ギレイの旅
乱入者
「もどったぞ。」
きっかり一時間後に、隊長は戻ってきた。
顔はすっきりとしており、短時間の睡眠でも問題なさそうだ。
「おかえりなさい。それじゃベクトさん、休憩してきていいですよ。」
あいかわらず、コンピュータに目を向けたままで儀礼は言った。
「はい。わかりました。」
よろよろと、椅子から立ち上がるベクト。
(休める。)
感動のあまり、乾いた瞳にも潤いが表れる。
ベクトが隊長と入れ替わりで扉から出ようとした時だった。
開け放していた扉から、何かがもうスピードで入ってくる。
瞬時に取り押さえようとした隊長だが、その人物を確認した瞬間に、――固まった。
「儀礼クンみぃ~つけたっ♪」
甘ったるい声で、儀礼の首に抱きついたのは、冬という季節も考えない、露出も露な女性だった。
「うわ、エーダさん?! 今忙しいんで、邪魔しないでください。ほら、仕事してくださいよ。受付でしょ。」
抱きついてきた相手の顔だけ確かめて、再びモニターに目を向ける儀礼。
女性は不満そうに頬を膨らませる。
「冷たい、儀礼クン。ねぇ、どうこの服。似合う?」
体のラインを見せ付けるかのように、ポーズを取る女性。
薄茶色の長い髪を二つに結った姿は、そのスタイルから想像するより、ずっと若々しく溌剌として見える。
頬を染める警備隊長とベクト。
「寒そうですね。」
片方の手で資料の紙をめくり目を通しながら、反対の手ではキーを見ないまま文字をパソコンに打ち込んでいく儀礼。
注意も向けず、適当に答えている。
「隊長さん、仕事ですよ。不法侵入者です。外に出してください。」
態度は変わらず、儀礼は今度はモニターを見たまま指示を出す。
「お、おう。そうか。」
研究室は、使用中は関係者以外立ち入りを制限している場所である。
隊長は、女性の腕を掴み、外へ引っ張り出そうとする。
「キャー、いや! 痴漢!」
女性は悲鳴を上げ、さらに儀礼に抱きつく。
露な肌が密着しているが、儀礼は涼しい顔をしている。
「痴漢って……。」
警備隊長は、何かひどいショックを受けているようだ。
「エーダさん。」
そこで儀礼が立ち上がる。
瞳は予想外に真剣な顔をしていた。
「これから重要な研究の実験があるんです。すぐに出て行ってください。」
怒ってはいないが、咎める姿勢が入っている。
「でも……儀礼クンがまた来るって、言うから私、着替えて待ってたのに……。」
女性はうぅっと瞳を潤ませる。
「えっ!?……っと、儀礼さんの恋人……ですか?」
話の内容に赤面している青年。
どうみても、女性の方が年上だが、一目で惹き付けられる女性の美貌と、魅力はそれを補ってあまりあるだろう。
しかし――。
「ひどいよ、受付素通りするなんて! 私と儀礼クンの会える所なんて、それ位しかないのに。」
どこからかハンカチを出し、目元に当ててむせび泣くそぶりを見せる女性。
「受付での手続きは全部済ませてますし、用がなかったんで。」
当然でしょう、と儀礼は言う。
「私に会うって用があるでしょう!!」
儀礼の手を取り、自分の胸元にまで持ってくる女性。
「いえ、あなたにも特に用事はないですが?」
女性の意思が儀礼には通じていないのか、首をかしげて疑っている。
見かねた青年がことを納めようと進み出てきた。
「あの、儀礼さん困ってますので、研究の邪魔はしちゃいけませんよ。」
女性には触れないように、気を使いながら、ベクトは二人の距離を取る。
「あ!」
再び痴漢! とでも騒ごうとしていた女性が、青年の顔を見て表情を変える。
「あんた、ベクト! 変人の論文書いてた奴。確か闇に飲まれて牢や行きのはずでしょ、どうしてこんなとこにいるのよ?! まさか、儀礼クン、こんなの本気で使ってるの?」
青年を指差して「こんなの」呼ばわりする女性。
