ギレイの旅

千夜ニイ

呪いのナイフ

 白と儀礼が会話していた頃、獅子は一人で、青年と闘っていた。
本来の青年ならば、当然、獅子の敵ではない。
今も、青年自身の動きはそれほど、超人的ではない。
持っている武器がナイフという、短い得物であるのもあって、攻撃をよけるのはさほど難しくない。
事実、獅子は一撃も当たっていない。
もちろん、一般人からすると、二人とも常識はずれな速度であることにかわりはないのだが。


 ただ、やっかいなのは、この青年を包み込むように揺らめく、黒い「もや」の方だった。
青年に、ダメージを与えようとすると、もやが獅子までも飲み込もうとその闇を伸ばしてくる。
それに触れると、重く、どろどろとした何かが、獅子の意識の中に流れ込んでくるようだった。
抗うことが面倒に感じるほど、心に重くまとわりついてくる。


 黒い煙に、一瞬以上は触れてはならない。獅子は一撃ごとに距離をとっていた。
その時、獅子の後方で、何か清浄な気が動いたのを感じた。
白が精霊魔法で小鳥の傷を癒したらしい。
それを見た青年は、顔を醜くゆがめ、笑った。
闇が、一層深くなり、もやは触手のように黒を伸ばし、白を捕らえようとしている。


「確かに面倒だな。」
獅子は背中の剣を抜く。
剣は、淡い光を放ち獅子の構えに応える。
その光を嫌がるように、闇は震え、青年は顔をしかめる。
少しずつ後ずさりする青年。
闇は、剣をさけ、逃げようとしているようだ。


「逃がすか!」
獅子は素早く回り込み、青年の退路を塞ぎつつ、伸びた闇を切り裂く。
切られた闇は、塵のように霧散して消えた。
「くっ。」
青年は歯軋りをして、前方の獅子と後方の白と儀礼を見比べる。
前方の強敵に後方のエサ
ししに背を向けるのは危険だが、あれだけの魔力を取り込みさえすれば、相手にできぬわけではない。


 大きく後方へ跳ぶと、青年は身をひるがえして、白の元へと走り出す。
「ギレイ君、この子お願い。」
小鳥を、儀礼の手へと預けると、向かってくる青年に構える白。
その後方からは、獅子が追っている。
まず、闇が細い腕を、白に近づけた。
だがそれは、突然現れた青色の透明な壁に阻まれ、白の目の前で霧となって散った。


 青年は驚き、目を見開く。
足に急ブレーキをかけ、青年は白を目の前に態勢を整える。
のんびりしているひまはない。すぐ後ろには獅子が迫っている。
青年は闇をナイフに乗せ、白に切りかかる。
物理攻撃にはその青い壁は働かないらしい。
青年の攻撃を体裁きで次々と、かわしてゆく白。


 儀礼はと言うと……白の怒りに固まっていたりする……(笑)
青年に追いつき、後ろから闇を切る獅子。
ナイフだけを弾き飛ばそうとするが、闇は次から次に湧いてきて、獅子にでもさすがに難しい。
「どうしてあんなひどいことしたの!」
攻撃をよけながら、白は青年を非難する。
当たりそうになる闇は、精霊の張る結界で消滅させている。


「何がひどいんだ? たかが、鳥一匹。」
口をゆがませて言う青年。
(鳥は一羽だろ。)
動けないくせに、変なところで冷静な儀礼。袖口に聖水が入っていることを、心の中で確認する。
どこにしまってるんだ、と言うのは無視だ。


「それでも、命だよ! 生きてるんだよ! どうして傷つけられるの? あなたに痛みはないって言うの?!」
叫ぶように言う白に、青年は嘲笑わらう。
口の端を上げ、全身を覆う闇が笑っているように揺れる。
だが、青年の瞳だけは、何か遠いものでも見るように白の瞳を見つめていた。


「おまえは魔物を切ったことがないのか?」
青年が問い掛ける。


白との会話を隙と見た獅子は、青年の背後に静かに詰め寄る。
「闇を払ったことはないのか?」
相変わらず遠い瞳をしたまま、青年は続ける。
気配を絶ったまま、剣の光を研ぎ澄ませることで闇を追い払う獅子。


「わが身の同胞を滅ぼしたことがないのかと、聞いているのだ?!」
語調を強くする青年。
獅子の動きに気付いていない。


「闇は消すものだ、当然だろう!」
怯む様子もなく、白は言い返す。
獅子は、青年の背に剣の腹を向け構える。打撃で気絶させるつもりのようだ。


「ふっ……おまえも痛みはないらしいな。」
白に向かい、皮肉げに笑う青年。
『お前も正当な理由を付けて、俺を殺すのか。』
儀礼には、そんな風に青年が泣き叫んでいるように聞えてしまった。


 彼の言いたいことが、儀礼の記憶のどこかにぶつかった。


「獅子……。」
硬直から、儀礼の口から出た声は小さかったが、獅子は気付いてくれた。
なんだ? と視線だけで返してくる。
「手がある、代わって……。」
手の中の小鳥を示しながら儀礼は言う。


 苦笑する獅子。
儀礼はナイフの持ち主が自分であることを気にしているのかもしれない、と。
儀礼への怒気を止め、獅子は白へと呼びかける。
「白、儀礼と代われ。あんな小さな生き物預けといたら、研究の実験台にされかねんぞ。」


何か余計な一言、以上のものがついているが……。
「えぇ!?」
驚いたように、目を見開き、素早く青年と距離を取る白。
まさか、目の前の敵よりさらに身近に危険人物がいたなんて、とその表情が語っている。
戸惑ったようにしながら、おずおずと白は儀礼の前に手を差し出した。
白の中から『怒り』は消えているが、深い疑惑の視線が儀礼に刺さる。


「……しないからね、白。」
苦笑しながら、儀礼は一応言っておく。
だが、今は儀礼よりも獅子の方が白の信用は深い。
守るように小鳥を両手で包み、白は儀礼を警戒している。
そんな白の様子を見て、儀礼は微笑わらう。さらに精霊達が微笑む。
優しく、大切なものを見るように。


 青年に向かい歩き出した、儀礼を見て、白は儀礼に対する警戒を解いた。
儀礼のその目は、決して敵を見る目ではなく、人間を見る真摯な瞳だった。

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