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ギレイの旅

千夜ニイ

解ける呪い

 翌朝の教会。
神聖な気配の中、神殿に並べられた、たくさんの儀式用具。
グランを中心に、教会の僧侶達が、白い独特の衣装を纏っている。
邪魔にならないように、端のほうに集まって、儀礼、白、獅子、ベクトにモートックが儀式のための結界の中で待機していた。


 めったに参加できない呪いの解呪儀式に、モートックは上機嫌だ。
「すみません、ちょっとグランさんと打ち合わせてきます。」
まもなく儀式が始まると言うところで、儀礼はモートックに断り、グランのそばへ寄る。
「グランさん、あの、邪魔にならなければ、このグラス、儀式陣の中に置いてもらえませんか?」
儀礼は数個のガラスのコップを示して言う。
「いいですけど、なんですか?」
不思議そうに聞くグラン。


「えーと、ただのグラスなんですが、効果アップになるかと。割れると危ないんで、ちょっと気をつけてくださいね。」
中央に置かれたナイフを中心に、床に特殊なインクで描かれた儀式陣。
儀礼はその中に入ると、陣をくずさないように気をつけてグラスを散開させて置く。
「ありがとうございます。お願いします。」
深くグランに頭を下げると、儀礼は皆が待機する結界の中に戻る。


「ベクトさん、モートック氏の後ろに立っててもらえますか?」
いたずらっぽい表情を浮かべて、儀礼がベクトの耳にささやく。
「それが、一芝居に関係あるんですか?」
ベクトも小さい声で返す。
魔剣を開封しようとしているモートックを改心させるための作戦。
儀礼はコクンとうなずいた。


「モートックさん、どうぞこちらへ。一番前でご覧ください。」
儀礼は、自分の横を示してモートックを招く。
「おお、特等席だな。どれどれ、ゆっくり見物させてもらおう。」
用意された大きめな椅子に腰掛けて満足そうな顔。
儀礼の罠にかかりつつあるとも知らないで。




「聖なる光を作りし神よ。我らは光の御手であり、聖なる光を呼ぶものである――。」
静かな神殿内に、グランの涼やかな声で詠唱が始まった。
とたんに、儀式陣の周囲に白い小さな光の粒が現れ、ナイフのある結界の中へと集まってゆく。
「呪いを受けし銀のナイフに払いの力を授けよ。」
グランがさらに詠唱を続けると、ナイフから、黒い煙のように闇が噴出してくる。


 その闇は段々と濃くなり、儀式陣の内部で勢いを増し、ぐるぐると回りだす。
さすがに、強靭な儀式陣の結界。
これだけ強い闇が現れてもびくともしていない。
苛立っているのか、凶暴化したような闇は人型とも言いがたい、影の崩れたような姿で陣の中を飛び回る。


 ガシャーン! ガチャガチャッ!
儀礼の置いたグラスが闇にぶつかり次々に割れて飛び散ってゆく。
闇は苦しそうにもがき、鬼のような形相を作り儀式陣へと体当たりを始めた。
そこに透明な壁があるように、結界に阻まれ、闇はそれ以上外へと出られない。


「聖なる力を持って潜みし闇を打ち破り、真なる輝きを取り戻さん。」
グランの揺らぎない声が神殿内に響き渡る。
その周囲では、大勢の僧侶達が、聞き取れない声で、言葉か、古代詩かなにかを唱え続けている。
光の粒は、直径2センチほどにまで成長した。
輝きは増し、闇はさらに苦しそうにもがきだす。


 その光景を、興奮したように見ているモートック。
ちらりと横目でそれを確認し、次に儀礼はその真後ろにいるベクトを見る。
驚いたように口を開け放し、圧倒されている様子のベクト。
近くにいる獅子と白も食い入るように闇の姿を見ている。
(そろそろかな)
弱り始めたような闇の鬼。


 影の端々が、風に揺れる炎のように弱くなったり強くなったりを繰り返している。
儀礼はグランに気付かれないようにそっと手を伸ばし、目の前の儀式陣の結界に触れた。
 ビシッ
小さな静電気のような音をさせて陣の一部にわずかなひびが入った。
それを闇が見逃すはずもない。


「グゥオオオ……!」
声とも咆哮ともつかない音をさせて闇が、ひび割れた結界に近づいてくる。
もちろんそれは、儀礼の真横にいるモートック氏の目の前でもある。
もとは悪魔の思念で、鬼の形相をした人の形の崩れた影。
死神をさらに凶悪な表情にしたようなそれは、まさしく恐怖の象徴。


 グゴーーン!!
大きな音をさせ、モートックの目前の結界が揺れる。
「儀礼さん! 危ないわ、下がって。」
慌てたようにグランが言う。
しかし、儀礼は下がらない。


「大丈夫ですか?」
気遣う振りをして一歩モートックに近づく。
「な、なんじゃこれは! 何故わしの前に……!」
怒ったようなそぶりを見せるモートックだが、怒気がないのを見ると、相当怯えているのだろう。
「わかりません。普通、ああいった闇の者は、闇に惹かれる者に寄せられて近付こうとするものですが……。」
儀礼は身に覚えがない、と言うように首を振って否定してみせる。
――心の中だけにいたずらな笑みを浮かべて。


 モートックは、顔を引きつらせる。
闇に惹かれるとは……、つまり、魔剣の闇を開放したいと望む自分のことだろうか……、と。
まさか、自分がすでに闇を解こうとしていたことがバレでもしたら、モートックは立場的に大っ変まずいことになる。


 ガッシャーン!
ひときわ大きな音をたてて、儀式陣の結界は破れた。
「ひぃぃぃぃ!」
モートックは目の前に現れた闇に悲鳴を上げて、椅子から転げ落ちる。
そこへ襲い掛かるように勢いをつけた死神が飛んでくる。


「でも大丈夫ですよ、ここには最高位の神官グラン様がいらっしゃるのですから。」
それでも、平然とした様子で儀礼は言う。
モートックはその瞬間に、死を恐怖していた。
自分が闇に惹かれていると知る者がいない今、自分を助ける者はいないのだ、と。


「祝福の力、ここに示されよ。」
その時、グランの一段と強い詠唱が響いた。
 パーンッ!!
儀礼の張っていた結界に闇がぶつかるのと同時に、大量の光の固まりが闇の鬼を打ち砕いたのだった。


 聖なる光が霧散して消え去っていくと、神殿内に清浄な気配が満ち溢れた。
闇の荒らした空間を清め去るかのように、静まり返る。
儀式陣の中央に置かれていたナイフは、黒ずんだ様を消し、祝福を得たことにより、本来ある銀の光以上の輝きを放っていた。

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