ギレイの旅
警備兵による包囲
カララン
音をたててナイフが地面に落ちた。
同時に青年は意識を失ったように、崩れ落ちる。
そばにいた儀礼はその体を慌てて受け止める。
ずしり、と儀礼よりも大きな青年の体の重さに儀礼はよろめく。
「重い……。」
黒いもやを倒した感動とか、仲間同士の喜び合いとか、何もかんも無い奴である。
ゆっくりと、儀礼は青年の体を地面に寝かせた。
「ふぅ~。」
深い息を吐く儀礼。
「大丈夫?」
白が走り寄ってきて儀礼に聞く。
その瞳には、どこか尊敬のようなものが含まれていた。
しかし、儀礼はそれに気付かない。
「重かったよ。無理。支えられない。」
首を振りながら、儀礼は的はずれな答えをする。
「……いや、体とかだけど……。」
闇に落ちた状態の人間と、非戦闘員である儀礼が戦ったことを心配していたのだが、その返答。白は苦笑する。
「なんとか、片付いたか。相変わらず、すごいことするよな、お前は。魔法使いとかに転向すれば?」
何故だか楽しそうに笑いながら儀礼に近づいてくる獅子。
「いや、魔法とか、わかんないから。」
真顔で嫌がっている儀礼。
ドルエドでは、魔法は一般的ではない。
それこそ、夢物語、本の中の世界、である。
「でも、問題はこれからかな。……やっぱり、ナイフの呪いはコレくらいじゃ解けないみたいだしね。」
地面に落ちた黒ずんだままのナイフを見て、儀礼は言った。聖布でナイフをそっと包む。
ナイフが呪われた当初、その町の教会で解呪を頼んだのだが、一緒に戦いに使った矢の方は、なんとか解呪できたのだが、止めを刺した銀のナイフは何度儀式をやっても失敗に終わった。
『もっと強い力を持った、例えば神官クラスでなければ無理です。』
その教会で、儀礼はそう言われたのだった。
遠くから、大勢の足音が聞こえてきた。
町の警備兵達がやってきたのだろう。
いつの間にか、遠巻きに野次馬も集まっている。
「はぁ。面倒だなぁ。どうしよう、この説明。」
倒れた青年と、地面に散った鳥の羽と血。
そして、呪われたナイフの存在。下手をすれば、牢獄行きだ。
(明日の仕事までに出してもらえ……無い……よなぁ。やっぱ。)
色つき眼鏡をかけて、深い溜息とともに、とりあえず、アナザーに愚痴っておく儀礼だった。
「呪われたナイフ?! 何故そんな危険な物を持ち歩いていた。悪意があるとしか思えん!」
厳しい目つきで警備隊長が儀礼を睨む。
服装や、振る舞いからその男がこの中ではリーダー格だろうと思われた。
儀礼はじりじりと肌が焼けるのを感じた。
そんな儀礼を見て、こんな状況だと言うのに白は笑いを堪えていた。
こんな状況――数十人の兵士達に囲まれ、武器こそ取られていないが、儀礼たち三人は、両手を挙げて反抗の意思が無いことを示させられている。
もちろん、数人の兵士が後ろから銃を構えて、三人の頭や体に狙いを定めている。
気絶している青年は足元に転がされたままだが……。
「並の教会ではこのナイフの呪いは払えないと言われました。そして最近こちらに、旅をしている『最高位の神官』が立ち寄ってると聞きまして、持ち寄ったのですが。すみません、僕の不注意で、ナイフを落としてしまって、たまたま通りかかった彼が拾ってしまって……、邪気に取り込まれてしまったんです。管理不備は承知しています。」
警備隊長に真っ直ぐに向き合い、儀礼は反省した様子で深く頭を下げる。
「そんなでまかせを! ……あの方がここにいるのをどこで知った。」
怒っていた隊長の声が、目の前にいる儀礼にしか聞こえないほどに低くなる。
声は小さくなっているが、その威圧感は格段に増していた。
「いや、俺が無理やり取ろうとしたから飛んじまったんだし。儀礼は悪く無いだろ。」
二人の間に割り込むようにして、慌てたように獅子が言う。
「獅子は悪く無いんだから、黙ってて。」
儀礼はそんな獅子を手で制する。
町で暴れたBランクの冒険者と、町を守る警備隊の長。獅子では分が悪いのだ。
「情報の元について、この国(情報国家)で聞かれるとは思いませんでしたよ。」
含みのある笑みを浮かべ、儀礼は隊長と同じように声を抑えた。