言われたことが必ずしも間違いでないために、言い返すことのできない青年は頬を引きつらせるので精一杯だった。
「エーダさん。彼の論文は、すばらしい物ですよ。今はまだ認められませんが、これからの世界で重要になるものです。それに、助手としても優秀ですよ、彼のお陰で二日分の資料を、一日でまとめられましたから。」
いつのまにか、ベクトは儀礼にそんなにも評価されていたらしい。
助け舟を出してくれた儀礼に青年は驚く。
「じゃ、私はそれ以上に働いて見せるわ。儀礼クン、私にも手伝わせて。また何か大変なことしてるんでしょう?」
今度は、突然に真剣な表情へと変貌する女性。
その知識の高さと、自信を表す表情も、別の意味で人を惹きつける。
そのあまりの空気の変わり方に、青年は戸惑うばかり。
儀礼は、むぅ~、となにやら口の中で言っていたが、腹を決めたのか、うん、とうなずく。
「わかりました。手伝ってくれるならしっかりお願いします。ちょうどベクトさんが休憩に入るところなんで。」
儀礼が言った。
そう、休憩に入るところだったのだ。ひどく疲れていたのをベクトは思い出す。
だが、なんだかこのまま部屋を出て行くのは惜しい、いや、まずい気がするのだ。
自分の場所を突然やって来た美女に、取って代わられそうで。
やっと、自分の研究を認めてくれる人に、雇ってもらえそうなのにだ。
決して美女のいい姿を見ていたいとかではない。と、思う。
「俺はソファーで寝てますから。何かあったら起こしてください。二時間くらいで起きますから。」
仮眠室に行くのをあきらめ、室内にあるソファーに寝転がる青年。
「そこじゃ休めなくないですか? あ、でも……あなたが仮眠室で寝てたら誰かに研究体にされそうで危ないですね。」
ふっ、と笑いながら視線を逸らす儀礼に、青年は眠気が血の気と共に引いていくのを感じたのだった。
きっかり一時間後に、隊長は戻ってきた。
顔はすっきりとしており、短時間の睡眠でも問題なさそうだ。
「おかえりなさい。それじゃベクトさん、休憩してきていいですよ。」
あいかわらず、コンピュータに目を向けたままで儀礼は言った。
「はい。わかりました。」
よろよろと、椅子から立ち上がるベクト。
(休める。)
感動のあまり、乾いた瞳にも潤いが表れる。
ベクトが隊長と入れ替わりで扉から出ようとした時だった。
開け放していた扉から、何かがもうスピードで入ってくる。
瞬時に取り押さえようとした隊長だが、その人物を確認した瞬間に、――固まった。
「儀礼クンみぃ~つけたっ♪」
甘ったるい声で、儀礼の首に抱きついたのは、冬という季節も考えない、露出も露な女性だった。
「うわ、エーダさん?! 今忙しいんで、邪魔しないでください。ほら、仕事してくださいよ。受付でしょ。」
抱きついてきた相手の顔だけ確かめて、再びモニターに目を向ける儀礼。
女性は不満そうに頬を膨らませる。
「冷たい、儀礼クン。ねぇ、どうこの服。似合う?」
体のラインを見せ付けるかのように、ポーズを取る女性。
薄茶色の長い髪を二つに結った姿は、そのスタイルから想像するより、ずっと若々しく溌剌として見える。
頬を染める警備隊長とベクト。
「寒そうですね。」
片方の手で資料の紙をめくり目を通しながら、反対の手ではキーを見ないまま文字をパソコンに打ち込んでいく儀礼。
注意も向けず、適当に答えている。
「隊長さん、仕事ですよ。不法侵入者です。外に出してください。」
態度は変わらず、儀礼は今度はモニターを見たまま指示を出す。
「お、おう。そうか。」
研究室は、使用中は関係者以外立ち入りを制限している場所である。
隊長は、女性の腕を掴み、外へ引っ張り出そうとする。
「キャー、いや! 痴漢!」
