ギレイの旅
たゆたう悪しき影
白を拾ってから十日程が経っていた。
それでも基本的に、儀礼たちにとって白の正体は謎のままだった。
管理局の室内で儀礼は一人、慣れた手袋のキーを打っていた。
相手はもちろん、儀礼の眼鏡型のモニターに返事を返してくる。
穴兎:“シャーロットって名前な、アルバドリスクの貴族に多すぎんだよ。”
愚痴のようなアナザーの呟き。
儀礼:“そう言えば、白が、アルバドリスクでは聖人や聖女の名を使う人が多いって言ってたな。”
元気に動き回るようになった白を思い出し、笑うようにして儀礼はまた左手のキーをリズムよく打つ。
穴兎:“多いとか、そんなレベルじゃねぇ。10歳~15歳までの少女の中に、異常に多いんだ、その名。”
儀礼:“そうなんだ。”
シャーロットという名は、本当によく使われる名前らしい。
人間違いとかしないのだろうか。
同姓同名とか、多そうだ、と穴兎の苦労を思い、儀礼は苦笑する。
『アナザー』に正体が掴めないとは「多すぎる名前」、本当にすごい。
穴兎:“それがな、特に10歳~13歳以下の貴族の娘に多いんだよ。その頃に生まれた王女にあやかって、ってやつだ。”
儀礼:“王女様の名前、付けちゃうんだ。すごいね、アルバドリスク。”
ドルエドでは基本的に、王族の名は特別なものとされ、大昔には、王子と同じ名の召使達にややこしいという理由から、改名させたとか言う逸話もある。
穴兎:“敬愛を示してるんだと。その名を持つ女神や、聖女に対しての。”
そこで、穴兎の言葉が少しの間止まった。
儀礼:“王女様も聖女だってこと?”
穴兎:“精霊の守護する国アルバドリスクにあって、その王女、精霊を見る瞳を持っていたらしい。”
意味深に語られる穴兎の言葉。
精霊を見る瞳。深い青色の、儀礼の母と、そして白と同じ色の瞳を持つアルバドリスクの王女。
穴兎の言いたいことが、儀礼にも感じ取れた。
儀礼:“白は、武人だよ?”
白はとても強く鍛えられている。
武人家系の貴族には見えても、とても、姫と言える様な育て方をされたとは思えなかった。
穴兎:“俺が、これだけ探して情報が出て来なかったんだ。その可能性も考えられるってことだ。”
儀礼:“ないよ、そんなこと。”
断定する文字を打ちながら、儀礼の指は震えた。なぜだかは、分からない。
何かを、全力で否定しなくてはならないと、儀礼の中の何かが告げる。
背筋の凍る思いがし、指先から体温と共に感覚が失われていくようだった。
穴兎:“アルバドリスクの王家には、もう一つ、気になる情報があってな。20年程前になるが、現王の妹、当時の王女が20年以上前に、亡くなってるんだ。白と同じ、精霊を見る瞳を持っていたそうだ。”
目の前に浮かぶ文字の言いたいことは分かる。だが、儀礼の頭には入ってこない。
何を、突然言い出すのだろうか、このウサギは。
(いや、ウサギだからだろう。ウサギだから……。)
文字から逃れるように、視線を壁に貼られた可愛らしいウサギのポスターに逸らしていた儀礼の視界に、またも穴兎のメッセージが入り込む。
穴兎:“その王女様の名前が、これまたアルバドリスクではよくある名なんだが、エリザベス――”
ジザザザザザ……
モニターにノイズが入り、全ての表示が消えた。そしてそこで、儀礼と穴兎との会話は途切れた。
儀礼には珍しい、ネットの不調と呼ばれるもののようだった。
「……それが、どうした。どうしたっていうんだ。」
どうしたのか、それが儀礼にはわからない。
儀礼の体は、訳もわかずに勝手に、小刻みに震えていた。
胸の内から何かわからないものに儀礼の存在すべてを、否定されていくような感覚だった。
抱えていた頭からゆっくりと手を放し、儀礼は頭を持ち上げる。
「だいたいさ、白が王族で、母さんが王族で、そしてたら僕も王族?」
そこにあった大きな鏡を見て、そっくりな顔の三人を思い並べ、儀礼は首を大きく横に振った。
