ギレイの旅

千夜ニイ

2秒前

 儀礼が仕掛けた爆弾は、3箇所の部屋の壁を破壊した。
一つは『花巫女』の泊まる、要人のためのスイートルーム。
二つ目は、その花巫女と協力状態にあるらしい、研究機関の研究員と護衛たちの張り込んだ要注意部屋。
三つ目は、それらを高みの見物として、儀礼の情報とその身柄を持ち帰ろうと考えているらしい、協力体制を組んだ幾つかの研究機関のトップ達のくつろいでいた大部屋。


 一応言っておく。
ここは厳重に結界の張られた超高等な宿屋で、その中でも、要人を泊めるための上等な部屋には数々の防衛装置と迎撃措置がとられている。
どんな部分も、破壊するのは容易ではなく、侵入するのも楽ではない。


「結界には、物質攻撃効くんだね。」
『花巫女』のいる部屋へと疾走しながら、ついでに取れた実験データに儀礼はにやりと笑う。


「障壁も厚みによるけど1重ならレンガや石の壁とそう変わらない、と。計算通りの破壊力で安心したよ。魔力障壁のない建物だったら木っ端微塵で地面に穴が空くよね、この威力。」
思わず癖で、手袋のキーを押していれば、眼鏡のモニターに文字が浮かぶ。
怒った様子のアナザーの返答。


穴兎:“集中しろっ!!”
儀礼:“逃げる時、必要かもしれない……ないです、集中する。ごめんなさい。”


 目の前にはいない友人に頭を下げて、儀礼は最後に独り言を吐いた。
「……魔力と物質をイコールで結ぶのは難しいけど、なんとなくの把握は出来てきたかな。遺跡が何千年も残る程、強固な理由が分かった気がするよ。」
瞳を輝かせ、嬉しそうに儀礼は笑った。


 穴兎の警告にも、儀礼は、反省していない。
周囲を、どこかの研究施設の研究員やら傭兵やら、雇われた冒険者たちに囲まれていたとしても、得意満面に、遺跡の謎の解明に心を躍らせていた。


 いや、力なくポツリと、口の中だけで儀礼は弱音を吐いた。
「するよね、現実逃避。この状況。」
どこの組織が一番に『蜃気楼』を連れ帰り、情報を奪い、身体を調べ、兵器を作り、最後には解ぼ……。
どのような順番になったとか、どこが何をするとか、そんなこと儀礼は考えたくもなかった。


 ただ儀礼の、一番の気がかりは儀礼自身のことよりも、『アナザー』の情報では、『花巫女』がドルエドの生まれ育ちであることだった。
儀礼の見る限り、二度出会った『花巫女』、ネネの体に武を鍛えた様子はない。
ドルエドで育ったならば、魔法に関する知識も防衛の術もないはずだった。
そして、機械に関する技術だって、ドルエドは他国に大きく後れを取っている。


 そんな中で育った、ただの娘がどうやって、儀礼すら身を引きたくなる集団の中で身を保っているのだろうか。
身を、守れているのだろうか。
 なぜ『花巫女』からは、ドルエドの山に咲く懐かしい花の匂いが、あんなにも香ってくるのだろうか。


 出会う武装集団たちを改造銃で次々と眠らせて、大勢の客が叫び声を上げて出口へと逃げ出す中、儀礼がようやく辿り着いたその部屋で、武器を構えて儀礼を待ち受けていた研究機関の重役らしき男たち。
そして、その男達に囲まれるようにして椅子に座っていた少女は、あでやかな桃色の髪に、吸い込まれそうな桃色の瞳。
長い髪を頭のてっぺんに近いあたりで結い上げて、この騒ぎが起こることを知っていたとでも言うように、落ち着いた態度で儀礼の姿を捉えて微笑んだ。


「待っていたわ。『蜃気楼しんきろう』。」
騒々しい、ごたごたとした音の中で、その澄んだ鈴の音色のような声は、はっきりと儀礼の耳に届いた。


 待っていたと言われたので、にっこりと笑って儀礼は言ってみた。
「お迎えに上がりました。」と。
こんな大勢の敵のいる前で、話し合いをするつもりは儀礼にはない。
騒がしい中でも、透き通った儀礼の声は確かにネネにも、周囲の者にも届いたらしい。
『花巫女』がふわりと妖艶に微笑んだ。


