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ギレイの旅

千夜ニイ

アルバドリスクの料理

 ユートラスのとある場所に張られた結界の中、二人の男が周囲に見つからないように会話を交わしていた。
「今回の、死人の兵士の件、ギレイに聞いておきたいことがある。」
黒いマント、黒い眼帯、『隻眼の剣士』の姿で、アーデスは言った。
すでに儀礼の元へ移動するために、この結界を張り、周囲から探知されないように手を尽くしてある。


「あ~、俺。丁度ギレイに用事あるから、ついでに聞いといてやるよ。あの兵士の件な。」
あっさりと、それだけの言葉を残して、コルロは移転魔法で姿を消した。
追跡を振り切る魔法陣を張っていたのはアーデスだというのに、その本人を残して、鮮やかに利用していった。
「……。」
アーデスは無言で怒りをやり過ごす。
今まで、コルロがこのような行動に出ることはなかった。
何か、余程切羽詰った理由があるに違いない。そう判断してのことだった。


 怒気避けのアイテムのなくなった今、儀礼のもとに怒れるアーデスが来ないことになり、本人の知らないところで、儀礼は助かったことになったのだが。
『蒼刃剣』の中に隠された欠損した『死者を操る魔法陣』に関して、問い詰められても、儀礼に答えられるはずがない。
蒼刃剣の解析中に魔法陣の存在に気付いたとしても、それが何であるかを判断する知識を、残念ながら、儀礼はまったく持ち合わせていないのだから。


 ***


 その朝、儀礼が起きると、宿の部屋の中には当たり前のように、拓と利香がいて、白とアルバドリスクの料理に関して話をしていた。
「私は、シエンとドルエドの料理ならできるんだけど、アルバドリスクの料理は習ったことがないの。ごめんね、白。作って上げられなくて。」
慰めるように、白の頭を撫でながら利香がそう言っていった。
「気にしないで。別に、食べたいって言ったんじゃないから、リカがあやまることないよ。」
焦ったように白が利香に手を振っている。
ベッドに上で起き上がったまま、儀礼はぼーっとしたまま、時計を見る。
時間的には、昼食を何にしようか、と話すような時間帯だった。


「リカのご飯。すごくおいしかった。ありがとう。私の国のと違うのに、凄いなって思っただけなんだ。」
白は言う。
朝ごはんは、利香が作ったらしい。
いつから居たのだろうか。
明け方、儀礼が眠りにつく時にはいなかった。


「アルバドリスクの料理は手が込んでるからな。ハーブとか使うのが多いよな。それもいろんな種類の物をたくさん。」
よく知っているかのような口調で拓が言った。
「うん。私は……作れないんだけど。ずっと食べてないからちょっと懐かしくなっちゃったな。」
困ったような、恥ずかしがるような赤い顔で白が言った。


 そして、いつの間にか、昼食は拓が作ることになっていた。
「アルバドリスク人と、ハーフがいて、アルバド風の料理が作れるのが、俺だけってどういうことだよ。」
呆れたような口調で、フライパンに油をなじませながら拓が言う。
「えっと、あ、はは。私は戦う方が得意で……。」
困ったように白が笑う。


 儀礼は負い目にも感じていないらしい様子で口を開く。
「だって、母さんもアルバドの料理作れなかったよ。ドルエドに来てから料理覚えたからって。それよりどうして拓ちゃんが母さんの国アルバドリスクの料理なんてできるの?」
不思議そうに儀礼は首を傾げた。
「エリさんのために覚えたに決まってんだろ。」
当たり前のように拓は言った。
拓が、自分の父親になるのではないかと、本気で恐れた幼い時期が儀礼にはあった。


 1時間もしないうちに、香草と鶏肉のソテーとクリーミーな野菜のスープ、鮮やかに盛り付けられた、魚と色とりどりの野菜のサラダなどが出来上がった。
それに、切り分けられたパンには、柔らかいチーズが添えられている。
「この辺で手に入る材料だとこんなもんだな。」
そんな風に言う拓だが、昼食にしては立派なメニューが出来上がっていた。


「すごい、タク! 国で食べてたのと同じだ。懐かしい~。すごくおいしいよ。ありがとう!」
興奮したように頬を赤くし、嬉しそうに白は言う。その明るい表情は本気で喜んでいるようだった。
「白のためだったら、いつでも作るよ。」
真剣に白に向き合い、拓は言う。
「よかったね、白。専属コックができたよ。好きなだけ使ってあげれば?」
食事しながら、顔も上げずに儀礼は言う。
一瞬、ピリリとした空気が食卓に流れた。


 一瞬の後に、涙をこらえている儀礼を見て、白は慌てたように拓を見る。
その時にはもう拓に怒っている様子はない。
「あ、えっと、教えて欲しい!!」
瞳を輝かせて白は言った。
「ああ、いつでも。喜んで。」


 拓は簡単に了承の返事をしてはみたが、しかし、白は料理の経験がまったくないらしい、ということがわかった。
「剣の扱いなら慣れてるんだけどな。」
うまくいかない包丁の使い方に、白はポツリと呟く。
「ああ。かなり違うな。まず大きさも使い道もな。」
言いながら、拓は白の手を取り、正しい持ち方に握り直させる。
反対の手も指を切らないようにと、軽く握りこむ。
「このまま前に押すように切ればちゃんと薄く切れる。」
白の手の上から拓が包丁を動かせば、向こう側の透けるような薄っぺらい野菜の輪が出来上がった。
「わっ、すごい。」


 そのまま、薄っぺらい野菜の輪は増えていく。
元の野菜の大きさは、なかなか変わらない。
「……あのさ、料理の基本から教えるなら、多分、利香ちゃんのがうまいと思う。」
まったく進む気配のない料理教室に、儀礼は中断――思った意見を提案した。


 そうして調理室では、利香と白の料理講座、居間では拓が儀礼を睨み付けるという構図が出来上がっていた。
「僕も利香ちゃんに教えてもらおうかなぁ。」
「お前は利香に教わる程度はできるだろ!」
儀礼が調理室へと逃げ込もうかと思えば、今度は獅子が睨むような視線を儀礼へと送ってきた。


(誰かどうにかして……。)
安全を保つ二人が調理室へと行ってしまって、儀礼は瞳に涙を浮かせていた。
その時、部屋の片隅に白い魔法陣が現れた。
腕輪は水色と淡いオレンジ色に光っているので、アーデスやヤンではない。


「ちょっと! 何でこの部屋、こんなに入るの大変なのよっ!」
現れたのは、ショートカットの黒髪に、青い瞳の魔法使い、マフレ。
一緒に立っているのは、鮮やかなオレンジ色の長い髪に、薄茶色の瞳のランジェシカ。
それに、茶色の髪に茶色の瞳の『砂神の勇者』、クリームだった。

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