「ないな。僕は平民、ドルエドの嫌われもの、シエンの村人だ。」
くすりと儀礼は嘲笑を浮かべた。まるで、夢物語の世界だった。
その儀礼のまとう白衣の背後には……人の目には映らない黒い影がたゆたっていた。
******************
儀礼はその日、管理局関連の仕事の交渉を終えて、宿に帰ってきた。
最近では昼間、獅子は白と行動することが多い。
獅子は白と共に、ギルドの仕事を、他のパーティーなどに混ざりながらやっているようだ。
光の剣の守護者『黒獅子』は、今やギルドの中では有名で、実力もある分信頼されているらしい。
そして……そう、恒例のごとく、儀礼が獅子と共にギルドの仕事を請け負うと、「何だこのお荷物は?」的な目で見られるのだ。
ギルドの受付から始まり、一緒に組むパーティーの面々や、依頼主にまで……。
「はぁ~。」
儀礼は大きな溜息を吐く。
白と三人合わせて『パーティランクA』なんてものになってしまったから、そのランクの仕事を受けたい獅子は無理やりにでも儀礼をギルドへと連れて行こうとする。しかし――。
(確かに僕は弱いよ。)
はぁ、と儀礼はまた深いため息を吐く。
(獅子みたいに強くないし、白みたいに自分の身を守る力もない。戦闘になれば足引っ張るだけだし。)
いや、戦闘だけではない。
ギルドに入って、武人の面々に「何こいつ」と睨まれた瞬間に儀礼は、『固まる』。
幼い頃からの臆病はそうそう直らないらしい。
「情けないよなぁー。」
ゴツン と音をさせて儀礼は宿の備え付けの机に頭を乗せる。
なんとか、少しでもよくしようと、儀礼は一人で管理局の方へ仕事を取りに行っている。
今日の儀礼の交渉はうまくいった。
依頼主はこの町の資産家の男で、コレクションの中の魔剣について、『詳しく調べてほしい』と言う。
この『詳しく』とは、何が封印されているのか、なぜ鞘から抜いてはいけないのかということなどだ。
研究室に篭ることにはなるが、儀礼の好きな分野の研究の仕事でもあった。
それでも基本的に、儀礼たちにとって白の正体は謎のままだった。
管理局の室内で儀礼は一人、慣れた手袋のキーを打っていた。
相手はもちろん、儀礼の眼鏡型のモニターに返事を返してくる。
穴兎:“シャーロットって名前な、アルバドリスクの貴族に多すぎんだよ。”
愚痴のようなアナザーの呟き。
儀礼:“そう言えば、白が、アルバドリスクでは聖人や聖女の名を使う人が多いって言ってたな。”
元気に動き回るようになった白を思い出し、笑うようにして儀礼はまた左手のキーをリズムよく打つ。
穴兎:“多いとか、そんなレベルじゃねぇ。10歳~15歳までの少女の中に、異常に多いんだ、その名。”
儀礼:“そうなんだ。”
シャーロットという名は、本当によく使われる名前らしい。
人間違いとかしないのだろうか。
同姓同名とか、多そうだ、と穴兎の苦労を思い、儀礼は苦笑する。
『アナザー』に正体が掴めないとは「多すぎる名前」、本当にすごい。
穴兎:“それがな、特に10歳~13歳以下の貴族の娘に多いんだよ。その頃に生まれた王女にあやかって、ってやつだ。”
儀礼:“王女様の名前、付けちゃうんだ。すごいね、アルバドリスク。”
ドルエドでは基本的に、王族の名は特別なものとされ、大昔には、王子と同じ名の召使達にややこしいという理由から、改名させたとか言う逸話もある。
穴兎:“敬愛を示してるんだと。その名を持つ女神や、聖女に対しての。”
そこで、穴兎の言葉が少しの間止まった。
儀礼:“王女様も聖女だってこと?”
穴兎:“精霊の守護する国アルバドリスクにあって、その王女、精霊を見る瞳を持っていたらしい。”
意味深に語られる穴兎の言葉。
精霊を見る瞳。深い青色の、儀礼の母と、そして白と同じ色の瞳を持つアルバドリスクの王女。
穴兎の言いたいことが、儀礼にも感じ取れた。
儀礼:“白は、武人だよ?”
