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ギレイの旅

千夜ニイ

3秒前

 管理局で、小さな花束を受け取った儀礼は、すぐにその花屋を訪ねた。
「あの花束を買った人ね。近くの宿屋に泊まってるって言ってたわよ。」
花屋の女主人はすぐにそのことを教えてくれた。


 儀礼は言われた宿屋へと足を踏み入れる。
管理局内に、白という「身代わり」を仕掛けてきた。
これで、短い時間でも護衛たちの気をそらすことができるはずだった。
薬と情報を奪われたのは儀礼の落ち度、儀礼の油断。
あれほど何度も油断するな、心を見せるなと注意されていたのに、その言葉の意味を、儀礼は心の底からは理解できていなかったようだ。


 煌びやかに目を引く、豪奢な宿屋。
町で一番高級な部屋。
そこに、儀礼の情報を奪った情報屋、『花巫女』ネネがいるらしい。


 穴兎にずっと探してもらっていたが、昨日奪われた儀礼の情報も薬もどこかへ流された形跡はなかった。
ならば、今も『花巫女』自身が何かの考えのもとでそれを手元に置いているのだろう。
昨日の様子を考える限りは、ネネは儀礼から情報を奪おうとしているようだったが、それは儀礼本人からではなく、パソコンの、資料化されたデータの方らしかった。


 わざわざ呼び出してきたことから、この宿には儀礼を捉えるための策略が隠されていると思っていいだろう。
けれど、それを分かっていても、儀礼は今、行くしかない。
情報の流出は一刻を争う。
護衛の目を離し、穴兎の協力を得られ、獅子にも白にも知られることなく動くことのできる時間。


 穴兎を作戦に乗せるのは難しかった。
最初はこっそりと穴兎にも気付かれないで行くつもりだったのに、管理局の監視カメラを張っていたらしい。
管理局を出た途端に、
『どこに行く気だ』
とメッセージが入った。恐怖だ、怪談のレベルだ、これは。
そこまでくると度が過ぎているという気がしていたのだが、人手を通して儀礼宛に送られてきた不審な手紙のことがある。
また、儀礼のいる管理局に何か届くかもしれないと、穴兎は見張っていたらしい。
そこをたまたま儀礼が通った。
しかし、『アナザーは』情報屋として、目を抜かれたことが、余程悔しかったのだろう。


 トーエルの町の警備隊長モデストが届けてくれた、その不審な手紙の依頼のことを、『花巫女』が何か知っていそうだったと、ちらつかせれば、『アナザー』も情報屋のプライドをかけて、手を貸さないわけにはいかなくなったらしい。


 そう。その依頼について、『花巫女』は迷うことなく受けろと告げた。
受けねばフェード国が滅びるとまで断言したのだ。
『花巫女』はその件に関して何かを知っている。
儀礼はそう思っていた。
機械ネットの世界ではなく、人の心に入り込む、占い師という情報屋。
奪われた情報を対価として、儀礼はそれを伝に変えてしまいたかった。


穴兎:“本当に気を付けろよ、ギレイ。今、花巫女の裏には町の研究者が複数付いてる。”
儀礼:“わかってる。何の仕掛けもないのに呼び出すわけがないからね。”


 心配する穴兎へと、儀礼は自信のある態度で返信する。
一度は一方的に奪われた。しかし、二度目はない。今度は儀礼が仕掛ける番だ。


穴兎:“ほとんど要塞だぞ、その宿。魔法関係者がゴロゴロいやがるし、警備も万全。監視カメラも、トラップも下手な遺跡以上に強化されてる。さすが、VIPを泊める宿だな。”


 その宿の見取り図と警備の配置、仕掛けられた罠の位置などの記された詳細なマップを儀礼へと送りつけた穴兎が、真剣な様子で語る。
薬を取り返しに行くだけだ、と儀礼は念を押して言ってある。
警備達は煙に巻く予定も、しっかりと計画してあった。


儀礼:“でも、そんな部屋借りられちゃうなんて、『花巫女』って、やっぱり有名人なんだね。美人だし。”
穴兎:“お前が言うか。”


 緊迫感を消す儀礼の発言に、穴兎の脱力した返答。
管理局『Sランク』の『蜃気楼しんきろう』。
もはや、その名を知らぬ者は、世界でもほとんどいなくなったことだろう。
良い評判としても、悪い意味でも。


 また穴兎の表現では、『美人』と言う言葉は、十分儀礼にも当てはめて捉えることができる。いや、きっとそう言った。


儀礼:“……「美女」だった。”
穴兎:“表現変えても大差ねぇよ。いきなりバッチリ監視カメラに映ってんじゃねぇっ!”


