ギレイの旅
闇を払う力
戦っていた白に代わり、歩いてくる儀礼を見て、青年は本気で笑った。
連れている精霊の格は先程の水の守護精霊よりも落ちるが、何しろ数が多い。
取り込めば同じように、獅子と戦えるだけの力を得ることができるだろう。
ましてやその少年には、先ほどの精霊のように闇をはじく壁があるわけでも、本人に戦う力があるようにも見えない。
たくさんの精霊を引き連れて、エサが自分からやってきた、と闇は歓喜に沸く。
青年に、精霊を見る能力はないが、闇のお陰で、精霊の存在を光のように感じ取ることができていた。
どういうわけか、後方の剣士も青年と距離をあけている。
「くくっ。囚われに来たか、同胞よ。」
青年が、いや、闇が笑っている。
長い間、自分の所持者であった儀礼を、取り込むために。
ナイフに邪念をまとわりつかせ、常人を超えた速度で動き出す青年。
予測していた儀礼は、青年の攻撃を後方によけながら、ガードするように腕を伸ばす。
儀礼の袖口を切り払った青年の頭に透明な液体が降りかかる。
ジューゥッ!
水が蒸発するような音と共に、その液体を浴びた青年が苦しみ出した。
「聖水だよ。それが苦しい理由はわかるよな。あなたは今、そんなものになっている。」
淡々と儀礼は言う。
「そんなものの行き着く先もわかるだろう。」
儀礼は眼鏡を外して、青年の瞳を見た。
青年の父親はフェードの兵士だった。
青年が物心着く前に徴集され、遠いユートラスの地に送られた。
そこで侵略という名の戦争を行い、恐らくは幾人かの命を奪い、死んだ。
だが、それは青年にとって記憶にないことで、寂しさはあったが、それほど深く心をえぐられる出来事ではなかった。
――それは……つい先日起こったことだった。
ユートラスで、突如25年前に滅んだはずのフェードの兵士達が、甦ったのだ。
屍の軍団として。
そしてその直後、またもユートラスの軍事力により全てが殲滅された。
*****************
25年前、フェードの情報部はユートラスの軍事拡大の情報を掴んだ。
そして、その侵略先がフェードであることを突き止めた。
このまま滅びるよりは、とわずかな希望の元、精鋭と呼べる部隊を集結し、ユートラスに損害を与える為に攻め込んだ。
しかし――結果は、壊滅。
だがそのかいあってか、ユートラスは侵略ターゲットをフェードではなくアルバドリスクへと変更したのだった。
******************
襲い来る魔物と化した他国の屍の軍団を、正義の力を持ってユートラスの軍隊は滅ぼした。
そのニュースはすぐに世界中へと広まることになった。
ほろびた……。
その文字をモニターで見た青年は、なぜかひどい衝撃を受けた。
(その中には、父もいたかも知れないのに。)
声にならない言葉がのどに詰まった気分だった。
例え、屍になっていても、人を殺す人ならざる者であっても、一目、その姿を見たかった。
(……会いたかった。)
姿も、声も何一つ知らないその人に――父に、何故2度も死をクラワセル。
その時、何に対してなのかもわからない怒りが、青年の中に生まれていた。
もともと青年の中にあった疑問。『魔』とは何か。
魔物とは生物とどう違うのか。
『闇』に取り込まれた生き物は、救うことができないのか。
昔、友人の飼っていた犬のように、主人を守るために魔物を穿ったせいで、闇に落ちたものの末路……。
それはあまりにも憐れだった。
理性を失い、守ろうとしたその主人に牙を向け、そして最後は、討たれた。
その時、友人は涙を流しながら、銃の引き金をひいていた……。
(そうか……俺はあれになるのか。)
闇の意識の中で、青年の意識がわずかに動いた。
黒く重たいヘドロのような物が青年の意識を押し潰し、抗うことも躊躇われていたのに。
体が、青年の意思とは別に、黒い力によって動かされている。
『闇を忌み嫌うモノドモヲ、魔を切り捨てる者共を、滅ぼしてしまえ』と、とめどなく訴えてくる。
先程からずっと、血の匂いと、肉を切り刻むことへの快楽だけが音楽のように青年の頭の中に流れていた。
(それが、俺の望んだことだった……か……?)
青年の意識は、まだ抗うことに堪えられないほど不確かで、真っ暗な闇に閉じ込められているようだった。
「まだ、未来はある。あなたが望むものが闇以外にあるのなら帰ってこい。」
闇の、深い闇の中に、淡く輝く金糸と透き通った声が届いた。
青年は、全身に何かが駆け抜けたような気がした。
(俺はあんなものに……なりたくない。)
青年の意識は冷水を浴びたようにはっきりとした。
水にはじかれるように、黒のヘドロは青年の意識からはがれ落ちてゆく。
儀礼は懐から白い布を取り出した。
それはナイフを包んでいた聖布。金糸で六芒星が刺繍されている。
「古の神々よ、六芒星の契約により、その力を貸したまえ。」
儀礼の声に反応し、金の刺繍の中へ次々と、色とりどりの精霊たちが飛び込んでゆく。
そこから六芒星が光を放つ魔法陣のように浮き上がり、青年を取り囲むほどの大きな物になり、包み込むように青年の足元へと落ちていった。
「うぐぁー!」
頭を押さえ、青年は苦しそうに呻く。
その体から、湯気のように黒い煙りが抜けてゆく。
それらは青年の頭上に集まり、新たな形を作り、ナイフの中に逃げ込もうとしていた。
(させない……。)
その黒い影を睨み付け、儀礼は声を張り上げる。
「払い去れ!」
儀礼が腕を振るうと、魔法陣は更に一層輝きを増す。
ギィィーン
空気の揺れるような音があたりに響き、儀礼の放った光の魔法陣は、その黒き闇を霧散させた。
連れている精霊の格は先程の水の守護精霊よりも落ちるが、何しろ数が多い。
取り込めば同じように、獅子と戦えるだけの力を得ることができるだろう。
ましてやその少年には、先ほどの精霊のように闇をはじく壁があるわけでも、本人に戦う力があるようにも見えない。
たくさんの精霊を引き連れて、エサが自分からやってきた、と闇は歓喜に沸く。
青年に、精霊を見る能力はないが、闇のお陰で、精霊の存在を光のように感じ取ることができていた。
どういうわけか、後方の剣士も青年と距離をあけている。
「くくっ。囚われに来たか、同胞よ。」
青年が、いや、闇が笑っている。
長い間、自分の所持者であった儀礼を、取り込むために。
ナイフに邪念をまとわりつかせ、常人を超えた速度で動き出す青年。
予測していた儀礼は、青年の攻撃を後方によけながら、ガードするように腕を伸ばす。
儀礼の袖口を切り払った青年の頭に透明な液体が降りかかる。
ジューゥッ!