白はとても強く鍛えられている。
武人家系の貴族には見えても、とても、姫と言える様な育て方をされたとは思えなかった。
穴兎:“俺が、これだけ探して情報が出て来なかったんだ。その可能性も考えられるってことだ。”
儀礼:“ないよ、そんなこと。”
断定する文字を打ちながら、儀礼の指は震えた。なぜだかは、分からない。
何かを、全力で否定しなくてはならないと、儀礼の中の何かが告げる。
背筋の凍る思いがし、指先から体温と共に感覚が失われていくようだった。
穴兎:“アルバドリスクの王家には、もう一つ、気になる情報があってな。20年程前になるが、現王の妹、当時の王女が20年以上前に、亡くなってるんだ。白と同じ、精霊を見る瞳を持っていたそうだ。”
目の前に浮かぶ文字の言いたいことは分かる。だが、儀礼の頭には入ってこない。
何を、突然言い出すのだろうか、このウサギは。
(いや、ウサギだからだろう。ウサギだから……。)
文字から逃れるように、視線を壁に貼られた可愛らしいウサギのポスターに逸らしていた儀礼の視界に、またも穴兎のメッセージが入り込む。
穴兎:“その王女様の名前が、これまたアルバドリスクではよくある名なんだが、エリザベス――”
ジザザザザザ……
モニターにノイズが入り、全ての表示が消えた。そしてそこで、儀礼と穴兎との会話は途切れた。
儀礼には珍しい、ネットの不調と呼ばれるもののようだった。
「……それが、どうした。どうしたっていうんだ。」
どうしたのか、それが儀礼にはわからない。
儀礼の体は、訳もわかずに勝手に、小刻みに震えていた。
胸の内から何かわからないものに儀礼の存在すべてを、否定されていくような感覚だった。
抱えていた頭からゆっくりと手を放し、儀礼は頭を持ち上げる。
「だいたいさ、白が王族で、母さんが王族で、そしてたら僕も王族?」
そこにあった大きな鏡を見て、そっくりな顔の三人を思い並べ、儀礼は首を大きく横に振った。
「ないな。僕は平民、ドルエドの嫌われもの、シエンの村人だ。」
くすりと儀礼は嘲笑を浮かべた。まるで、夢物語の世界だった。
その儀礼のまとう白衣の背後には……人の目には映らない黒い影がたゆたっていた。
******************
儀礼はその日、管理局関連の仕事の交渉を終えて、宿に帰ってきた。
最近では昼間、獅子は白と行動することが多い。
獅子は白と共に、ギルドの仕事を、他のパーティーなどに混ざりながらやっているようだ。
光の剣の守護者『黒獅子』は、今やギルドの中では有名で、実力もある分信頼されているらしい。
そして……そう、恒例のごとく、儀礼が獅子と共にギルドの仕事を請け負うと、「何だこのお荷物は?」的な目で見られるのだ。
ギルドの受付から始まり、一緒に組むパーティーの面々や、依頼主にまで……。
「はぁ~。」
儀礼は大きな溜息を吐く。
白と三人合わせて『パーティランクA』なんてものになってしまったから、そのランクの仕事を受けたい獅子は無理やりにでも儀礼をギルドへと連れて行こうとする。しかし――。
(確かに僕は弱いよ。)
はぁ、と儀礼はまた深いため息を吐く。
(獅子みたいに強くないし、白みたいに自分の身を守る力もない。戦闘になれば足引っ張るだけだし。)
いや、戦闘だけではない。
ギルドに入って、武人の面々に「何こいつ」と睨まれた瞬間に儀礼は、『固まる』。
幼い頃からの臆病はそうそう直らないらしい。
「情けないよなぁー。」
ゴツン と音をさせて儀礼は宿の備え付けの机に頭を乗せる。
なんとか、少しでもよくしようと、儀礼は一人で管理局の方へ仕事を取りに行っている。
今日の儀礼の交渉はうまくいった。
依頼主はこの町の資産家の男で、コレクションの中の魔剣について、『詳しく調べてほしい』と言う。
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