 穴兎の言葉と同時に儀礼の近くに設置されていた監視カメラが右に向かって大きく回った。
それで、儀礼の姿はカメラからフレームアウトされたのだろう。


儀礼:“ごめん。まさか向かいの宿からこっち撮ってるとは思わなかった。”
穴兎:“情報満載なんだよ、そういう所は。犯罪に足入れても割に合う報酬が入っちまうんだ。本気で気を引き締めていけ。”


 眼前のモニターに映る文字に、儀礼は怒鳴られた気分だった。


儀礼:“了解♪”


なので、努めて明るい返事を返してみたのだが、かえって『アナザー』を怒らせてしまったらしい。
返答の早いアナザーから、返事が――来ない。


儀礼:“……本気だから。命関わってるから、僕の。少し位、緊張ほぐさせろよ。相手美女だぞ。美女。傾国の美女の寝室に侵入だぞ、首跳ねられる覚悟だ。”


 妖艶な花巫女ネネの容姿を思い浮かべて儀礼は穴兎へと訴えてみる。
思わず、記憶を呼び起こされ、あたりに甘い香りが漂った気がした。


穴兎:“反省が伺えない。お守りが3秒で迎えに行くが?”


実行するか? とアナザーは問いかける。
いつの間にそんなに仲良くなってるのだろうか、儀礼の「やばい護衛」と「ネットの超人」は。
絶対に、二人で世界征服ができる。
何か「暗黒の」と付きそうな世界が儀礼には簡単に想像できた。


儀礼:“作戦実行3秒前、了解! 2、1、スタート!”


 『アナザー』の呼び寄せる恐ろしい想像を振り払い、強制的な宣言と共に、儀礼は手の中でスイッチを押し、宿の壁に取り付けておいた爆発物をいっせいに爆発させた。


 ドドドーーン!!


穴兎:“スタート! じゃ、ねぇよ。マジでやりやがった。”


 建物を揺らす大きな震動と破壊音をもって、豪奢な宿のいくつかの壁が剥がれ落ちる。
周囲はたちまちのうちに、恐怖の声の鳴り響く、パニックの場へと陥った。


穴兎:“しゃぁねえ、カメラは切った。後は行け! もう知らねぇぞ。自力で逃げるんだな。通路の確保はしておいた。”


 逃走経路まで確保しておきながら、知らないなどというネットの友人に、儀礼は口の端を上げる。
こうなれば、後は儀礼の技量しだいだ。
騒ぎに乗じて儀礼は宿の中へと紛れ込む。
真っ白な白衣を颯爽とひらめかせて、外へと逃げ出そうとする宿泊客の流れに逆らい、猫のごとく軽やかに儀礼は宿の受付けの前を通り抜けた。
「医療班です! VIPルームから負傷者が出たとの要請がありました!」
白衣を着ているのは、研究者か医者と相場は決まっている。
戸惑う宿の従業員たちを横目に、心の中でにやりと笑い、儀礼は先へ進もうとして、一瞬だけ足を止めた。


「宿泊中の要人を狙った攻撃の可能性があります。管理局や、ギルド、付近の宿など安全な場所へ、宿泊客の避難をお願いします!」


 慌てふためいている宿の従業員たちへと叫ぶように言葉を投げかけ、儀礼は広い階段へと走りこんだ。
人ごみ溢れる階段そのものではなく、儀礼は手すりの上を宙を駆ける様にして昇っていく。


その光景を見た恐慌状態の人々が、皆、ぽかんと口を開け、この地獄のような最中にあって、人間の技でない動きをする美しい天使の姿を見送ることになった。

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