儀礼が『花巫女』に与えられた情報はやはり、普通の者が知る範囲ではないものだったらしい。
しかし、儀礼はにこりと笑う。
「神官グランと言えば、国を越えて有名な方ではないですか。」
声の調子を明るく変え、儀礼はそれが当たり前のことであるように付け足した。
『神官グラン』、その人は世界中を旅しながら、苦しむ人々を救っていると言う神官。
それも、教会から認められた最高位の称号を持ちながら、教会と別で行動している。
それは、教会の指令を受けずとも、すぐに現地に発てるように。
いつでも、多くの人々のために。
そんなグランが、人々に慕われないはずがない。
儀礼の言葉に、警備隊長が苦い顔でうなずいた。
「それで、呪いの被害や討伐要請等の報告がないのだが、どういうことだ?」
気持ちを入れ替えたのか、睨む位の勢いで儀礼に言う隊長。
「緊急事態でしたので、僕と、彼らで対応しました。もともとが僕の持ち物でしたので、責任を取って動くのが当然のことですから。」
儀礼は隊長の目を見て話す。
できるだけ、余裕のある態度を振舞って。
「お前ら子供に、そんな権限があると思っているのか! 事は重要だぞ! お前らがやったのは犯罪行為だ。子供のいたずらですむことでは無いぞ! 運良く、事が収まったからよかったものの、下手をすれば、この町の人間が犠牲になっていたんだ。わかっているのか!」
隊長は儀礼の襟をつかみ、怒鳴りつける。
そんな二人の顔の間に、小さな火の精霊が割り込んで、その隊長に挑むように、さらに炎をたぎらせて、ファイティングポーズをとっている。
《いいぜ、かかってこいよ。俺が相手してやる。》
人には聞えない声を出し、威勢よく12、3歳ほどの、少年の姿の火の精霊が啖呵を切る。
苛立つ隊長にではなく、降りかかる見えない火の粉に、顔をゆがませている風な儀礼を見ていると、大勢の兵士に囲まれているというのに、白には緊張や恐怖を感じるよりも、笑わずにいることの方が難しかった。
青い精霊シャーロットに呆れられながら、白は必死に口元を押さえて笑いを我慢するのだった。
音をたててナイフが地面に落ちた。
同時に青年は意識を失ったように、崩れ落ちる。
そばにいた儀礼はその体を慌てて受け止める。
ずしり、と儀礼よりも大きな青年の体の重さに儀礼はよろめく。
「重い……。」
黒いもやを倒した感動とか、仲間同士の喜び合いとか、何もかんも無い奴である。
ゆっくりと、儀礼は青年の体を地面に寝かせた。
「ふぅ~。」
深い息を吐く儀礼。
「大丈夫?」
白が走り寄ってきて儀礼に聞く。
その瞳には、どこか尊敬のようなものが含まれていた。
しかし、儀礼はそれに気付かない。
「重かったよ。無理。支えられない。」
首を振りながら、儀礼は的はずれな答えをする。
「……いや、体とかだけど……。」
闇に落ちた状態の人間と、非戦闘員である儀礼が戦ったことを心配していたのだが、その返答。白は苦笑する。
「なんとか、片付いたか。相変わらず、すごいことするよな、お前は。魔法使いとかに転向すれば?」
何故だか楽しそうに笑いながら儀礼に近づいてくる獅子。
「いや、魔法とか、わかんないから。」
真顔で嫌がっている儀礼。
ドルエドでは、魔法は一般的ではない。
それこそ、夢物語、本の中の世界、である。
「でも、問題はこれからかな。……やっぱり、ナイフの呪いはコレくらいじゃ解けないみたいだしね。」
地面に落ちた黒ずんだままのナイフを見て、儀礼は言った。聖布でナイフをそっと包む。
ナイフが呪われた当初、その町の教会で解呪を頼んだのだが、一緒に戦いに使った矢の方は、なんとか解呪できたのだが、止めを刺した銀のナイフは何度儀式をやっても失敗に終わった。
『もっと強い力を持った、例えば神官クラスでなければ無理です。』
その教会で、儀礼はそう言われたのだった。
遠くから、大勢の足音が聞こえてきた。
町の警備兵達がやってきたのだろう。
いつの間にか、遠巻きに野次馬も集まっている。
「はぁ。面倒だなぁ。どうしよう、この説明。」
倒れた青年と、地面に散った鳥の羽と血。
そして、呪われたナイフの存在。下手をすれば、牢獄行きだ。
