白は自分のグラスを持って氷の置かれたフリースペースへと走る。
この食堂では、氷の他に果物やデザートが好きに取っていいように置かれていた。
普通の食堂とは違って、ちょっと珍しいスタイルだ。
しかし、そのおかげで女性客の集まりがいいらしい。
利香もとても喜んでいる。


 食堂の中は冬の夕方だと言うのに、隅の方まで見渡せるほど明るい。
それというのも、たくさんのランプが置かれているおかげで、熱気もある。
とても独特の雰囲気の食堂だった。
この上階の宿に白たちは今、泊まっている。


「おい、譲ちゃん。」
突然、白は声をかけられた。
声と同時に腕を掴まれそうになったがそれは避けた。
話しかけてきた男は驚いたような、ちょっと意外そうな顔をしている。


「飯食ってるんなら、俺らの席で一緒に食わないか?」
若い男たちが6人。全員酒が入っているらしく、顔は赤いし、ふらついている者もいる。
白が今、横を通ったテーブルが彼らの食べている場所だったらしい。


「連れがいるので。」
儀礼が、いつも言って断っていたのをまねて、白は冷たい口調で言ってみる。
ついでに、示すように獅子たちの座っているテーブルを見た。


「弟に何か用ですか?」
白が見た場所には、食べ物を頬張る獅子と利香と拓の姿しかなくて、白の真後ろから儀礼の声がした。


「お、弟って、こいつ男かよ。」
疑うように男たちの一人が白を見た。
その白を後ろに隠すようにして儀礼が前に出た。
「兄と弟ですから。」
兄弟と名乗ることを楽しんでいるように儀礼は言う。


「お前も男か? ばかな。」
鼻で笑うように言って、最初に白に話しかけてきた男が儀礼に近付いた。
儀礼の笑みは引きつる。
危険な世の中で、男の振りをして旅をする女の人はたまにいるらしい。


「そうですか、分かりませんよね。この格好では……。」
言いながら、儀礼は白衣のえりに手をかけた。
その仕草が妙に艶っぽく見えて、白はどぎまぎとする。
白と一つしか歳の違わない少年なのに、なぜこうも大人っぽい、色気のようなものを持っているのだろうか。
儀礼はただ、以前のクリームの所業を真似てみただけだったのだが。


 男たちがニヤニヤと下卑た笑いをする。
まだ、儀礼や白を女だと疑って信じていないようだった。
儀礼が白衣の胸元を開いた瞬間に、男たちの赤かった顔色がさっと青白く変わった。
儀礼の開いた胸元に、男たちが見たものは――、銀色をした銃と呼ばれる強力な武器。
今はまだあまり出回ってはいない武器だが、その威力についてだけは十分すぎるほどの噂が流れていた。
特に、武に通じる冒険者たちの間には。


「お分かりいただけたようで、良かったです。」
にやりとした、いたずらっぽい笑みを浮かべて儀礼は言う。
「戻ろう、白。」
そう発された儀礼の声はいつものように透き通っていて、心地よい楽しげな響き。
白衣の襟元をただし、縮めた手が袖の中に入ってしまえば、儀礼の姿はひどく幼くさえ見えた。


「そ、そんな偽物で俺らを騙せるとでも思ってんのか。」
気を取り直したように、男が歩き過ぎようとしていた儀礼の肩を掴んだ。
銃は、強力な武器ではあるが、その値段は一般の人の手にできるような物ではない。
苛立った様子の男に、儀礼の前へと一人の精霊が姿を現す。
赤い髪、赤い瞳、赤い炎に身を包む、12、3歳位の少年の姿をした火の精霊だった。


 燃え上がる身体の、人には見えない火の粉が、次々と儀礼の体へと降りかかっている。
儀礼は顔を歪め、震えるように身を硬くさせていた。
《こいよ! 俺が相手になってやる!》
苛立つ男に対して、同じ様に怒りをあらわにして、火の精霊は挑発するように手でかかって来いというジェスチャーをしている。
近くのランプがいっせいに炎の明かりを強めた。


「儀礼、飯の途中だろ。」
強い、威圧感を伴って、獅子がテーブルから歩いてきた。
昨晩徹夜し、朝から眠りっぱなしだった儀礼は、朝も昼も食事を取っていない。
それもこれも、『Sランク』扱いとなりそうな武器を何とかしなくてはいけないためなのだが、それを獅子に言うつもりは儀礼にはない。


 しかし、今度はその獅子に向かって、火の精霊は炎を滾らせる。
《お前とはいい加減、勝負ケリをつけなきゃいけないな。どっちが上か思い知らせてやる。》
火の精霊が言えば、火の粉はさらに量を増し、肌をじりじりと焼く怒りの気配に儀礼はびくりと身を強張らせるのだった。

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