水が蒸発するような音と共に、その液体を浴びた青年が苦しみ出した。
「聖水だよ。それが苦しい理由はわかるよな。あなたは今、そんなものになっている。」
淡々と儀礼は言う。
「そんなものの行き着く先もわかるだろう。」
儀礼は眼鏡を外して、青年の瞳を見た。
青年の父親はフェードの兵士だった。
青年が物心着く前に徴集され、遠いユートラスの地に送られた。
そこで侵略という名の戦争を行い、恐らくは幾人かの命を奪い、死んだ。
だが、それは青年にとって記憶にないことで、寂しさはあったが、それほど深く心をえぐられる出来事ではなかった。
――それは……つい先日起こったことだった。
ユートラスで、突如25年前に滅んだはずのフェードの兵士達が、甦ったのだ。
屍の軍団として。
そしてその直後、またもユートラスの軍事力により全てが殲滅された。
*****************
25年前、フェードの情報部はユートラスの軍事拡大の情報を掴んだ。
そして、その侵略先がフェードであることを突き止めた。
このまま滅びるよりは、とわずかな希望の元、精鋭と呼べる部隊を集結し、ユートラスに損害を与える為に攻め込んだ。
しかし――結果は、壊滅。
だがそのかいあってか、ユートラスは侵略ターゲットをフェードではなくアルバドリスクへと変更したのだった。
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襲い来る魔物と化した他国の屍の軍団を、正義の力を持ってユートラスの軍隊は滅ぼした。
そのニュースはすぐに世界中へと広まることになった。
ほろびた……。
その文字をモニターで見た青年は、なぜかひどい衝撃を受けた。
(その中には、父もいたかも知れないのに。)
声にならない言葉がのどに詰まった気分だった。
例え、屍になっていても、人を殺す人ならざる者であっても、一目、その姿を見たかった。
(……会いたかった。)
姿も、声も何一つ知らないその人に――父に、何故2度も死をクラワセル。
その時、何に対してなのかもわからない怒りが、青年の中に生まれていた。
もともと青年の中にあった疑問。『魔』とは何か。
魔物とは生物とどう違うのか。
『闇』に取り込まれた生き物は、救うことができないのか。
昔、友人の飼っていた犬のように、主人を守るために魔物を穿ったせいで、闇に落ちたものの末路……。
それはあまりにも憐れだった。
理性を失い、守ろうとしたその主人に牙を向け、そして最後は、討たれた。
その時、友人は涙を流しながら、銃の引き金をひいていた……。
(そうか……俺はあれになるのか。)
闇の意識の中で、青年の意識がわずかに動いた。
黒く重たいヘドロのような物が青年の意識を押し潰し、抗うことも躊躇われていたのに。
体が、青年の意思とは別に、黒い力によって動かされている。
『闇を忌み嫌うモノドモヲ、魔を切り捨てる者共を、滅ぼしてしまえ』と、とめどなく訴えてくる。
先程からずっと、血の匂いと、肉を切り刻むことへの快楽だけが音楽のように青年の頭の中に流れていた。
(それが、俺の望んだことだった……か……?)
青年の意識は、まだ抗うことに堪えられないほど不確かで、真っ暗な闇に閉じ込められているようだった。
「まだ、未来はある。あなたが望むものが闇以外にあるのなら帰ってこい。」
闇の、深い闇の中に、淡く輝く金糸と透き通った声が届いた。
青年は、全身に何かが駆け抜けたような気がした。
(俺はあんなものに……なりたくない。)
青年の意識は冷水を浴びたようにはっきりとした。
水にはじかれるように、黒のヘドロは青年の意識からはがれ落ちてゆく。
儀礼は懐から白い布を取り出した。
それはナイフを包んでいた聖布。金糸で六芒星が刺繍されている。
「古の神々よ、六芒星の契約により、その力を貸したまえ。」
儀礼の声に反応し、金の刺繍の中へ次々と、色とりどりの精霊たちが飛び込んでゆく。
そこから六芒星が光を放つ魔法陣のように浮き上がり、青年を取り囲むほどの大きな物になり、包み込むように青年の足元へと落ちていった。
「うぐぁー!」
頭を押さえ、青年は苦しそうに呻く。
その体から、湯気のように黒い煙りが抜けてゆく。
それらは青年の頭上に集まり、新たな形を作り、ナイフの中に逃げ込もうとしていた。
(させない……。)
その黒い影を睨み付け、儀礼は声を張り上げる。
「払い去れ!」
儀礼が腕を振るうと、魔法陣は更に一層輝きを増す。
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