ギレイの旅

千夜ニイ

潜入者と死者

 幼い頃に儀礼が描いたという、壊滅的な絵の中に紛れ込まされた文章。
ユートラスに潜入中のアーデスに届いた、ネットの住人からの指令。


『ユートラスの20年程前を探ってくれ』


そんな短い、説明もない言葉からアーデスはその意味を理解する。
その内容を探ればすべての理由が分かると、情報屋『アナザー』は言いたいのだろう。
その画像を消去することで了解の意味として、アーデスは再び『隻眼の剣士』としてユートラスの兵士として潜入を続ける。


 20年以上前のユートラスの動き。
それは、今と大差はなかった。
周囲の国への侵攻。
現在は南側の国スロススへと確実に内部から手を進め、北に位置するアルバドリスクへもいくつもの策略をめぐらせている。


 また、大きな川を挟んで隣りに位置するフェードやコーカという国にも圧力を掛けようと、現在、史上最大の攻撃力を誇る『蜃気楼』の頭脳と戦力を欲している。
同時に、大国アルバドリスクを守護する精霊を手に入れようとしている動きもある。
現在その精霊を手にしているのは、精霊の隣人と呼ばれる精霊を見ることのできる瞳を持つ少女だということだ。
しかし、それ以上のことを現段階では、アーデスは掴もうとはしていない。
アーデスにとっての最重要事項は、Sランクの『蜃気楼』を守ることであり、ユートラスを潰すことでも、アルバドリスクを救うことでもない。


 しかし、その『国を守護する精霊』について、20年以上前の資料に少々面白いものが残っていた。
22年前にも、国を守護する精霊を持つ少女がアルバドリスクに現れ、ユートラス軍はそれを狙った。
その結末は……その少女の死亡。
そして、どういうわけか、人の手により詳細が破り取られていた。
荒々しく、苛立ったように引き裂かれた資料から見れば、この計画がよほど気に食わない失敗の仕方で終わったのだと理解できる。
公にしたくないユートラスの失敗の歴史。
アーデスは薄く笑う。


 それより少し前の資料になると、フェードへの侵攻の計画が進められていたことが発覚した。
しかし、この計画はどこからか漏れ、フェードからの先制攻撃を受けたと記されてある。
「歴史にはないぞ、そんな記録。」
ぽつりと呟き、アーデスは口をつぐむ。
その頃におそらく、アーデスは家を失くしている。
眉間にしわを寄せれば、眼帯の布が歪み視界をより一層悪くした。
アーデスの、金髪に緑の瞳はユートラスに多い特徴……。
(大昔の話だ。)
今さら話してもどうしようもないことに、アーデスは鼻で笑ってその資料を閉じる。


隣りの資料を開けば、『フェードからの侵略軍を一掃した。』と書かれていた。
フェードから攻めてきた軍隊は、たいした人数ではない。
精鋭を集めたものか、偵察の部隊であったのか、一国を攻め滅ぼそうという人数ではないのだが、どちらにしろその部隊を殲滅して、ユートラスは情報の漏れたフェードではなく、侵攻の相手を近くの豊かな国、アルバドリスクへと変えた。
結果は破り取るほどの失敗。


「ユートラスの過去を調べて、何になる。これがギレイの保全に繋がるのか?」
頭の中に書き写した資料を全て元通りにしまい直し、アーデスは腕を組んで考える。
関係あるからこそ『アナザー』は、アーデスにそれを調べさせたのだろうが、どちらかというと自分の過去が垣間見えたような気がして嫌な気分に襲われた。
まさか、あの情報屋は、そこまで当たりをつけているわけではないだろうな、と。


 フェードからユートラスへの侵攻。ユートラスからアルバドリスクへの戦略。
機械データに残っていない、ユートラスの影の歴史。


 その時、アーデスの耳にもう一人の潜入者から、魔法での声が届いた。
『闇の歴史に現代情報。「使者を蘇らせる計画」が続行中。古代アイテムの試作場で大変なことになってるぞ。』
幾分か、楽しんでいるかのような声音を含ませたコルロからの報告。
『数十年前に死んだフェードかなんかの兵士を「生き返らせた」らしいが、制御に失敗、がい骨やら、ゾンビやらが恨みのこもった様子で村々を襲ってるらしいぜ。人間としての意思はほとんど持ってないそうだ。』
諦めにも似たような、溜息を吐く声が魔力に混じっているのが感じ取れた。
「なんて、タイミングのいい……。」
舌打ちと共に、アーデスは吐き出す。
『アナザー』が「これ」を予測していたとしか思えなった。


「暴れているのは、25年前のフェードの精鋭部隊だ。」
コルロへと言葉を返し、ユートラスの『隻眼の剣士』として、アーデスはその蘇った死者達の制圧へと向かう。
『なにやら焦ったようだぜ、「生きた死体リビングデッド」の研究部隊。重大な研究対象を裏切った兵士に持ち逃げされたらしい。少し前まで「使者を蘇らせる剣」、ってのがユートラスにあったらしい。アイテムの質が悪く、魔法陣が欠けた状態だったらしいがな。』
コルロの報告にアーデスは眉を歪める。そんな物をこの危険な国が持っていたとは。
死者の兵士。死なない軍団。
いつの時代にも考えられる、恐ろしい『兵器』だ。

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