ギレイの旅

千夜ニイ

魔の情報

 魔剣の受け渡しはスムーズに終わった。
警備隊長がモートック氏と知り合いであったことも、早く進んだ要素の一つだろう。
要人の警護もしている警備隊が、彼のような資産家にも信用があるのは当然だろう。
そして、もう一つ。


 ベクトの存在。
彼が昨日の呪われたアイテムを使った青年だと知ると、モートック氏はぜひとも、と話を聞きたがった。
「時間がありませんからまた今度。代わりに神官グラン様の解呪の儀式に招待いたします。」
と、儀礼は得意の笑顔でかわしてきたが。


 そして今は管理局内の研究室。
儀礼とベクトは魔剣、『マーメイド』を机の上に置き、その横でコンピューターのモニターを眺めている。
警備隊長は、びしっと直立し、扉の前に待機している。
「ギレイサン……、これって、……いいんですか?」
モニターを見ていたベクトが驚いたような、緊張した声を出す。


「問題ないよ? ちゃんとパスしてるでしょ。」
軽い調子で返す儀礼が見ているのは、管理局本部のデータバンク。
それも、おそらくは最重要機密の一角。
歴史上、また、公式に世界に出回っていない魔剣、魔物の情報が、画面上を流れ去ってゆく。


「お、俺、殺されたりしませんか??? これ見ちゃって。あなた、本当に何者です?」
ベクトの声は震えてきている。
「いや、ここから『マーメイド』の資料を探してもらいたいんですが。魔剣の方ね。僕は魔物の方、『海の鬼』について自分のパソコンから探索するから。――何者でもないですよ?」
儀礼は怯えるベクトを不思議そうに、首をかしげて見ている。


「なんだ? どうした?」
揉めているとでも思ったのだろうか、隊長が二人のそばまでやってくる。
「ああああ、だめです、来ない方がいいです。見ない方が……。」
ベクトは必死に手を振るが、残念ながら隊長にはその意思が通じなかったようだ。
「なんだって言うんだ?」
眉間にシワを寄せて、怪しむようにモニターを覗いた隊長。


「……ああ、お前アレだったっけな……。」
一瞬にして視線を逸らした彼は、窓の遠くを見るようにして、悟ったようにつぶやいた。
『Sランク』それはこんなにも世界を変えるものなのか。


「ちょっと、二人とも。そんな死んだ目してないで手伝ってくださいよ! 明日中にはまとめて提出したいんですから。このデータに触れる許可はちゃんと出しますから。」
儀礼がパソコンを少しいじると、ピッ ピッと認証音が二人分鳴る。


「なんだって俺が手伝う話になってるんだ?! 俺は警護だろうが!」
我に返った隊長が怒る。
一瞬、びくっと体を緊張させた儀礼だが、口は滑らかに言葉を出す。
「物を知ってなきゃ、いざという時ちゃんと守れませんよ。魔剣というものについてもっと知っといてくださいよ。まして、この町にある高ランクの魔剣なら、暴走した際、体張ってでも止める気でいなくちゃだめですよ。あなたはその地位にいるんですから。」
もっともらしく儀礼は言うが、警護でも管理局での一般レベル知っていれば十分であって、Sランク分野に触れろとは横暴な話である。
今の立場上、逆らう許可がない限り、警備隊長にはどうしようもないことであるが。


 隊長とベクト。
二人はこのわずかな時間に、恐ろしいデータの波に追われ、驚くほど互いの信頼感を築くことができたのだった。
お互い、ありがたくもなかったが……。




 一番星が輝いて――、一番鳥の鳴き声がした。


「うおーーー! 嘘だーぁ! 嘘だと言ってくれーー!」
静かな研究室の中で、猛々しい男の絶叫が響いた。


 声の主は警備隊長で、上の一行の時の間、一度として警備としての仕事をしていなかった。
一晩中、モニターを眺め、儀礼の出す指示通りに資料を探す。
気の遠くなるような作業。
ましてや、必要な物を探す過程で目に入ってしまう、必要のない情報。
知りたくない物、見てはならないもの、なのに、念を入れて読みいってしまうような、恐ろしい文字の隊列。


「隊長さん、寝ぼけるなら寝てからにしてくださいよ。もう、いいですから、仮眠室でも、そこのソファーででも寝ててください。」
それらに脳を焼かれつつ、長時間のモニター直視に目を回している男に、儀礼は視線も向けずに言い放った。


「ギレイさんそれは……。」
言い過ぎでは、と苦笑する青年もさすがに疲れから、目の下のくまを筆頭にひどい顔色をしている。
研究者にとっては慣れた作業ではあるが、これだけ膨大なデータを相手にしたのはベクトにとっても初めてのことであった。


 なのに、儀礼はけろっとした顔で、二つのコンピュータと、印刷した大量の資料、魔剣の分析をしている大型の機械などを扱っている。
「いえ、悪い意味ではなくて。すみません、言い方が悪かったですね。僕もちょっと余裕がなくなってるんで。」
儀礼はコンピュータから意識を放さないまま、しゃべっている。


「手伝っていただいてるわけですから、大変助かってます。でも、隊長さんには一度体を休めてもらって、今度は本当に剣の警護に回ってもらいたいので。お願いします。」
モニター前に倒れ伏していた警備隊長は、それを聞きよろよろと起き上がる。


「おう、わかった。くそ、体術訓練なら何日でも起きてられんのに……ぐふっ。」
なんだか、酔っ払った人のようにふらふらしながら、口に手を当てて隊長は部屋を出て行く。


「すみません、こんなこと手伝わせてしまって。ありがとうございます。」
扉を閉めようとした隊長に、ようやく顔を向けて儀礼が言う。
長時間の作業のために眼鏡を外した、少女と間違われるその顔でにっこりと微笑んで。


「ぐっ、……かまわん、これも仕事だ。1時間休ませてもらう。」
気持ち悪いのがどこへ行ったのか、しゃっきりと背筋せすじを伸ばし、隊長は仮眠室へと歩いていった。
「それじゃ、一時間後に、交代でベクトさん、休憩してください。」
同じようににっこりと笑う儀礼。


(あぁ、あと一時間、俺は働かされるのか……。)
疲れた体に鞭打って、意識を浮かされたようにモニターに向かうベクト。
闇より帰った青年は、天使の笑みの中に、闇に似た存在を認識したのだった。

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