 その花巫女と、襲撃してきたかのごとく部屋の壁を破壊しておきながら、入り口の扉から律儀に参上した儀礼を、怪しむように見比べる研究者や、その護衛らしき男達。
花巫女が儀礼と手を組んでいた、と少しでも疑ってもらえれば、儀礼はここで動きやすくなる。
彼らの注意が、儀礼一人に集中しなくなるからだ。


「二人きりで会えるのを楽しみにしていたのですが。」
ネネへとまた微笑みかけ、儀礼は一度に相手にするには多すぎる敵に、改造銃を懐へとしまう。
視界をクリアにするために、色付きのモニターも外した。


「まさしく『蜃気楼』の特徴だ。」
低い男の声で、誰かがぽつりと言った。
儀礼の特徴の情報はいくらか入り混じっているが、「金髪、白衣、茶色の目」その三つはいつも消えない。
逆に言えば、アナザーのおかげで、それしか確定されていないと言うことだった。


「おとなしく我々について来てもらいたいのだが? もちろん、奇跡と謳われる最年少の『Sランク』に怪我などはさせたくない。」
大型の銃を構えて言うセリフではない、と儀礼は思う。
それも、何人もで。
「いえ、私は『花巫女』さん一人いれば話しが付くので、皆さんお帰りいただいて結構なのですが。」
やんわりと微笑んで、儀礼はお断りの言葉を告げてみた。
なぜかネネが、ふふっと声を漏らして笑った。
そんな漏れ出した笑いすら、花巫女は色香を漂わせる。


「豪気なものね。噂とはだいぶ違う。いいえ、確定された噂がないのよね、あなた。」
ゆっくりと歩いてきて、ネネは儀礼の目の前で立ち止まった。
手を伸ばせば頬に届くそんな近さに。
細い腰をわずかにしならせて立つ姿からは、その身体の柔らかさが見てとれた。
「昨日、あなたに持っていかれたものを、返していただきたいのですが。」
真っ直ぐにネネの桃色の瞳を見て、儀礼は探るように話しかける。
周囲の男達への警戒は怠らない。
ネネが儀礼から情報を奪っておきながら、この連中に黙っていたとなれば、『花巫女』には裏切りの嫌疑が掛けられるはずだ。


「慣れて、いないようだったものね。どうやって返せばいいかしら?」
くすりと満面に華やぐ笑み浮かべて、ネネは親指でつややかに光る唇の桃色の口紅を拭った。
その行為が、薬を飲み込まされた時の事を示しているのだと理解して、儀礼の頬に思わず朱が上る。
周りの研究者たちが、にやにやと笑ったのがわかった。
それがこの美しい容姿を持つ『花巫女』の、常套手段なのかもしれない。
「もう一度、夢を見せて差し上げればいい?」
微笑みながら、細いネネの指が伸びて、撫でるように儀礼の熱い頬に触れる。


 しかし、そこでネネは不思議そうに強気にも見える大きな瞳を瞬いた。
周囲の男たちは未だ銃を儀礼に向けたままだが、その気配から警戒が抜け落ちていた。
「美女同士だと思われているのかしら?」
儀礼の頬に手を置いたまま、周りを目線だけで見回して、くすりとネネが笑った。


「……目障りな者には消えてもらいましょうか。」
据わった目で、儀礼は呟いた。
男たちが銃を構えなおしたのが分かる。
「サン。」
儀礼は呟く。
「ニィっ。」
儀礼の口がニの音を紡いだ瞬間、プシューッ と室内に白い煙が湧きあがった。
部屋の中だけではない。
儀礼の通ってきた宿の廊下全てから、その白い姿を隠すように、触れることのできない白い壁が立ち塞がった。
「探せっ!!」
「逃がすな!」
「追えッ!」
太く大きい、指示を出す声ばかりが響くが、どこに、どのように追えばいいのかはその場にいた誰にも分からなかった。

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