ギレイの旅

千夜ニイ

ベクトの希望

「で?」
獅子が白と小鳥を中庭でたわむれさせていた(?)ところ、ベクトが話しかけてきた。
「儀礼の配下につきたい? って、意味がわからん。」
獅子は首をかしげてベクトを見る。
ベクトは、怯えるようにビクリとして、背筋をただす。
黒髪の少年はすっかり、怖い人物としてベクトに認識されてしまったらしい。


「えっと、だから、助手でも、研究生としてでもいいんで、ギレイさんの下で働かせて欲しいんです。」
助手や研究生として研究者の下につくとは、その人の研究の補助や雑用などをして全面的に手伝うこと。
自分自身の研究に関しては完全に妥協することになる。


「ん~、俺には、わからん。儀礼に直接聞けよ。でもあいつ、なんか題材持って研究してるのか?」
「え?? っと、してないんですか? ていうか、知らないんですか?」
獅子に問われて、ベクトはひどく驚いたようだった。


 確かに、獅子と儀礼は共に旅をして、一緒にいるわけだが、研究やら資料作成やらは獅子には退屈極まりない分野だ。
「儀礼は、いろいろやってるが、広すぎてわからん。あいつの場合遊んでるのが発展して、新型兵器作るからたちが悪すぎる。」
何か思い当たったのか、獅子は一瞬顔を青ざめて視線をそらした。


「えっと……新型兵器、ですか?」
なんだか、ベクトが予想していたものとは違う気がする。
傷付いた小鳥の羽を作ったり、古代の神々の力を用いたり、そういう研究ではないのだろうか。
しかし、青年は首を振る。
そんな簡単に気持ちを変えるほど、ベクトの気持ちは、軽々しい決断ではないのだ。


「と、とにかくギレイさんはどこですか?」
直接聞いてみるしかない。それが、一番早いのだし、とそれがベクトの出した結論だった。
「寝てるぞ、そこの入り口から入った、突き当たり奥の部屋。適当に起こしてくれって言ってたから起こしてやってくれ。仕事もあるらしいから。」
獅子は、正面に見える開きっぱなしの扉を示す。


「俺も仕事に行ってくるから、あと儀礼頼むな。研究室こもるとか言ってたけど、風呂と飯は無理矢理にでも押し込め。俺が許可する。」
年下の癖に、えらそうに指示する獅子。
ベクトは、指図されたことには違和感を感じず、むしろ、頼まれた内容に困惑した。


「ちょっと待ってください、でも、俺は……。」
そんな、何それ言えるほど、親しいわけでもなく、本当なら尊敬して仰ぎたいほどなのに、と。


「あいつはな、体は……ちいさいが、中身も小さいんだ。昔っから、成長しない。」
獅子は大袈裟に首を振って見せる。
「研究、研究、とか言って、研究室に篭り、飯は忘れる、風呂は入らない、眠るのも忘れて、二日ほどで屍になりかけてんのを俺は何回か拾った。」
獅子が今度は、うんうん、と首を大きく縦に振っている。


「今は、もう一人見なきゃいけないのがいてな。」
と、白のほうをチラリと見て獅子は言った。
今の所、獅子は何の気配も感じていないが、白は体が弱りきるほど追われて、何者かに狙われている様子だった。
白を一人にはできない。


「だから、儀礼の方は任せた。もし、何かやばそうだったら呼んでくれりゃ行くけど。ま、その辺は大丈夫だろうな。」
管理局関係では、儀礼より強い者はそういない。腕っ節ではなく、立場的な意味でだが。
何しろ儀礼は、管理局のランクS、『王』とまで呼ばれる存在だ。
かえって、獅子の方が手が出せないほどだった。


「そう……ですか。役に立つかは分かりませんが、やってみます。」
ベクトは納得いかないまでも、儀礼を屍(?)にするわけにはいかないので、自分が研究生としてでもそばに置いてもらえたなら、できうるかぎりをしよう、と獅子の言葉に頷いた。
そしてそれを確認すれば、そのまま獅子は白を呼び、本当に外へと行ってしまった。


 呆然と二人を見送り、おそるおそる、といった様子で、ベクトは儀礼の眠る部屋へと、進んでいった。
「あの、ギレイさん。」
布団の中で、丸まるように眠る儀礼を見て、何度か、迷ったあげく、ベクトはようやく声をかける。
「んー……。」
少年からはわずかに反応があったが、瞳は固く閉じられたままだ。


「あの、……仕事があるんではないですか?」
遠慮気味に青年は話しかける。
「ん~、……ある。」
頷く変わりのように、ごろん、と儀礼は寝返りを打ち、ベクトのいる布団の端まで来た。


「えっと、あと、話があるんですけど……。グラン様から、人として生活する許可をもらいました。それで、その、俺を、あなたの助手でも、雑用係としてでも、配下に置いてもらえませんか……?」
ベクトは真剣なのだが、儀礼からの返事はなかなか来ない。
よく見れば、まだ、儀礼の瞳は開かれていないようだ。


「……ん~と、僕は旅してるから、下は持たないんだ。まだ年齢低いし。」
やっとベクトへと出された答えは、否定。
「でも、ランクでは問題ないですよね?」
当然のように言うベクト。
助手などを持てるのは管理局ではランクBからだ。
Bランクを与えられるのは、管理局ではだいたい二十歳前後からだった。
儀礼はベクトに自分のランクを教えた覚えはかった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品