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ギレイの旅

千夜ニイ

『花の巫女』

 花のようなあでやかな美しい容姿。身体から漂う、花のような甘い香り。
託宣とも受け取れる、必ず当たる言葉を告げると評判の占い師。
花巫女はなみこ』。
その二つ名を持った少女は、自身の名をネネと名乗る。
短い、氏もない、ただの名前。


 そして『情報屋』をしてはいるが、実は、『花巫女』の占いには仕掛けがない。


 幼い頃に、ネネは両親によって娼館しょうかんに捨てられた。
本来ならば、店に「売られた」と言うべきなのかもしれないが、ネネの両親は娘の代わりとなる金子きんすを受け取らなかった。
年頃の娘が売られて来る花街の店にありながら、ネネはあまりに幼すぎた。
その当時ネネは、3つか4つの歳だった。
『代金となる金で、働ける歳になるまで娘を育ててください』と、両親が店主に何度も深く頭を下げていたのを、ネネはおぼろげながら覚えている。


 ネネはそこで下働きのようなことをしながら育ち、そして店に並び、身を売ることになる前に、『占い師』として身を立てることになった。
それは、本当に偶然から始まったものだった。


 店に来ていた常連の客に、ネネは「帰り道は川辺を行くと月明かりが綺麗ですよ。」と、そう言ったらしい。


 ネネにしてみても、特に変わった事を言ったつもりはなかった。
暗い道を通るその男の前方から、剣を持った何か醜悪な集団が現れる光景が、突然、ネネの脳裏に浮かんだのだ。


(縁起でもない。)


その時、ネネはそう思った。
その客は店にとって大切な上客で、何かあればネネを育ててくれた店主や店のあねたち皆の損害に繋がるかもしれない。
ましてこの店の帰りに、などと、そこまでネネは思ったのだ。


 思って、そしてネネは初めてそれを考えた。『なぜ、自分がそう思ったのか』を。
盗賊のような者たちによる襲撃が、この男の帰り道に起こる出来事だと、ネネは自分が『納得して』、『知っている』ことを理解した。
そしてその日、その男は店の帰り道、煌々とした月明かりの中、襲ってきた集団に一早く気付き、周囲に助けを求め、九死に一生を得たと語った。
たった一言を告げただけの、下働きにしか過ぎなかったネネに、その男は多大な感謝を示してくれた。


 幼い頃から、ネネには脳裏に突然、理解不能な光景が浮かぶことが幾度もあった。
しかし、それを現実と夢と、過去と未来とに区別することが幼い頃にはできなかった。
その瞳の裏に見えている光景は、今の現実なのか、それとも夢を見ているのか、その者の過去の出来事なのか、未来に起こることなのか、そういう区別を付ける事が、ずっとできないでいたのだ。
けれど、その日に突然ネネは、その区別ができるようになった。


 それから幾度か、同じ様なことを色々な者にネネは告げた。
悪いものを回避するすべ、善き事の起こる日付などを。
そしてすぐにネネは神童、託宣を告げる巫女などと言われるようになり、その周囲から浮き立つ、花のような容姿から取って『花の巫女』と呼ばれるようになった。


 情報屋も兼ねるネネを、その情報を売ることで利益を上げる、偽者の占い師だと誤解する者も多いが、一度でもネネの占いに出会った者ならば、真実に気付くであろう。
ネネは、誰も知らない真実を当てる。
『花巫女』は誰も知らない、未来を予見する、と。


 それはネネが生まれながらに持った能力であるらしかった。
しかし、ある程度の年齢になるまで、ネネはその能力の使い方が分からなかったのだ。
未来が見えたとしても、伝える方法も、示すべき道も何も知らない幼い少女だった。
師としてついたあねたちは、身を売ることを仕事とする色町の花たちで、託宣を告げる巫女ではなかった。


 ネネは幼い頃を過ごした、そこを家だと今でも思っている。


 けれど、声がするのだ。
ネネの心の中、記憶の奥底、聞えない声で何度も何度もネネを呼ぶ声。
『――。』『――。』『~~。』『~~。』


 聞こえない、声。
聞きたいのに、懐かしい声なのに、ネネにはその声が聞こえなかった。
何と言っているのか、何と呼んでいるのか、知りたかったのに、知りたいのに分からない、温かい呼び声。


 その声を夢の中で聞くたびに、ネネは温かく、そして切なく、泣き出したくなるのだった。
何と言ってるのか分からない声。
思い出したいのに、忘れてはいけないものなのに、記憶に浮いてこない。
それがとても寂しく、ネネはいつももどかしい思いでいた。


 ネネの占いの才は本物だ。
気を集中すれば、ネネには不思議と物事に別の物が見えた。
けれど、本当に知りたい、自分のことに関しては、ネネは思うように知ることができなかった。
占いの力ではなく、情報屋として働くようになり、ようやくつい最近、ネネは歓喜する情報を掴んだ。
世界中の中で、ただ一つネネが見つけた、幼いネネの過去との共通点。


それが、「ギレイ・マドイ」、『蜃気楼しんきろう』と呼ばれるSランクの研究者の、極秘資料の中にあった。


「なんとしても私は、あなたの情報が欲しい。」
なぜか、ネネの使う『まやかしのこう』と、同じ香りを発する『蜃気楼』から奪った幻覚薬の小瓶を見つめネネは呟く。


 今日もやはり、『蜃気楼』の占い結果には影が立ち昇る。
黒い、魔の影。
それは、蜃気楼の命を奪いかねない悪しき足音。


「あなただけが、世界の中で、『私』を知るための、唯一の繋がり――。」
ネネは水晶の黒い影を両方の手の平で覆う。
「こんな影に、あなたを殺させはしない。」
水晶の中に、ピンク色の輝きが宿り始める。


「花を。買って届けましょう。あなたに話しがあるの、『蜃気楼しんきろう』。あなたが死ぬのは、私に全てを語った後でいい。」
薄っすらと悲しい笑みを浮かべて、ネネはそのまま、管理局に近い花屋へと向かった。

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