ギレイの旅

千夜ニイ

よみがえる名

 『行けば死ぬ。』
それがネネの見た、儀礼の最初の占い。
それがはっきりとネネの水晶には現れたのだ。
『蜃気楼』と呼ばれる綺麗な少年が死に、一つの国は助かる。
けれど、そんな未来を、『花巫女はなみこ』は、一人の少女であるネネは、自分のためだけではなく、ただ認められなかった。


「……どうして、君が泣くの?」
儀礼の驚いたような声にネネは我に返った。
全ての心の内を聞き出そうと、儀礼の心に語りかけるうちに、知らず、ネネの方が涙を流していた。
儀礼にかかっているはずのネネの調合した香による幻覚は解けているようだった。


 その綺麗な透き通る茶色の瞳にネネを映しこむ。
あまりに間近にいることに驚き、ネネは儀礼から距離を取ろうとした。
幻覚が切れたのならなおさら。
しかし、儀礼がネネの両手を掴んだ。


 真剣な目をしたまま、儀礼はネネを見る。
「何が知りたいの?」
まるでこの世に悪などない、とでも言うような純粋な瞳で、儀礼はネネへと問いかける。
「あなたの持つ、全ての情報よ。それで世界が操れる……。」
震える声で、ネネは答えた。


「そうじゃない。それじゃないよ。情報屋じゃない君だ。」
ネネの言葉を遮るようにして、儀礼は言った。
掴まれたままの両手を引かれ、さらにネネと儀礼の距離は近くなる。
まるでその中に、別の人物がいるとでも言うように、儀礼はネネの瞳の奥をのぞきこむ。
心の底の迷いのような自分を見付けられたような気がして、ネネは思わず顔が赤くなるのを感じた。
出そうになる言葉を抑えるために、ネネは息をつめる。


「ないわ。何もないわよ」
儀礼の腕を振りほどこうとして、より強い力で掴まれて、腕が痛くて、ネネの瞳からは涙が流れる。
(これは腕が痛いから出る涙よ。いたいから……。)
真っ直ぐに見つめる、儀礼の真剣な瞳が変わらない。


「あなたの……文章の中に、私の知ってる文字が出てきたの。他のどの国にも、どの時代の古代文書にもなかった文字が。」
観念したようにその瞳を受け入れて、ネネは震える声で語りだした。
心の中で泣き叫ぶ、小さな自分の声をネネは儀礼に聞き取られた気がしていた。


 儀礼がネネの腕を掴んでいた力を緩めた。
ネネは、懐から折りたたまれた古い、紙切れを取り出した。
ボロボロで、今にも破れそうなのだが、ネネの大切な宝物。
これでも、きれいに、大切に扱ってきた。
何度も何度も、開いてたたむを繰り返してきた、古い紙。


「私が、店に捨てられた時に持っていた物よ。当時のことはよく覚えてないんだけど、これは私の名前なんですって。まだ字も読めない私がそう言って、これは『ネネ』と言ったそうなの。でも、私の名前はネネではないって、泣いて叫んでたって。……お手上げでしょ?」
くすっと紙を見てネネは困ったように笑う。


 幼い頃からネネが何度も見た夢。自分が両親に置いていかれる夢。
年々、夢の中でさえ両親の顔はおぼろげになり、今では思い出すことも出来なかった。
その時に、両親はこの紙を持ってネネに言うのだ、何かを。
それが、ずっと、ネネには思い出せない。
思い出したのに、思い出せない、切ない、懐かしい、優しい声。


 う~ん、と儀礼は口元に拳を当てた。
「『ネネ』と言えば姉って意味があるけど、弟か妹がいたんじゃないか?」
首を傾げる様に儀礼に聞かれ、ネネは頭を横に振る。
「詳しくは覚えてないんだけど、預けていった両親は赤ん坊は抱いてなかった。私が3歳位だったから、下の子がいれば抱いているでしょ?」
置き去りにされた時を思い出し、悲しげにネネは笑う。
その顔も姿もやはり、何も思い出せない。


「見せてもらえる?」
その紙に手を差し出し、儀礼が言った。
ネネはそっとその紙を儀礼の手の平に置く。
大切に、破れることのないように。


 儀礼はその紙を自分に取って大事な物のように大切そうに広げて、じっと見つめた。
色あせたインクで書かれているその文字は――『祝祈』。
「これっ!……シエンの字だ……なんで……?!」
驚いて目を丸くさせて、儀礼が息を飲んだのが分かった。


「読めるの!? 何て書いてあるの!?」
今までの立場を忘れ、ネネは儀礼に詰め寄って、揺するように儀礼の服を掴んだ。
「えっと、意味は『祝い祈る』だけど、名前だとしたら、いわいいのり、かな。」
儀礼の呼んだ名に、ネネの脳裏にかすかな記憶がよみがえった。


『いのり。』
『イノリ。』
『いのり、元気で。』
『イノリ。イノリ。どうか、どうか無事に、育って。』
たしかに、そう呼ぶ懐かしい二つの声。
ネネの――いのりの父と、母の声。


 ネネの頬に新たな涙が溢れた。
「そう……そうだったわ。それが、私の名前っ!」
そう言って、ネネは泣き崩れた。


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いわいの者は現世このよならざるものを見る。
 それは来世らいせ前世ぜんせ数多あまたのもの。
 良き未来を助け、悪しき未来を退しりぞける。
 その姿、異様なり。


 ある者は生まれついて白髪はくはつに白き目。
 その眼に何も映さぬと言うのに、全てのものを見通したと言う。
 ある者は黄の髪。暗き中において意のままに稲妻を走らせたと言う。
 ある者は赤き目。戦の場にその巨大な魔眼を開いたと言う。』


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