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ギレイの旅

千夜ニイ

「人です。」

「ベクトさん……。」
儀礼の呼びかけに青年が驚いたような顔をする。
出会ってから今まで、青年は一度も名乗ってはいない。


「あ、ごめんなさい。さっき管理局から戻ったんで、そこであなたの名前を聞きました。」
儀礼は自分が挨拶もしていないことに気付く。
「僕はギレイ。後ろの黒髪がリョウで、隠れてる小さい方がシロです。」
順に紹介する儀礼。
青年はうなずく。
「俺は……。僕は、ベクトです。この町で研究者として管理局に属してます。いえ、ました。この度はあなた方、天使様のお手をわずらわせてしまいまして……。」
暴走し始めそうな青年の言葉を手でさえぎり、儀礼は口を開く。


「すみません、まず、僕ら間違いなく『ただの人』ですから。」
儀礼は深く色眼鏡を押さえながら青年に言う。
「そんなご謙遜けんそんを。ただの人が闇にとらわれた人間と対等に戦ったり、闇を散らす精霊を従わせたり、人についた闇を払い去ったり、できるわけないじゃないですか。」
青年は、にこにことしたまま、なかば心酔するように儀礼たちを見る。
(((記憶あるのか……。)))
儀礼たち、三人の心の声が重なった。


 闇から戻った人間は少ないが、いないわけではない。
しかし、闇に囚われていた間のことを、ベクトの様にはっきりと、覚えている者は歴史上いなかった。
いや、もしいたとしても、人として扱われなくなった彼らの記録が正しく記されるとは思えないが。


「それでも人です。この二人が常人離れしてるのは認めますが、僕は一般人です。」
必死な表情で儀礼は訴える。
「なんでギレイ君だけ否定してるの?! 私だって人間だよ!」
青年に警戒してか、獅子の後ろに隠れながらも、立派に主張する白。
「儀礼、それは『いい』意味でとっていいんだよな?」
ふわり、と。
そう、ふわりと、獅子の背後で怒気が揺れた。


「間違いなく、三人とも人だ。信じろ。人だ。」
体を硬直させた儀礼が、冷や汗を流しながら唱えている。
「でも……。」
何かを言い足そうとする青年。
「人だ。」
儀礼はそれを拒む。
「いえ、でも……。」
「人だ。」
「ですが……。」
「頼む、もう信じてくれ。」
涙ぐむ儀礼を見て、青年は仕方なさそうに コクン とうなずいた。


「わかりました。あなたがそう言うのでしたら。」
「うん、わかってくれてよかった。」
ふぅ、と軽くなった体に安堵のため息をつき、儀礼は青年に向き直る。


「見た感じだと、元気そうだけど、どっか調子悪いとことかないですか?」
「いえ。とくに。」
少し考えたようにしてから、青年は首を振る。
「あなたの身は神官グランさんが保護してださいました。グランさんの許可が下りれば、外に出ることも、今まで通りの生活に戻ることも可能です。」
儀礼の言葉に、青年は悲しそうな表情で首を横に振った。
「無理ですよ。俺は闇に落ちた人間です。すでに、……人としての権利は失っているはずです。誰も、……だれも、僕のことを信用してはくれません。きっと。」
暗く、沈みこんだ表情で青年は俯く。


「あなたが、本当に市民権を失った状態でいいと言うなら、遠慮なく研究体として扱わせてもらいますよ。いいんですか、そんな状態になって?」
目を細め、冷たい口調で言う儀礼。
「何言ってんの!? ギレイ君! だめだよ、そんなの!」
反論は青年の口からではなく、儀礼の背後から来た。


「いや、白、そうじゃなくて――。」
「いいですよ。」
儀礼が白を黙らせようとしたところで、青年が肯定を表した。
「それでいいです。あなたの研究の役に立つのでしたら、使ってください。」
まるで自首してきた犯人のように、両手を儀礼の前へと差し出す青年。


「ちょっ、よく考えてください? 僕が何の研究しているのかも知らないのに……。人体の解明とか言って全身切り刻まれたりしたらどうすんですか?!」
慌てたような儀礼に、否定は――、やはり後方から来た。
「ひどい!! 儀礼君、そんなことするの!? そんなの絶対だめだよ!! 私は許さない!」
獅子の後ろから出てきて、儀礼の真後ろで白が叫んでいる。
その真摯な怒りのこもった声に、ポーカーフェイスが崩れそうな儀礼は、内心必死だった。


「構いません。闇を払うあなたならば、それが人のためになることなのでしょう。」
真剣に放たれた青年のその言葉に、儀礼は面食らったように驚いた顔をした。
青年は迷う様子もなく、儀礼の瞳をまっすぐに見ている。


「くっくっくっ。」
と、獅子が口の中で笑い声を上げている。
そんな獅子の様子に、白が、儀礼と獅子を見比べて、
「え? 何?」
と戸惑っている。


 儀礼は苦い笑いを浮かべた。
「だめじゃないですか。そこは、ちゃんと命にしがみつかなきゃ。」
睨みつけるような儀礼の表情だが、青年への威圧感はまるでない。


それは……青年の友人がいたずらをしかけてきて、失敗した時の顔に似ていた。
 青年の家の玄関前に、その友人は落とし穴をしかけていた。
 青年が普通にその穴をまたいで通り過ぎたため、彼は怒ったような顔をしていた。
 「だめじゃん。そこは、気付いても落ちなくちゃ。」
その時は、なんて無茶を言うんだ、などとベクトは思っていたのだが。


「ふふ、ふははは。」
青年はお腹を抱えて笑い出した。
そんな青年に不思議そうに首を傾げる儀礼。
「はは……ごめん……なさっ……は、ははは……。」
あやまりつつも、笑い続けている青年。


 儀礼はどうしたものかと、首を傾げたまま腕まで組んでいる。
青年は、お腹をかかえたまま、しゃがみこんでいた。
そして、笑い声は小さくなり、その部屋にはしばらくの沈黙がおとずれた。
やがて、青年は立ち上がった。
迷いながらも、儀礼を見る。


「わかりました。しがみつくほどの物、自分にはないと思ってましたが……。」
その友人の顔と共に、家族、親しい友人たち、近所の人々。
懐かしい思い出まで、多くのことが青年の脳裏には浮かび上がっていた。
「あきらめるには、早いかもしれません、よね……。」
覚悟を極めた青年の言葉に、儀礼は満足そうに、微笑んだ。

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