(明日の仕事までに出してもらえ……無い……よなぁ。やっぱ。)
色つき眼鏡をかけて、深い溜息とともに、とりあえず、アナザーに愚痴っておく儀礼だった。
「呪われたナイフ?! 何故そんな危険な物を持ち歩いていた。悪意があるとしか思えん!」
厳しい目つきで警備隊長が儀礼を睨む。
服装や、振る舞いからその男がこの中ではリーダー格だろうと思われた。
儀礼はじりじりと肌が焼けるのを感じた。
そんな儀礼を見て、こんな状況だと言うのに白は笑いを堪えていた。
こんな状況――数十人の兵士達に囲まれ、武器こそ取られていないが、儀礼たち三人は、両手を挙げて反抗の意思が無いことを示させられている。
もちろん、数人の兵士が後ろから銃を構えて、三人の頭や体に狙いを定めている。
気絶している青年は足元に転がされたままだが……。
「並の教会ではこのナイフの呪いは払えないと言われました。そして最近こちらに、旅をしている『最高位の神官』が立ち寄ってると聞きまして、持ち寄ったのですが。すみません、僕の不注意で、ナイフを落としてしまって、たまたま通りかかった彼が拾ってしまって……、邪気に取り込まれてしまったんです。管理不備は承知しています。」
警備隊長に真っ直ぐに向き合い、儀礼は反省した様子で深く頭を下げる。
「そんなでまかせを! ……あの方がここにいるのをどこで知った。」
怒っていた隊長の声が、目の前にいる儀礼にしか聞こえないほどに低くなる。
声は小さくなっているが、その威圧感は格段に増していた。
「いや、俺が無理やり取ろうとしたから飛んじまったんだし。儀礼は悪く無いだろ。」
二人の間に割り込むようにして、慌てたように獅子が言う。
「獅子は悪く無いんだから、黙ってて。」
儀礼はそんな獅子を手で制する。
町で暴れたBランクの冒険者と、町を守る警備隊の長。獅子では分が悪いのだ。
「情報の元について、この国(情報国家)で聞かれるとは思いませんでしたよ。」
含みのある笑みを浮かべ、儀礼は隊長と同じように声を抑えた。
儀礼が『花巫女』に与えられた情報はやはり、普通の者が知る範囲ではないものだったらしい。
しかし、儀礼はにこりと笑う。
「神官グランと言えば、国を越えて有名な方ではないですか。」
声の調子を明るく変え、儀礼はそれが当たり前のことであるように付け足した。
『神官グラン』、その人は世界中を旅しながら、苦しむ人々を救っていると言う神官。
それも、教会から認められた最高位の称号を持ちながら、教会と別で行動している。
それは、教会の指令を受けずとも、すぐに現地に発てるように。
いつでも、多くの人々のために。
そんなグランが、人々に慕われないはずがない。
儀礼の言葉に、警備隊長が苦い顔でうなずいた。
「それで、呪いの被害や討伐要請等の報告がないのだが、どういうことだ?」
気持ちを入れ替えたのか、睨む位の勢いで儀礼に言う隊長。
「緊急事態でしたので、僕と、彼らで対応しました。もともとが僕の持ち物でしたので、責任を取って動くのが当然のことですから。」
儀礼は隊長の目を見て話す。
できるだけ、余裕のある態度を振舞って。
「お前ら子供に、そんな権限があると思っているのか! 事は重要だぞ! お前らがやったのは犯罪行為だ。子供のいたずらですむことでは無いぞ! 運良く、事が収まったからよかったものの、下手をすれば、この町の人間が犠牲になっていたんだ。わかっているのか!」
隊長は儀礼の襟をつかみ、怒鳴りつける。
そんな二人の顔の間に、小さな火の精霊が割り込んで、その隊長に挑むように、さらに炎をたぎらせて、ファイティングポーズをとっている。
《いいぜ、かかってこいよ。俺が相手してやる。》
人には聞えない声を出し、威勢よく12、3歳ほどの、少年の姿の火の精霊が啖呵を切る。
苛立つ隊長にではなく、降りかかる見えない火の粉に、顔をゆがませている風な儀礼を見ていると、大勢の兵士に囲まれているというのに、白には緊張や恐怖を感じるよりも、笑わずにいることの方が難しかった。
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