女性は悲鳴を上げ、さらに儀礼に抱きつく。
露な肌が密着しているが、儀礼は涼しい顔をしている。
「痴漢って……。」
警備隊長は、何かひどいショックを受けているようだ。
「エーダさん。」
そこで儀礼が立ち上がる。
瞳は予想外に真剣な顔をしていた。
「これから重要な研究の実験があるんです。すぐに出て行ってください。」
怒ってはいないが、咎める姿勢が入っている。
「でも……儀礼クンがまた来るって、言うから私、着替えて待ってたのに……。」
女性はうぅっと瞳を潤ませる。
「えっ!?……っと、儀礼さんの恋人……ですか?」
話の内容に赤面している青年。
どうみても、女性の方が年上だが、一目で惹き付けられる女性の美貌と、魅力はそれを補ってあまりあるだろう。
しかし――。
「ひどいよ、受付素通りするなんて! 私と儀礼クンの会える所なんて、それ位しかないのに。」
どこからかハンカチを出し、目元に当ててむせび泣くそぶりを見せる女性。
「受付での手続きは全部済ませてますし、用がなかったんで。」
当然でしょう、と儀礼は言う。
「私に会うって用があるでしょう!!」
儀礼の手を取り、自分の胸元にまで持ってくる女性。
「いえ、あなたにも特に用事はないですが?」
女性の意思が儀礼には通じていないのか、首をかしげて疑っている。
見かねた青年がことを納めようと進み出てきた。
「あの、儀礼さん困ってますので、研究の邪魔はしちゃいけませんよ。」
女性には触れないように、気を使いながら、ベクトは二人の距離を取る。
「あ!」
再び痴漢! とでも騒ごうとしていた女性が、青年の顔を見て表情を変える。
「あんた、ベクト! 変人の論文書いてた奴。確か闇に飲まれて牢や行きのはずでしょ、どうしてこんなとこにいるのよ?! まさか、儀礼クン、こんなの本気で使ってるの?」
青年を指差して「こんなの」呼ばわりする女性。
言われたことが必ずしも間違いでないために、言い返すことのできない青年は頬を引きつらせるので精一杯だった。
「エーダさん。彼の論文は、すばらしい物ですよ。今はまだ認められませんが、これからの世界で重要になるものです。それに、助手としても優秀ですよ、彼のお陰で二日分の資料を、一日でまとめられましたから。」
いつのまにか、ベクトは儀礼にそんなにも評価されていたらしい。
助け舟を出してくれた儀礼に青年は驚く。
「じゃ、私はそれ以上に働いて見せるわ。儀礼クン、私にも手伝わせて。また何か大変なことしてるんでしょう?」
今度は、突然に真剣な表情へと変貌する女性。
その知識の高さと、自信を表す表情も、別の意味で人を惹きつける。
そのあまりの空気の変わり方に、青年は戸惑うばかり。
儀礼は、むぅ~、となにやら口の中で言っていたが、腹を決めたのか、うん、とうなずく。
「わかりました。手伝ってくれるならしっかりお願いします。ちょうどベクトさんが休憩に入るところなんで。」
儀礼が言った。
そう、休憩に入るところだったのだ。ひどく疲れていたのをベクトは思い出す。
だが、なんだかこのまま部屋を出て行くのは惜しい、いや、まずい気がするのだ。
自分の場所を突然やって来た美女に、取って代わられそうで。
やっと、自分の研究を認めてくれる人に、雇ってもらえそうなのにだ。
決して美女のいい姿を見ていたいとかではない。と、思う。
「俺はソファーで寝てますから。何かあったら起こしてください。二時間くらいで起きますから。」
仮眠室に行くのをあきらめ、室内にあるソファーに寝転がる青年。
「そこじゃ休めなくないですか? あ、でも……あなたが仮眠室で寝てたら誰かに研究体にされそうで危ないですね。」
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